〜3巡目〜 若返りの秘薬

『若返り』…これは世界中どこでも語られる題材ですね。実は『桃太郎』も元々は桃を食べた老夫婦が若返って桃太郎を産んだという話なんですね。今回はある場所に伝わっている『若返り』についての怪談です。


〜〜〜

ある山に最元さいげんという名の坊主がいました。3度の飯より写経をするのが好きで、齢60を過ぎても筆を折ることなく写経を続けていました。


ある日、最元は寺の境内で転び、右腕を折ってしまいました。治療はしたものの、握る力が戻らず、筆を持つことができなくなったのです。


その日から最元の体調は日に日に悪化していきました。しばらくすると1人では起き上がれず、弟子である明空みょうくうの助けが必要になってしまいました。


明空みょうくうワシはもう駄目じゃ。この寺はお前に託そう。」

最元はか細い声で言いました。

「そんな事言わないで下さい!きっと、きっとまた物書きができる日がきますから!」


最元を励ますためにそうは言ったものの、現実は非情です。彼の体はもう筆を持てないのですから。


その夜、明空は悩みながら寺の周りを散策していました。やはり良い案が思いつきません。


すると、

「そこの人、お困りですかい?」

暗闇から突然声をかけられました。


「ええ。困っていますとも。」


「あっし、富山の薬売りでして、悩み事によっては解決出来るかもしれないよ。」


明空は何が出てくるか分からないこんな時間に出歩いているのか怪しく思いましたが、薬売りなら、最元の気持ちを楽にしてくれる薬を売ってくれるかもしれないと考えました。


「私の師匠の事ですが、右腕が動かなくなってしまって、大好きな写経ができなくなってしまったのです。それで気を悪くしてしまって、今にも事切れそうなんです。」


「では、こちらはいかが?」


薬売りは一包の丸薬を渡してきた。


「こちら、若返りの秘薬でございます。これを飲めばあら不思議!たちまち若さを取り戻せるのです。」


最初はふざけているのかと思った明空でしたが、もし本当なら、師匠が再び字を書けるようになるかもしれないと思いました。


「いくらですか?」


「お代は結構ですよ。持っていって下さい。」

そういうと、薬売りは闇夜に紛れ見えなくなりました。


次の日、明空は最元に薬を飲ませました。


すると、最元の体がまるまるうちに若返ったのでした。


「すごい薬だ。まるで若い頃の様に手が動く。明空よありがとう。」


「さて、早速続きを描き始めるとしよう。」


最元は押し入れをガラリと開けた。


だが、そこにあったのは黄ばみ、虫に食われ、文字が滲んでいる紙切れの束であった。

ついこの間までは大切に保管していたはずだが、がらりと変わってしまっていたのだ。


「何故だぁ!わ、ワシの幾星霜積み上げた写経がぁ!」


その後、最元は自害した。


それから一月後、寺を継いだ明空の元にあの薬売りがやってきた。


「どうです?師匠の調子は?」


「…師匠は死にました。最悪ですよ。あなたの薬のせいです。」


「むむ。これは申し訳ない事をしたようで、詳しく話して頂けねえですか?」


明空は事情を話した。


「実はあの薬、その人が1番大切にしている物から寿命を頂く仕組みになってるんですよ。師匠は写経が好きでしたから、それから頂かれたみたいでっせ。」


「なんで先に話さなかった?」


「いやー話すことでも無いと思いましてね。大切な物を失う事って、そんなに悲しい事なんですかねえ…」

薬売りは軽い口調でそう言いました。


「そんじゃこれ。お詫びとして10両渡しとくんでこれにてさらば!」


薬売りは10両分の小判をその場に置くと、煙の様にそそくさと消えていった。


「あんたさんには一生かかっても分からないだろうな。きっと地獄に落ちるだろう。」


明空の心の内を映すように、地面に置かれた小判が物悲しく輝いていたのでした。


ポッ…

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