清純派ヒロイン、逆ハー?

乙女ゲームの真相もこんなところだったりして。

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 大広間の喧噪が近づいてくる。

 あたしは思わず王太子殿下の腕に縋りついた。


「どうしたの?」


 やさしく問う殿下のお顔が眩しい。

 超弩級のハンサムいや美人だ。


「その。怖くて。私はたかが男爵家の娘だし」


 すると殿下の向こう側から顔を出した可愛いタイプの美少年が言った。

「そんなの関係ないよ! アリサは僕たちの癒やしなんだから!」

 続いて前を行く偉丈夫が振り向く。

「そうだ。アリサの笑顔が救いだ」


 魔術師団長閣下嫡男のレン様と騎士団長長男のゴライアス様。

 お二人は高位貴族家の出であるだけではなく、学園に在籍していながら既に魔術師団と騎士団で活躍しておられる有望株だ。


「アリサは微笑んでいてくれるだけで良い」


 最後に私の後ろから声を掛けてくれたのはフライト様。

 宰相嫡男で侯爵家の嫡男だ。

 銀髪の怜悧な美男子で次の宰相が内定しているとか。


「アリサは心配しなくていいんだ。怖ければ何も話さなくてもいい。後は私たちがやるから」


 キラ王太子殿下の力強い声に頷くことしか出来ない。

 私は震える唇をぎゅっと噛み締めた。

 チョロい。

 チョロすぎる!

 国を支えるはずの次代の要人がそれでいいのか。


 あたしはヒロイン。

 父親である男爵がメイドに手を出して生まれたのがあたし。

 貴族の血を引いてはいるが最下級だし、貴族としての教育も最低限しか受けていない。

 男爵はあたしに関心なさそうだけど、貴族の義務として学園に通わせてくれた。


 いやー、あたしもね。

 転生者としてここはひとつ成り上がってみようかと思ってはいたよ?

 でもそんなに甘くないとも思っていた。

 だってここは現実。

 乙女ゲームのお約束なんか通じない。

 学園には見目麗しい王太子殿下や取り巻きの人たちはいたけど。


 その人たちは婚約すらしてなかったし、従って悪役令嬢もいなかった。

 高位貴族家の結婚は大変らしいのよ。


 考えてみたら前世でも日本の皇室や英国王子の結婚は大騒ぎだったもんね。

 生まれた時からの婚約者などは有り得ない。

 状況がどう変わるか判らないから。

 現実はシビア。

 だから私は平民の血を引く男爵令嬢として下級貴族を狙ったんだけど。


 無視された(泣)。

 考えてみたら男爵家の娘なんか多額の持参金でもなければ相手にされるはずがない。

 増してあたしは実家の男爵家でも員数外だもんね。

 母さんは既に他界してるし。


 父親はあたしのために金輪際持参金なんか出さないと思う。

 で、自棄になって王太子殿下や宰相嫡男を狙ってみたら。

 釣れてしまった(笑)。


 みんな笑顔が癒やしとか言ってくれて。

 18禁も覚悟してたけど、なぜかみんなキス止まり。

 こんなところだけ乙女ゲーム?

 まあいい。


 というわけで今日の学園卒業式パーティに向かっている所なんだけど。

 みんなで私をエスコートしてくれるのは嬉しいんだけど、悪役令嬢もいないのにどうするんだろう。

 ドキドキ。


 考えている内に大広間に出た。

 煌びやかなパーティ。

 あたしなんか場違いでどうしようもない。

 マナーも知らないし、王太子殿下の腕に縋り付くしかない。


「皆の者。卒業おめでとう」


 王太子殿下がよく通る声で話した。

「私より重大発表がある。婚約の事だ」

 ざわざわしていた広間が静まりかえる。

 婚約ってまさか?


「タリア侯爵令嬢セレス。ここへ」

 人垣が割れて美しいドレスを纏った令嬢が現れた。

 カーテシーをとってから静かにたたずむ。


「レルシー、ここに来て」

「セリカ伯爵令嬢ロメラ、来て下さい」

「サラ嬢。こちらへ」


 取り巻きの方たちもそれぞれ呼びかける。

 やがて4人の令嬢が王太子殿下たちの前に並んだ。

 うーん、みんな美人ね。

 でも、何かちょっと、デブじゃなくて太ましくない?

 次の国王陛下とその重臣たちがこの方々をどうしようと?


 すると王太子殿下が言った。

「セレス。こちらがアリサだ」

 いきなり紹介された。

 仕方がない。


 あたしは殿下の腕を放すととりあえずカーテシーをとる。

「お初にお目にかかります。アリサでございます」

「アリサさんね。わたくしはセレスです。これからよろしくお願いしますね」

 気取った所のない、まさにこれぞ貴婦人といった方だった。


 たかが男爵令嬢に対してこの気遣い。

 こんないい女美人がいるのにちょっと可愛いだけの男爵令嬢に釣られてどうする!

 思わず注意したくなったけど、取り巻きの人たちがそれぞれご令嬢を紹介してくれるもんだから大忙し。

 疲れた。

 ぼやっとしていたら王太子殿下が進み出た。


「セレス嬢。私と婚約して欲しい」

 なんだってーっ?

 ここで婚約破棄じゃなくて婚約?

 アタシは何なの?


「喜んで」

 頬を染めるセレス様。


「レルシー。待たせちゃったね」

「ロメラ。婚約して貰えないだろうか」

「サラ。今こそ正式に申し込みたい」


 みんなここで婚約?

 何なのよーっ!

 やがてそれぞれのカップルが腕を組んで並び、大広間の人たちの拍手を浴びる。

 あたしはボッチよ!

 どうなってるのよ!


「あの殿下、私はどうすれば」


 思わず聞いてしまったら言われた。

「もちろんアリサも大事にするよ。大切な癒やし要員だから」

「そうそう。アリサの笑顔が明日の活力になる」

「使用人扱いだけど給金は出るから」

「もちろん休暇もあるぞ」


 そんなこと聞いてないわよ!

 あたしの心の叫びをよそに、大広間は祝福の声で溢れるのだった。




 後で聞いた話だけど。

 男爵風情と違って王族や高位貴族家は爵位相続の問題が大変なんだって。

 男爵オヤジがメイドに手を出して子供が出来てしまうようなことは、高位貴族には許されない。

 しかも家の存続のためには子供は絶対に必要で、更に言えば正室の子供以外は相続が難しい。

 血筋も重要なので男爵令嬢なんか最初から結婚相手にはお呼びでないと。


 だったらどうするか。


 王族や高位貴族の子弟は婚約する前にヤる。

 子供が出来たら婚約。

 子供が生まれたら結婚なんだって。


 王太子殿下たちのお相手の令嬢がみんな太ましかったのも当然で、妊娠していたわけよね。

 次代を作れる事が証明されたので婚約を結んだと。

 子供が無事産まれてある程度育ったら結婚することになるらしい。


 婚約中のご令嬢の皆さんはご実家で過ごし、子供を育てる。

 つまり旦那とは別居。

 そこで多忙で責任が重い王族や高位貴族家子弟のために癒やし要員が雇われる。

 それがあたしでした。


 あの場でそれぞれお相手にあたしを紹介して了解を得たのが真相だったそうだ。

 これであたしも晴れて公務員だ!(違)


 いや、王太子殿下を初めとする高位貴族の方々はみんなあたしに優しいよ?

 大事にして貰っているし。

 子供が出来たりしたら「自分はやってない」の証明が大変になるのでキスまでだし。

 だからこのお役は引退時に処女であることが証明されているから婚活に有利と言われたし。

 これであたしの人生設計はバラ色だ!

 でも。





 これって逆ハーなの?(泣)

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