狂った世界の運命の選択者

@6-sixman

第1話 始まりは突然に

 10年前に設立された私立盛政もりまさ大学。

 この春からここの2年生となった俺こと鬼島清麻呂おにしまきよまろは、文化系のサークル棟に向かっていた。


「眠い」


 ここ数日、まともに寝ないでいたから目の下に酷いクマができていた。

 背中のリュックがいつも以上に重く感じる。

 だが気分は爽快だった。

 前から気になってたADV(アドベンチャーゲームの略)の全ルートエンディングをコンプリートして、ゲーム後の多幸感と眠気で頭の中がお花畑になっている。


 とはいえやはりこんな状態な訳だから、人の声がいちいちうるさく感じた。

 新入生が入学する時期なので、サークル棟に近づくほど新入生とサークル勧誘をする学生たちでごった返している。

 それに昼を過ぎたばかりだから人通りが激しくなるのも仕方なかった。

 俺は眉間に皺を寄せて通りを歩いた。


「麻雀研究会でーす。社会人になってからコミュニケーションに役立つよー」


「演劇部見てってくださーい。14時から第二会館で新歓公演します!」


「料理クラブのクッキーいかかですか? 一緒に美味しい物を作って食べましょう」


 通りを歩いていると、様々なサークルが新入生に声を掛けている。

 俺は人ごみが自然と避けていく中を進むと目的地に到着した。


 小さな机と椅子が2つずつ置かれたその場所には、達筆な字で『日本文化研究会』と書かれた紙が机に貼られていた。椅子には丸眼鏡を掛けた女性が座っていて、スマホの画面を睨み付けて操作している。

 俺は野暮ったいジャージを着た女性の姿を発見して、またスマホアプリのFPSゲームをやってるのかと嘆息する。


「佐久間会長。お疲れ様です。新入生は入って来そうですか?」


 そう言って机の上に視線を向ける。

 机の上に用意してあった勧誘チラシは全く減った様子がないので結果は芳しくないだろう。


「ん? あぁ、鬼島か。全く駄目だね。気になる様子でこっちを見てくる子は多かったけど、寄ってきてくれる子はいなかったよ」


「そもそも会長が勧誘する気が無いじゃないですか」


 大学側が勧誘を許可してる通りのスペースの端で、佐久間会長は黙々とスマホゲームに没頭していたのだ。会長の特徴的な一部の外見も相まって、新入生はさぞ近づきづらかっただろう。


 俺は視線を少しずらして、会長の胸元をちらりと見る。

 そこにはジャージを着ているにも関わらず、存在を主張している特大メロンサイズの2つの球体が机の上に柔らかそうに乗っかっていた。


 いつ見ても凄いものだ。

 見慣れた俺ですらそう思うのだから、新入生たちがつい視線をやってしまうのも理解できる。


「FPSは私の生き甲斐だからな。好きな事を全力で楽しむ。それが我が現代文化研究会のモットーだ。私は何も間違ったことをしていない」


 恥じることなく言い切った佐久間会長の目と指は、俺と話しながらもFPSゲームの画面に向けたままだった。

 確かにこの日本文化研究会は、そのモットーが性に合う拗らせた趣味嗜好の者が在籍している。

 会員数は、佐久間会長と俺ともう1人を含めた3人。


 研究会の在籍人数が5人以上じゃないと日本文化研究会が存続出来ないから、どうにか新入生が入ってきて欲しい所だ。


 というのも歴代の先輩方が部室に残してくれた名作怪作といった数々のゲームが部室に眠っている。その中には俺がまだやった事のないADVも多くあった。

 実家の仕送りは最低限の生活費のみで趣味に使える金は限られているし、今借りてるアパートの部屋は狭くてゲームを置く場所がほとんど取れない。

 スマホアプリで無料ADVはあるが、歴代ADVの多くがゲームソフトでしかやれない。

 サークル存続は俺の趣味の死活問題だった。


「それじゃあ予定通り俺が勧誘を代わりますね」


「分かった。あまり期待してないが、頑張って勧誘してくれ」


「いやいや、そこはちゃんと期待してくださいよ」


「そのチンピラみたいな見た目で期待しろと言われてもな。それにいつも通り寝不足気味じゃないか。勧誘の方は大丈夫なのか?」


 不満を訴えるが、佐久間会長の言いたいことはよく分かる。


 ド派手な虎柄の革ジャンに強面こわもての坊主頭。そして一重の三白眼は常に死んだ魚の目をしている。図体も大きく更に右頬を斜めに走る傷跡があるから、街中を歩くとよく職質を受けるほどだ。

 つまり余りお近づきになりたいと思われない外見をしていた。


 とはいえ他人の目は気にしない性質だし、好き好んでこんな見た目をしているのだ。


 派手な色合いや柄物の服は俺の好みで着用しているし、坊主頭なのは髪が伸びるまで普通の髪型より床屋代が浮くからと自分で選んだのだ。

 傷跡については昔に出来たもので、ずっと顔の一部としてあるものだから今ではなかなか渋い要素じゃないかと思っている。


 ただし目の下の濃いクマから寝不足にしか見えないので、午後のサークル勧誘に差し支えないか心配されてしまった。

 ちなみに体調の心配をされないのは、俺が睡眠時間を削ってゲーム三昧だと佐久間会長が知っているからだ。


「午前中の講義で居眠りしてますからいつもよりマシな状態ですよ。勧誘の方はリオも後で来るって言ってたから大丈夫だと思いますよ」


「それならいいが……そうか。常盤も来るのか。あいつの勧誘の番は明日の午前中の予定だったはずでは?」


「教授の都合で午後の講義が潰れたから暇になったそうです」


「なるほどな」

 

 もう一人のサークルメンバーのリオは、俺と同学年で日本人とイタリア人のハーフだ。女性アイドル顔負けのルックスの持ち主でもある。

 俺と違って良い意味で人目を惹く奴である。


「頭の中は残念な奴ですけど、顔と面の皮の厚さは抜群に良いですからね」


「まあ、大丈夫ならいい。それなら私は部室にいるから何かあれば連絡してくれ」


 そう言って佐久間会長は立ち去っていった。

 人と話しながらずっとスマホゲームをしたままだったし、あの人はあの人でマイペースな性格をしている。



 それから1時間ほどが経った。

 その間にサークル勧誘した結果は、チラシが1枚も減っていないということで色々と察してほしい。

 そろそろ心が折れかけていると誰かが隣の席に座ってきた。


「やっほー、マロ。今日も元気に三下チンピラ道に励んでるかい」


 俺のことをマロと呼ぶ奴は一人しかいない。

 視線を隣の席に向けると、チョーカーを首に巻いた白ブラウスにショートパンツ姿の可愛い子が座っていた。肩にはグレーのショルダーバッグが掛けている。

 華奢な肩に金髪のミディアムヘアの毛先が掛かり、絹糸の様にサラサラと風にたなびく。


「ふわーぁ……リオか」


 眠気がぶり返していた俺は欠伸をしながら隣のリオに体を向けた。

 気のない返事の俺が面白くないのかリオはつまらなそうな顔をしている。


「なんだい元気がないね。こんな可愛い娘が近くにいるのに悪人顔がもっと悪くなってるじゃないか」


 アルトボイスの耳心地の良い声が毒を吐く。

 こいつの正体を知っている俺はその声と言葉に少しイラっとした。


「ちょっと世間の風当たりに負けそうになってただけだ。というか自分で可愛い娘って言うなよ」


「ふんっ。事実だからいいんだよ」


「……だけどお前って男じゃん」


 本名、常盤理央ときわりおう

 小柄な美少女の見た目をした、今年で20歳になる成人男性だ。


 こいつは理央りおうと呼ばれるのを嫌い、初対面の時から常盤リオと名乗っていた。名前も性別も嘘だったと知った時は驚いたものだ。

 こいつとは昔からの腐れ縁で幼馴染の間柄だ。性格や性癖に難がある奴だが、なんだかんだ馬が合う親友だ。


「いつも言っているだろ。僕は男じゃなくて――男の娘おとこのこさ!!」


 男の娘。

 可愛い娘にしか見えない容姿と内面を持つ男性を指す言葉だ。

 容姿は美少女と言えるリオだが、その内面は女性的とは言い難い奴である。

 こいつは男の娘萌えとコスプレ趣味が突き抜けて、自身が理想の男の娘になった剛の者なのだ。あと若干ナルシスト気味でもある。


「お前のそういう芯がブレない所は凄いと思うぞ」


「それならもっと僕のこと褒めていいよ。男の娘は褒められて成長するんだから」


 こちらに見せびらかすように健康的な脚を組むリオ。

 ショートパンツの裾が若干ずり下がり、無駄毛のない白い太ももが露わになる。


「わー。リオかわいいー」 


「あはは。棒読みの褒め言葉ありがとう。ていうかマロってば、また目の下にクマができてるじゃん。相変わらずAV三昧なの?」


「おい。それだと俺が寝る間も惜しんでAV鑑賞する変態みたいじゃないか」


「やだなーもう。こんな可愛い娘に向かってAVとかセクハラだよ」


「お前が先に言い出したんだろうが」


 声を張り上げて突っ込みたいが、眠気で鈍った頭にそんな元気はなかった。


 リオはちょくちょく下ネタを会話に織り交ぜる。

 実際は男同士だから問題ないけれども、リオの見た目が女にしか見えないので会話相手は戸惑ってしまう。

 そんな相手の反応を面白そうに見てくるのがリオという人間だった。


「やだなぁ。僕とマロの仲じゃない……って、何だろアレ」


「うん? どうしたんだ?」


「なんか体育系のサークル棟の前にコスプレ集団がいるんだよね。あれは犬のコスプレ……着ぐるみかな?」


 小首を傾げながら言われて、文化系のサークル棟の隣に建っている体育系のサークル棟に目を向けると、確かに言われた通りの人たちがいた。

 全員子供みたいに背が低くて全身が毛むくじゃらで、リアルな造形の着ぐるみ集団だった。

 着ぐるみの外見はファンタジー系のゲームで敵キャラとして出現するコボルトという二足歩行する犬のモンスターに似ていた。


「着ぐるみだろ。まあ、着ぐるみにしては剥製みたいにリアルすぎて可愛くないけどな」


「格好はそうなんだけどさ……ぼくの見間違いじゃなかったら、あの人たちが突然現れた様に見えたんだよね」


 リオがバレバレの嘘をつくなんて珍しいな。

 そう思っていると30人ほどの着ぐるみ集団の中から、ひときわ目立つ毛色をした赤犬の着ぐるみが前に進み出て来る。

 そいつは顔を上に向けると盛大に吠えた。


「ワオーーーン!!」

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