第30話 センパイと過ごす夢の時間の始まり
窓の外で、桜の木がざあっと風に揺れる音がした。先輩の身体に映る光と影もきらきらと騒いだ。
その中で胸の内を語る先輩は、まるで異世界から現れた仙女か妖精のようだった。
「大会出る以上、ウチにはウチの伝統と面子があるのよ。台本の質は落とせない。アンタに書かせると言った以上、最高のものに仕上げる義務がアタシにはある」
かすみセンパイが何で僕に厳しく当たるのか、ようやく納得できた。
センパイは心の底から、演劇と、自分の関わっている演劇部が好きなのだ。
こんな熱い気持ちを聞かされたら、それなりの態度で受け止めなければならない。
僕も真剣な口調で、はっきりと告げた。
「分かりました。僕は何の予定もありません」
大きく頷いて言ったけど、本当にないのだった。かと言って、家にも居たくなかった。あのオフクロや、ゴロゴロしている頼りないオヤジと一緒にいたくなかった。だからと言って出かければ、オフクロがうるさい。僕にとっては願ってもないことだった。
そんなわけで、僕は一も二もなく了解した。
話が噛み合っているように見えて、僕たちの温度差は結構、大きい。
それでも、かすみセンパイの顔は喜びに輝いた。窓の外で、また初夏の風がどっと吹いた。
「ありがとう……」
僕の予想では、その一言がセンパイの口から出るはずだった。いや、僕の妄想の中では、かすみセンパイは感動で僕にしがみつきさえしていたのだ。
だが、それはあくまでも予想と妄想に過ぎなかった。
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