第5話 ツンデレ聖女の入国審査

「ひええええええっ!」


 聖女騎士セシリーがゆるいウェーブの長髪を靡かせている。俺たちはワイバーンとともに大空にいた。風が心地よい。


 デュランダルがニヤニヤしながら、セシリーをつつく。


「セシリーは高いところが苦手なのか? うりうり」


「や、やめでぐだざいいいいいいい」


 セシリーには悪いが、なんとも微笑ましい一幕だった。


「そ、そんなことよりもです! ジン様、デュランダル様」


 天下の聖女騎士から「様」をつけて呼ばれる日が来るなど、想像したこともなかった。帝国で底辺を這い回っていたのが、今では嘘のようである。


「大聖女様が認可を下されると、宣誓文を読み上げて頂く必要があります。しっかり覚えてくださいね」


 セシリーが一枚の羊皮紙を差し出してきた。風で飛ばされないように受け取り、紙面を眺める。


 俺はそこに書かれた入団心得や宣誓文をすっとばし、給与と特典などが記載された待遇面に目が釘付けになった。



 週休三日。交代制。


 装備、魔具、制服支給。


 寮完備。食事付き。※寮費、食費無料。


 各種保養所あり。


 S級以上にはメイド、執事の派遣あり



「こ、これは……天国か」


 特に、寮費、食費……無料、だと!


「どうしましたジン様?」


 セシリーの声に我に返る。いかんいかん。


「あ、ああ。わかった。覚えておくよ」


「はい!」


 彼女は俺の答えに笑顔で頷く。


 それしてもこんな高待遇な職場に、元Fラン以下の俺が入れるとは!


「マスター」


 デュランダルが俺の肩に、そっと手を置いてきた。


「ヨダレが垂れているのだ」


 俺としたことが、あまりの喜びに口を閉じ忘れていたようだ。


 気を取り直して前方を見る。壮麗な山々とその麓に城下町らしき風景が広がっていた。白と青を基調とし、清潔感の溢れる国。そんな感じである。


「あれが西欧聖女騎士皇国。これからジン様が暮らす、護るべき街ですわ」


 俺の街。俺が生きる街――か。帝国にいた時は、そんな風に考えたこともなかったな……。


 ややあってから、ふわりとワイバーンが城門前へと着地した。


 俺たちが背から降りると、翼竜は一鳴きしてから再び高空へと帰っていく。


「ありがとなのだー!」


 デュランダルが手を振りながら礼を叫ぶ。俺とセシリーも釣られて手を振った。


「さあ。参りましょう」


 セシリーが前髪を耳にかけながら、俺たちを門へと誘う。前方を見やると、門番らしき二人の兵士が即座に敬礼した。一人はポニーテールで、もう一人はショートカットの少女である。


「セシリー殿! お帰りなさいませ」


「セシリー隊長! お疲れさまでした」


 二人のねぎらいを受け、セシリーが笑顔を返す。それから俺とデュランダルのことを手短に説明してくれた。


「えー……この人がSSS級? ほんとうですか?」


 ポニーテールの少女が、じと目で俺を見ている。まあこの子の感想は当然だろう。なにせ俺はFラン以下だったのだから。


「小娘。ならば試してみるのだ」


 凛と鳴る声がした。デュランダルである。彼女は腕組みをして赤い瞳を尖らせていた。どうみても機嫌が悪そうだ。静かな怒りが滲み出ている。そんな雰囲気だ。


 そこへ慌てふためいたセシリーが割って入る。


「ああ! すみません! 許してください! お願いします! ほ、ほら、あなたたちも謝って!」


 彼女が門番の少女たちに涙目で懇願していた。俺は思わず苦笑してしまう。


 ――その時だった。



「だったら。試してやるわ」



 城壁の上から新たな声が響く。瑞々しい澄んだ声だった。


 俺が振り仰ぐと、壁の上に腰掛けている緑髪の女が見える。


 おそらく聖女騎士なのだろう。しなやかな体躯に、つり目がちな瞳。口元に覗く八重歯。第一印象としては猫だな。


「ま、待ってリラ!」


 セシリーが再び慌てふためている。


 その訴えを無視して、リラと呼ばれた聖女騎士が城壁から跳び下りた。その勢いでひらりとスカートの裾が……いや、なんでもない。


「さあ、かかってきなさい! この西欧聖女騎士団少尉リラ・クルーガーが相手をしてあげるわ」


 聖女騎士――リラが着地とともに高らかに宣言した。


 彼女はセシリーと揃いの白いローブを纏い、ミニスカートとニーハイで決めている。髪色と同じエメラルドの瞳はやはりネコ科を思わせた。


 彼女はぺろりと唇を舐めてから、細身の剣であるレイピアを抜く。


「ちょ、ちょっとリラ! もう止めてよ!」


「セシリー、だまらっしゃい」


「ひゃん……」


 リラに睨まれたセシリーはあっさりと玉砕。なんて頼りないのだ。まあいい。乗りかかった船だ。やってやろうではないか。


「デュランダル。竜化、頼むよ」


「いやなのだ」


 はい? え、ええ?


「なんでだよ。聖女騎士が来ちゃうだろうが」


 俺の抗議にデュランダルは「ちっちっち」と人差し指を揺らした。


「マスターはすでにSSS級スキルを解放しているのだ。あの程度の聖女など、竜化するまでもないのだ」


 え。そうなのか?


 彼女の指摘を受け、俺は自分の手のひらを見つめた。帝国の荷物持ちとして酷使したマメが目につく。何も変わったところはないように見える。


「もう! かかってこないなら、こっちから行くわよ!」


 リラの声にはっとした。視線を前方に戻すと、すでに聖女騎士が眼前に迫っている。


 ――が。


 俺のSSS級エクストラ・スキル《倍速処理 クロックアップ》が自動的に発動した。


 その刹那。


 リラの動きが著しく鈍化し、まるで止まっているかのように見える。完全に止まった訳ではない。わずかに動いている。とにかく恐ろしく遅い。


 これは――いけるな。


 俺は聖女の繰り出す剣先を難なくかわし、あっさりとレイピアを奪い取った。それからクロックアップ解除をする。


「だああああああああああ……って、あれ? ちょ、ちょっと! これ、どうなってるのよ!」


 リラの困惑めいた怒号が空に響く。彼女はキョロキョロと周囲を見渡し、俺を見つけるとさらに叫ぶ。


「ひ、卑怯者! クズ! ゴミ! 親の仇!」


 酷い言われようである。


 俺は奪ったレイピアを彼女に放った。リラはそれを乱雑に受け取ると、怨念に満ちた猫目を光らせる。


「未熟な聖女騎士よ! どうだこれがSSS級ランカーであるジン・カミクラの実力なのだ! はっははははっ!」


 デュランダルが胸を張ってふんぞり返る。


 それを見たリラが「きっー!」と叫んで、城壁に跳び上がった。そのまま壁の頂上へと着地し、振り返る。鋭い眼光が俺を射抜く。


「あんたなんて、だいっきらいー!」


「え、ああ。でも俺は、おまえのこと嫌いじゃないよ」


 と、反射的にその言葉が口から出た。Fラン以下である俺が、初めて勝負を挑まれたのだ。こんなにうれしいことはない。


「な、何、言ってんのよ! 馬鹿じゃないの!」


 リラは何故だか耳を赤くして、城壁の内側へと消えていった。


 どうしたのだろうか。


「お、おつかれさまでした! ジン様」


 セシリーが駆け寄ってくる。何故か笑顔である。


「監査官のリラを突破できたので、これで大手を振ってお城に入れます!」


「かんさかん? それって、入団テストみたいなものに合格したってことか?」


「あ、いえ。あくまで入国が許されたという感じです。お手間をかけてしまい申し訳ないです」


 そっか。まあ入国できるのだから、とりあえずはいいだろう。


 ただ――リラには少し悪いことをしてしまったかもしれない。なにも若い兵士たちの前で負かす必要はなかったかも……。


 とはいえ、終わってしまったことは仕方がない。切り替えるしかない。


「それでは改めましてジン様。デュランダル様――西欧聖女騎士皇国へようこそ」


 セシリーがうやうやしく頭を下げると、今度は門番たちもそれに倣う。どうやら本当に認められたようだ。


「よし。いくのだマスター!」


「あ、ああ」


 ドラゴンでも通れるほどのバカでかい鋼鉄製の門扉が開き、俺達は西欧聖女騎士皇国へと足を踏み入れる。そこには豊かな色彩と笑顔が溢れる風景が広がっていた。


 生家を追われ、帝国の底辺で生きてきた俺には、美しく夢のような世界だった。

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