第2話 初めての竜化《ドラグ・フュージョン》

 デュランダルと出会って早一週間。今日も快晴である。


 俺たちは崩落したダンジョンを抜け出し、手近な街を目指していた。


 そこは西欧聖女騎士団が守護する地域であり、俺が元いた帝国とは敵対関係にある。だが国を追放された俺にはもはや関係のないことだ。しがない荷物持ちである自分はもういない。


 涼やかに流れる小川で顔を洗う。ひんやりと心地よい。


「時にマスター」


 赤い少女がぴょんぴょんと跳ねながら、俺の顔を見上げている。この娘がSSS級ドラゴンであるとは、今でも信じがたい。


「あそこでピンチ塗れの聖女騎士がいるみたいなのだ。見て見ぬ振りでよいか?」


「え?」


 デュランダルは丘になった草原を指差した。導かれるようにそちらへ視線を向ける。



 ――そこには、四人の男たちに襲われているふわふわとした少女がいた。



「ああーん! もう、どっかにいってくださいいいいいい!」


 彼女は叫びながらミルクティー色の長髪と、手にした巨大な剣を振り回している。あれはバスターソードだろうか。それにしてもでかい。彼女の身長と同じくらいの大きさはあるだろうか。


 一方、盗賊風の男たちはニヤニヤと下劣な笑みを浮かべながら少女を取り囲んでいる。


 男の一人が、少女の大剣を派手に蹴飛ばした。


「きゃあっ!」


 聖女騎士らしき少女は地面に転げる。バスターソードは二度ほど空転すると、地面に突き刺さった。


 武器を失った少女に男たちが取り囲むように近づいていく。


「へへ。あんた、なかなかかわいいじゃん」


「俺たちといいことしようぜ。なあ?」


 ゲスなセリフを吐きながら、男どもが一歩、また一歩と聖女を追い詰める。


「い、いや、どこかへ行ってください! お願いだからあ……」


 ついに彼女は泣き出してしまった。


 男たちは加虐的な視線を光らせ、狂った笑いを浮かべ続けている。


「マスター。あの白いローブは西欧聖女騎士団の制服なのだ。ちょうどいい。助けて恩を練り込んでおくのだ。さあ竜化なのだマスター!」


 デュランダルがきらきらした赤い瞳で俺を見つめている。


「え。あ、竜化って、どうやるの?」


「あーもうめんどうなのだ! 強制竜化スタートなのだ!」


 彼女の雄叫びに応じるように、俺の身体が熱くなる。


 なんだ、この感じ! これが、竜化なのか!!


 額に、頬に、胸に熱が走る。



《竜魂融合 ドラグ・フュージョン》



 デュランダルが呟くのと同時に、一際強い光が俺からほとばしる。


「マスター、竜化完了なのだ! さあ蹴散らすのだ!!」


「え。竜化できたの?」


 俺は自分の姿を川面に見る。そこには、赤と黒を基調としたローブを纏った長身の男が立っていた。黒髪に一束の赤い前髪。腰には反りのある極東の剣である刀が二振り。瞳はルビーのように光っている。


 おお、これが、これが俺なのか!


 自分の変貌ぶりに興奮しつつも、腰の刀にそっと触れる。まさかここで再び刀を手にするとは、な。思わず苦笑が零れた。だが――あの時とは違う。俺は今、竜化を果たしたのだから!


「そうなのだマスター! 解放されたの力を存分に使って、あいつらをぶっ飛ばすのだ!」


 デュランダルの声が頭に響く。どうやら彼女は俺の中にいるようだ。


 力が溢れ、脳にも多様なスキルが溢れてくる。覚醒したのが、自分でもわかった。


「これが――デュランダルの力」


 胸中で呟くと、彼女がやんわりとそれを否定した。


「それは違うのだ。我自身は鍵に過ぎないのだ。マスターは現世でただ一人のSSSランカー。十三のドラゴンたちを鍵として、マスター自身の力が解放される。つまりはマスターの中に、最初からあった力なのだ」


 俺の力。俺だけの力。


「きゃあああああ! 誰か、誰か助けてくださいー!!」


 遠くのほうでふわふわ聖女が叫んでいる。彼女は腕と足を男たちに掴まれ、絶対絶命だ。呆けている場合ではない。


 やってみるか。


「おい。あんたら」


「ああん!?」


 声をかけると、男たちが一斉にこちらを向く。


「一人相手に寄ってたかって恥ずかしくないのか」


「んだと小僧が!」


 右側の男がそう叫ぶ。その男から順に敵となった連中を眺めた。


 今の俺の目である《紅蓮眼 レッド・アイズ》には、彼らのステータスが数値として見えていた。


 男たちの平均値は、



 レベル 30 


 攻撃 3000


 防御 2500


 速度 12000


 魔力 600


 生命 4000


 となっている。だが俺にはこの数値が高いのか、低いのかがよくわからない。


「マスター。やつらは人間でいえばまあまあといったところなのだ。無論、我らの敵ではないがな」


 なるほど。デュランダルの説明に納得する。確かに今の自分であれば圧倒できるだろう。そんな気がした。


「なんだてめえは!」


「殺されたくなければとっと失せろ! くそ雑魚野郎が」


 いかにも三下といったセリフである。思わず苦笑が漏れる。


「おい、何笑ってやがる!」


 連中の一人が、いきなりナイフを投げつけてきた。もちろん、それが俺に刺さることはなかった。ナイフは「じゅっ」と音を上げて、俺の紅蓮眼の熱線に焼かれ、一瞬で蒸発したのだ。


「なっ!?」


 男たちは驚きの表情とともに、それぞれの獲物を構えて俺へと向ける。戦意はまだ失っていないようだ。


「て、てめえ……ウィザードか。少しはできるようだが、俺達のスピードについてこれるか。へへへ!」


 そのセリフを号令に、賊たちは四方に散る。そのまま俺を取り囲むように高速移動を繰り返した。


「ははははっ! どうだ! 残像すらお前には捉えられんだろう!!」


 一人の男が高笑いを上げる。


 確かに。確かに以前の俺には見えなかっただろう。――だが、今の俺には止まって見えた。


「さあ! 下手な正義感を後悔しやがれ!」


 右後方から敵が短刀を振りかぶるのを感じる。空気の流れや、微かな匂いで敵の動きを感じることが出来た。


 ――よし。初陣といこうか。


 そっと地面を蹴る。


 刹那。


 俺は瞬間移動の如く、短刀の男の背後を取った。もはや転移に近い。盗賊たちはまだ誰一人として、俺の移動に気がついていない。


「マスター。めんどうだ。一気にいくのだ」


 デュランダルの声に頷くと、刀の鍔に親指を添えた。


 わずかに心臓が高鳴る。俺に、刀が使えるだろうか。


 だが、そんな心配は無用だった。子供の頃とは全く違う感覚が刀から伝わってくる。吸い付くような一体感。まるで自分の一部のようだった。


 やれる。今なら、やれる! 


 俺は刀身を一気に抜き放った。抜刀と同時に赤い閃光が空を駆ける。



 《竜爪一閃 ドラグ・スラッシュ》



 瞬間的に、放った刀を鞘に戻す。


 その時にはもう――終わっていた。 


 四人の盗賊たちは紅蓮の炎に弾かれて、四方へと吹っ飛んだ。彼らは悲鳴を上げながら、火傷を負ったであろう部位を抑えて転げ回る。とはいっても殺すほど燃やしてはいない。これでも極限まで威力を抑えたつもりだ。難しかったが……。


 俺は転げている一人に、目を細めて視線を投げた。


 男が「ひいっ!」と絶叫と小便を漏らしてから駆け出した。それを合図に、他の男たちも一斉に散らばっていく。


 どうやらうまく追っ払えたようだな。


 遠くなっていく賊の背中を見送ると、すでに竜化が解けていた。俺はデュランダルと元の姿で並んで立っている。これが俺の力。Fランク以下だった俺の。


「すべてマスターの力なのだ。世界にただ一人のSSSランカー。もっと威張っていいのだ」


 赤い少女が高らかに笑っている。


「それだけではないのだ。SSS級ドラゴンと盟約を結べば結ぶほどに、マスターの封印されていた力が解放されていく。これこそがマスターの唯一無二のユニークスキル『ドラグ・エンゲージ』なのだ」


 ドラグ・エンゲージ。


 それが俺の力。俺だけのユニークスキル。鼓動が高鳴るのを感じる。


「あ、ありがとうございました……。あなた方すごいですね。もしかしてA級、いえS級ですか?」


 助けたふわふわ聖女が、その場にへたり込みながら聞いてきた。


「S? 我らをそんな低ランクに分類しないでほしいのだ」


 デュランダルはそう返すと、聖女騎士の手を引いて強制的に起立させた。


「えっと、お嬢ちゃん、もしかしてドラゴンですか?」


 聖女の言葉にデュランダルが胸を張って叫ぶ。


「ふふふ。はははっ! そう! そうなのだ! 我は世界に十三しかいない至高の存在――SSS級ドラゴンであるサラマンダーの姫! デュランダルちゃんなのだ! そして、そして、そしてぇえええ! この殿方こそが、我ら十三騎竜の主であるジン・カミクラ様なのだああああああああ!」


 それは聞いたふわふわ聖女騎士は、ぽかんとした表情から徐々に真顔になっていく。最終的には顔を真っ赤にして叫び声を上げた。


「えええええっ!」


「ふははははっ!」


 少女たちの甲高い声が蒼穹に響き渡る。その光景に俺は思わず吹き出してしまった。


「ほ、ほんとに、お二人ともSSS級でしたら、お願いです! どうか、どうか西欧聖女騎士団に入って下さい!」


 へ? 聖女騎士団に? 俺たちが?


 なんだか大変なことに巻き込まれそうな予感がするのは、俺だけだろうか……?

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