第5話 彼女になってあげてもいいけどぉ?的なアレ
「真鍋くん?」
俺のすぐ隣に立ったと思われる望月が俺の名を呼ぶ。
「…………」
「ねぇ、真鍋くんってば」
ぬぅ。中々諦めないな。しょうがないから返事するかね。
「…………なんでございましょ?」
「なんで無視するのよぉ……」
「っ!?」
いや、なんでそんな涙浮かべてプルプルしてんの!? そこまで怒る事!? 普段俺の事無視してたよね!?
「わ、悪い悪い! で、なんの用だよ」
観念して聞き返すと、いつもみたいに目を細めながら俺を睨み、澄ました表情になる。
「……ここではちょっと。お昼にちょっとついてきてくれるかしら?」
「断る」
「昼休みになったら一緒に──って、えぇっ!?」
「昼飯を食べると眠くなる。眠くなったら動けない。つまりついていけない。おーけー?」
「そ、それならお弁当持って来ればいいじゃない!」
「いやいやいや。もしついて行ったそこで眠くなったらどうするんだ? 望月が膝枕でもしてくれるのか? ん?」
「そ……それは…………どうしてもって言うならその……」
するのかよ! よっしゃ、寝返り打つフリしてスカートの中に頭突っ込もう──ってするわけあるかぁっ!
「冗談だっつーの」
「なっ!? ……っ! いい? 絶対に来なさいっ! わかったわねっ!」
望月は何故か顔を赤くして怒り。それだけ言うとスタスタと自分の席に向かって行ってしまった。
すると清隆が椅子を後ろにずらして前を向いたままで俺に問いかけてくる。
「ヒロ、望月さんに何かしたの?」
「なんもしてねぇよ」
「なにもしてない感じじゃないけど? 胸でも触った?」
「触るかよ。お前じゃあるまいし」
「失礼だなぁ。僕が触るのは智美のだけだよ。あの指が沈む感触……最高だね」
「そこまで聞いてねぇっつの。ほれ、お前は黙って彼女と『愛してるよ』ってアイコンタクトでもしてろ。ほら、こっち見てんぞ」
「大丈夫。今こうして話をしながらしてるから」
「…………あっそ」
うん、会話強制終了だなこりゃ。ついていけるかっての。それにもう瞼が限……界……。
◇◇◇
「……て。起きて真鍋くん」
「んぅ? ん〜??」
誰かに名前を呼ばれて起こされる。清隆でも赤坂でもない声。……ならこいつ誰だ?
「起きてってば。話があるって朝言ったでしょう?」
「そんな記憶は……ごじゃいやせん……」
「いいから起きなさいっ! もうお昼よ!?」
「うおっ! って望月?」
バンッと机を叩かれ、顔を起こすとそこには望月の顔。クラス中の視線を集めているにも関わらず、それを全く気にもしないで俺の腕を掴む。
「真鍋くん、お昼ご飯は?」
「へ? あ、弁当だけど……」
「持って」
「え?」
「持って!」
「あ、はい」
あまりの迫力に敬語になる。そして言われるがままに鞄から弁当を取り出すと、それを確認した望月に腕を引っ張られて俺は教室から連れ出された。
その時教室にいた生徒からは、「ご愁傷さま」「これはきっと処刑されるんだな」「あの弁当が最後の晩餐か」「真鍋くんいったいなにをやらかしたんだろ? 痴漢かな?」などと聞こえてくる。
おいこらお前ら、誰が言ったか覚えたかんな?
そしてやってきたのは校舎の裏にある、今ではもう使われていないただの資材置き場と化したプールの近くの階段。
望月はすぐ側になぜか置いてあったやけに新しめなホウキで、階段を掃いて綺麗にする。
「座って」
「はい」
俺は言われた通り座る。膝をしっかりくっつけて背筋を伸ばし、礼儀正しく。
なにをしでかしたのか自分でもわからないけど、俺はきっとラヴィアスハートフルシュートを撃たれるんだろう。『ナァァァベェェェ〜』とか言いながら倒れるんだろう。そしてその後は心が綺麗な俺に生まれ変わり……ってなんでだよ。
え? まじで俺なんかしたっけ? 全然わからん。
そして望月、なんで俺の隣に座る? しかも近くね? なんでモジモジしてるん? さっきまでの鬼の形相はどこいった?
「真鍋くん、えっ……とね? その、朝言ってたことなんだけど……」
「はい」
「……待って。なんでさっきから敬語なの?」
「怒られると思って」
「心当たりでもあるの?」
「山ほど」
「はぁ……。心当たりがあるのもどうかと思うけど違うわ。それに、そんな事するのにわざわざこんな所に連れこないわよ。むぅ」
むぅ、ってその可愛いのなんですかね!? そんなキャラでした!? あ、そんなキャラだっか。変身後は。
「じゃあなんで?」
「えと……昨日の答えなんだけど。その、秘密を守ってもらう為の条件で、真鍋くんの彼女になるっていう……」
あぁアレか。そりゃ人前では話せないわな。断るにしても教室で言われた日には、【クラスメイトの目の前で振られた男】ってなるもんな。助かる。
さて、これでまた以前の特に話もしないただのクラスメイトに戻るわけだ。俺の平穏が戻ってくる。
そう思っていたのに、望月が次に放った言葉は俺の予想を超えていた。
「……なるわ。その……真鍋くんの彼女……に」
「へ?」
「な、なによその返事は! 真鍋くんから言い出したんじゃない! これでもすっごく悩んだんだからね!? 男の人と付き合ったことなんてなかったし! そ、それにこれはしょうがなく、しょうがなくなんだから! そう、秘密を守るためにしょうがなく!」
あ、あ〜……なぁる。秘密を守るっていう責任感からか。だよな。望月はみんなの為に変身して頑張ってるのに、俺が適当な事を言ったせいでこんなに悩ませたのか。……悪いことしたな。反省。
なら俺がする事は一つ。ちゃんと謝ろう。嫌な相手と付き合うなんて望月の負担になるだろうし。
「望月」
「な、なによ?」
「ごめん」
「…………え?」
「嫌いな奴に付き合ってとか言われて困らせちまったからな。それで望月がそんなに悩むなんて思わなかった。彼女に──なんて簡単に言った俺の考えが浅はかだったな」
「ちょっ……え?」
「秘密はちゃんと守る。約束する。だからそんな無理しなくていい。それでもどうしても何か条件を、って言うなら、後で購買の限定パンでも奢ってくれ。俺まだ食べたことなくてな? それだけで超幸せになるから充分だぞ?」
「え、待っ……え?」
「じゃあ俺は行くわ。ほんとゴメンな」
「…………ほぇ?」
俺はしっかりと謝ってから立ち上がり、教室に向かって歩き出す。
立ち去り際に一度だけ振り返ると、望月らしくないマヌケな顔になっていたが、きっと俺と付き合う事にならなくて安心したんだろう。
そして安心しすぎたんだろう。昼休みが終わって教室に戻ってきた望月は、放課後までずっとぽけーっとしていた。
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