第21話
「ひどい有様だったな。死体はほとんどなかったとは言え、えぐれた地面と倒れた木だらけで驚いた」
真っ暗な闇に包まれる世界。そこにはささやかに光る星と、赤く光る月が眩しく彩られていた。そんな中、静かに揺れる木々の近くで優しい炎の光が見える。そこには四つの人影があり、焚火を囲んで座っていた。
パチパチと音を鳴らし燃え盛る焚火の周りには、いくつも川魚が枝に刺さって焼かれており、食欲を刺激するような香ばしい匂い、表面には輝く油を滴らせ、身を焦がしていく。ミアはそんな魚を焼き返しながら、ユレンを見つめる。
「そうですねぇ……あれほどとは思いませんでした。参考までにどうやって戦ったか教えてくれない?」
ユレンはミアの言葉を聞くと、自分が狙っていた魚から目を外し、昨日のことを思い出そうとする。腕を組み唸るユレン。ジェイクもユレンの話が気になるのかユレンの方にその意識を向けるのであった。
「どうやってと言われると……。どんな魔物がどれくらい、どの距離で、どこを見てるか。しっかりと観察できる場所にいることを意識したくらいであとはもうがむしゃらに戦ってましたよ」
ユレンはジェイクから魚を手渡されると、ゆっくりと口に運ぶ。イワナに似ているが色は黄色の魚。たまに食卓に並ぶことがあったが、淡白ながら味が濃く、いくらでも食べることができそうだったのを思い出した。
外はサクサク、中はホロホロ。ユレンはその美味しさに舌鼓を打ち食事を楽しんでいると、自分に向けられたミアとジェイクの視線に気づいた。
「……ングッ。……そこからは漁夫の利狙いですよそれ以外は手を出したりはしません」
「漁夫の、利……?なんだそれは」
ジェイクは漁夫の利がわからないのか、首を傾げてユレンを見る。ジェイクの言葉にユレンは、この世界に無い言葉を使ってしまったと焦るも、自分で作ったことにしようとした。
「……自作の言葉なんですけど、漁夫の利ってのは簡単に言うと戦っている最中の二者を狙って横から第三者が攻撃することです。魔物同士が戦っているときは無防備なので簡単に攻撃が決まるんですよ。人間との戦い、特に戦争ではそうゆう場面が多いと思うのでそうゆう経験があるんじゃないですか?」
骨だけになった魚を捨て、焼かれている魚に手を伸ばすジェイクを見るとユレンも負けじと貪る。
塩気が効いていてうまい。家では味の濃い食事の方が珍しかったため、味の暴力とも言える美味しさに、ユレンは舌を巻く。
「なるほどね……。うまいやり方だけどそれだけじゃ生き残れないと思うわ、だって二匹倒れたところで魔物の数はそんなに変わらないもの」
ミアも魚を頬張りながらユレンへ話しかける。その美味しさに少し笑みを浮かべ、内心自らの料理の手腕を自賛していた。ユレンは二匹目の魚に手を伸ばしながら、付け加えるように話し出す。
「いえ、攻撃するのは魔物を倒すためじゃなくて弱らせるためです。だから急所ではなくできるだけ体を狙ってました」
「弱らせる……?どうしてそんなこと」
「例えですけど……目の前に二匹の魔物がいるとして、一匹は怪我一つなくピンピンとしている状態。二匹目は怪我をしていて満足に動けない状態。もしミアさんならどっちを先に狙いますか?」
ユレンの言葉にミアは、簡単な問題といったように笑みを浮かべると口を開く。
「もちろん怪我をした……って、なるほどね。それがあなたの取った作戦ってわけ。……すごいけど自分が狙われる可能性もあるじゃない」
ミアは納得したように頷くと同時に、ユレンに驚愕の視線を向けた。自分でも思いつくかわからないような考えを緊迫した戦闘の中、それも敵と相対しながら思いつく戦闘の才能。ただの少年ではないと思っていたが、それでも驚きを隠すことが出来なかった。
「そうですね。……気配を、自分を殺すのは慣れてますから」
そう言って笑いながら三匹目の魚に手を伸ばすユレン。戦闘に対する才能と、それを実行できる強い精神力を兼ね備えたユレンに感心して、息を吐くミア。
「はえぇーなんだかすごいですね……。隊長とジェイクもそう思いますよね……ってああああああ!もう魚ないじゃないですか!私まだ一匹しか食べてないのに!」
ミアはいつの間にか積み上げられた骨だけになった魚を見て、涙を浮かべながら激高する。ユレンはミアの目に映らないように手を動かし、最後の魚を口に運ぶ。
食後の一服といったところか、ランドンは黒のヒュミドールから一本の葉巻を取り出し先端を切り落とすと、魔法で火を点ける。ゆっくりと息を吸い、美味しさを噛み締めるように楽しむ。
「ふぅ……。五本くらいジェイクが食ってたぞ」
腹を抱えて満足そうにしていたジェイクはランドンの言葉に目を見開く。ギロリの見つめるミアを見て、ジェイクは頭に思い浮かんだ言い訳をいくつか並べ始めた。
「え、隊長はもっと食ってた気が——————————」
「ジェイクぅぅぅ!!私の魚返しなさい!料理したの私なのにぃ!」
「はぁ?取ってきたのは俺ら—————って痛い痛い!ちょ、殴りは、暴力はなしだろ!?」
「問答無用!今すぐ吐け、吐いてしまえ!」
拳を振り上げジェイクに馬乗りになるミア。ジェイクに不憫そうな視線をユレンは送るも、巻き込まれないように場所を移動する。
「……ユレン。ここ座れ」
立ち上がりその場を離れようとしたユレンを横に座らせようと声をかけるランドン。葉巻をふかしながらも、その鋭い視線はしっかりとユレンを射抜く。
まだ慣れることのないその視線に心臓が縮みあがるが、ユレンはランドンの隣に移動するとゆっくりと腰を下ろした。ランドンは胸元を漁り、ヒュミドールを取り出すと一本の葉巻をユレンに見せる。
「吸ったことあるか?」
「葉巻なんて吸ったことありませんよ。高級品じゃないですか」
「まぁそれなり、だな。……そんな嫌そうな顔を見せるな。軍にタバコ、酒、女はつきものだ。慣れておいて損はない」
「……どれもあまりいい印象がないもので。すみません」
苦笑するユレンを見るも、ランドンは何も言うことなく煙を吐いた。夜空に広がる煙を静かに見つめると、今度はズボンのポケットからランドンが持つには小さすぎるスキットルを出し、ユレンへ手渡した。
「え、これお酒ですよね……?俺まだ成人もしてないんですけど……」
「酒に慣れるのは悪いことじゃない。今日酒の味を覚えろ」
「いや、でもですね……」
前世だったらパワハラ確実のランドン。前世では学生だったため、飲んだのは恭介に無理矢理勧められて一度だけ。それでも雀の涙ほどだ。あれこれとユレンが否定をしていると、ランドンは面倒になってきたのか、スキットルをユレンの口に近づける。
「いいから飲め。俺が無理矢理口に入れるぞ」
「わ、わかりました!飲みます飲みます!」
スキットルを受け取り、蓋を開ける。鼻の中に広がる甘い匂いに気後れしつつも勢いよく口にくわえる。口の中に流れ込んだ液体を一飲みすると、喉を通りながら焼くような熱さを感じる。
「んあ゛あ゛!?なんだこれ!……てか、絶対アルコール強い!」
ジリジリと喉を焼くような酒精に驚くユレン。胃に落ちた瞬間その熱さは体全体に広がり、まるで炎が体の中で暴れる感覚を覚える。苦味とささやかな甘みが口に広がり、それと同時に深い虚脱感が襲いかかる。
だんだんと意識が朦朧としてくる中、小さく頬を上げるランドンと、何事かと近づくジェイクたちの姿が見えた気がした。
「え、隊長———結構高—————死んじゃ—————」
「ありゃ—————こりゃ意識な—————おーい—————」
誰かが声をかけてる気がする。消えゆく意識の中、必死に意識を保とうとするもその努力虚しく、ユレンの意識はどこか奥深くに落ちていった。
「――――レン、――ユレン―――――ダメだこりゃ―――――」
———————————————
ここはどこだろう。
深く暗い水の中にいるみたいに体が、意識が、フワフワする。
でも寒くはなく、それどころかどこか暖かい。まるで何かに包まれているかのように温もりを感じる。まるでユーリの胸の中に……。そうだ、この世界で本当の家族という存在を知ったときのように暖かいんだ。
家族なんて言葉に温かさを感じたのは初めてだった。だって家族にとって俺は邪魔な存在だったから。罵倒、暴力、無視なんて当たり前。何かされるのは嫌だった。けど、なにもされないのも冷たかった。その時点で俺は、歪んでいたのかもしれない。
母親の料理なんてこの世界で初めて食べたかもしれない。常にコンビニのパンかカップ麺を食べていた気がする。オムライスを知ったのなんて中学校に入ってからだ。母親の味なんてものは存在しなかった。
「――ほらユレン、冷めないうちに食べちゃいなさい。あったかいご飯が一番おいしいのよ――」
ユーリのご飯は温かかった。食べ物がって意味もあるが、心を暖かくした。質素で量も少なかったけれど、今まで食べてきたものの中で一番”おいしい”。その温かさはいつも、俺を支えてくれた。
父親の優しさに初めて触れた。俺のことなんて見もせず、まるで物のように扱っていた気がする。父親とキャッチボールをする話を聞いても、どれほど楽しいかなんて想像できなかった。父親に尊敬なんて気持ちなんてものは、一切なかった。
「――ユレン大丈夫か!?怪我は!?いや、痛いところはあるか!?――」
レントの優しさが心地よかった。いつも、遥かに小さい俺に目を合わせてくれて、優しく笑ってくれた。時に厳しい姿を見せたのも、優しさだってわかった。心から尊敬できる父親だ。その優しさでいつも俺の前を歩いて導いてくれた。
兄弟なんて初めてできた。だって、あいつらは子供が嫌いだったから。俺でさえいらなかったのに兄弟なんて、できるわけがなかった。なんで生んだのだろう、今でもわからない。育てるつもりがないのなら、生まなければよかったのに。
「――お兄ちゃん、一緒に遊んで!今日はねぇ……かくれんぼ!よーし、数えるよぉ――」
守らなきゃいけない、助けなきゃいけない。一目見た時から、それが脳に、心に、魂に、兄としての意義が刻み込まれた気がした。心からの信頼を預けてくれてありがとう。ナツがいたから強くなれた。
みんな大好きな家族。二度目の人生、本当の息子じゃないかもしれないけれど、俺は代わりに生まれてきたものとして、ユレンとして、家族を守るよ。最悪だった家族を”最高”にしてくれた。だからまだ、まだ終われない、まだ返し切れていない。まだ何も返せてない。
返しに戻る。必ず戻る。だから、だから俺は——―――
———————————————
薄暗く、まだ太陽もでていない早朝。小鳥が囀り朝の目覚めを彩る。木々は太陽の訪れを、今か今かと待ち望むそうにさざめく。ふと目が覚めたユレンは、のっそりと上半身を起こす。
大きなあくびをし目元に手をやる。何気なく伸ばした手に、何故か小さな雫が数滴ついていた。
「ん?なんか濡れてる……?」
目元を腕で拭うと確かに濡れている。寝ている間に泣いてしまったのか、溜まっていた涙が数滴、頬を伝って落ちていく。何かとてもよい夢を見ていたような気がする。しかし、頭の奥から響く鈍い痛みによってその思考は閉ざされる。
「ぐぁぁ……。あ、頭いたい……。絶対二日酔いだこれ……」
痛みに低い唸り声を上げるユレン。周りを見ると静かに腕を組んで座りながら寝るランドンと、肩を並べ支え合うようにジェイクとミアが寝ていた。ユレンは頭痛に顔を歪ませ、顔を洗ってリフレッシュしようと立ち上がる。
その時何故か、森に視線が行く。そこには、昨日までは確実になかった何かがはためくのが見えた。痛む頭を押さえ、布の正体を確かめようと森に近づいていく。
優しい風に静かになびく木々。その心地よさに耳を楽しませながらも、気持ちは前を向いていた。近づいていくとそれは、布ではなく何かの毛皮のマントだった。ユレンはマントを手に取り眺めると、この毛皮が狼の毛皮でできていることに気づいた。
その時ふと横をみると、そこには布でできた、大きめのショルダーバッグがかかっていた。
近づき中身を確認すると、そこには護身用ナイフと下着と服、が入っていた。
「……ッ!」
ユレンはカバンを持つと駆け出し森から出る。周りを見渡そうと視線を辺りに向ける。家族の人影を、その幻想に近い姿を、必死に探す。
しかしどれだけ目を凝らしても、レントたちの姿はどこにもない。姿を見ることはできなかった。
慌てて出てきたユレンの音で目を覚ましたのか、ミアが近づいてきた。
「ユレン君慌ててどうしたの……ってそのマントとバッグは……」
ミアはユレンの手に握られたマントとバッグを見ると、目を見開く。ミアに釣られるようにランドンとジェイクもこちらに近づく。
「……森の木にかかってました」
「そっか……。よし、朝食にしよっか!これからたくさんお世話になるかったーい軍特製パンを食べさせてあげよう!」
「それは遠慮したいところですね」
そう言ってユレンは、手に持ったマントを纏い、ナイフを腰につけ、バッグを肩にかける。
既にランドン達も起床しており、身支度を整えていた。
「朝食を取り次第村へ行く。そして俺たちは村を出る」
「「はっ」」「はい!」
ユレンは家族の思いを背負い、この村を遂に旅立っていく。
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