第56話 違う土俵で勝負する/亮二

「えっ? 大石さんと鎌田君って知り合いなのかい? 同じ大学なのは履歴書を見て知っていたけどさぁ……まさか同じ部活仲間だっただなんて……」


「マスターさん、同じ部活仲間というのは昨日までなんです。私は今日でボランティア部は退部しましたので、今は鎌田先輩とはただの大学の先輩後輩という関係ですよ」


 俺が茫然としているとマスターがソッと耳元に近づき、小声で「なんか色々とゴメンね。と、とりあえずまかないを持って来るから」とだけ言うと慌てて厨房の方に行ってしまった。


 厨房の方では奥さんと何やら話をしているみたいだが、きっと大石さんと俺との関係についての話だろう。


「鎌田先輩? さっきから茫然とした表情をしていますけど大丈夫ですか? それとも私が一緒にバイトをする事になって感動しているとかですかねぇ?」


 バカ野郎、その逆だよ!! 今の俺には不安と絶望しかないよ。


「な、何で大石さんはボランティア部を辞めてまでここでバイトをしようとしたんだい?」


「えーっ? それ聞きます~? 決まっているじゃないですかぁ。勿論、鎌田先輩と一緒にバイトがやりたいからですよぉ」


「でも俺はあの時に……」


「勿論、分かってますよ。七夕祭りの時にある意味フラれてしまったってことは……」


「な、なら何で!?」もしかして大石さんはストーカー気質があるとかなのか!?


「何でって……うーん、そうですねぇ……人には色んな性質の人がいるじゃないですかぁ? 一度フラれただけでアッサリ諦める人、何度フラれようが諦めない人、自分を磨いて逆に告白されるように努力する人、それと好きなのに一度も告白できずに終わってしまう人など……」


 最後のは俺の心にグサッときたけど……


「で、私はですね、一度フラれたくらいでは諦めない人と好きな人に少しでも自分を分かってもらって意識してもらえるようにいつも近くにいて努力する人が混ざった感じですかねぇ」


 どちらも腹が座っている感じの人間だな。


「大石さんの性質っていうのは理解したけど、別にそれならボランティア部で俺の近くにいたんだから辞める必要は無いじゃないか?」


「はぁ……やはり鎌田先輩って鈍感というか甘いですねぇ……」


 何だよ? 失礼な奴だな。今の俺は恋愛に対して昔よりは敏感になっているんだぞ。


「お、俺のどこが鈍感で甘いんだよ?」


「気付いていなかったんですね? 鎌田先輩を好きなボランティア部員は私だけじゃないんですよぉ?」


「えっ、嘘!?」


「嘘じゃないですよぉ。他の1年生達も密かに鎌田先輩を狙っていましたし……でも私からすれば1年生は敵では無いですけどね。でも……」


「でも?」


「でも、立花部長は強敵じゃないですかぁ?」


「えっ!? い、いや待ってくれ!? 今の言い方じゃ立花部長が俺の事を好きだという風に聞こえてしまうんだけど……」


「だから、そう言っているんです。立花部長も鎌田先輩の事が好きなんですよ。でも今のところあの人は部長という立場もあるので恐らく告白するのを我慢していると思います。ただ部活を引退した時に勝負をかけられたら私には勝ち目が無いと思ったんです。だって鎌田先輩は立花部長に対して恋愛感情は無くても尊敬はしているでしょ? それは私よりもはるかに有利ですからねぇ……」


 大石さんは何を言っているんだ? まさか立花部長が俺のことを……

 いや、そんなはずはない。今まで立花部長は俺に対してただの後輩として接していたはずだぞ。


 はぁ……これは言いたくは無かったけど、このままじゃ全然、大石さんは諦めてくれそうも無いから言ってしまおうか……


「大石さん? ま、前にも言ったけどさ、俺には好きな人がいて、七夕祭りの夜に正式に告白したんだ。だから誰が俺の事を好きになっても関係無いんだよ。それに大石さんがボランティア部を辞める理由が未だに理解できないんだよ」


「そうですかぁ……加奈子ちゃんに告白したんですね? ふーん、でも前にも言いましたが私は鎌田先輩と加奈子ちゃんの関係は認めません。だって大学生と中学生の関係なんて絶対にアウトなんですから。それと私が部活を辞めてここでバイトを始める理由ですが……」


「いや、俺がカナちゃんに告白した内容は……」


「最後まで私の話を聞いてください!?」


「あ、ああ……分かったよ……」


「別に私は加奈子ちゃんをライバルだと思っていない訳では無いんです。どちらかと言えば逆です。やはり加奈子ちゃんも立花部長同様に強敵です。だから私は二人が唯一、鎌田先輩と絡むことができないこの場所で勝負する事にしたんです。さすがにあの二人と同じ土俵で戦っても勝ち目は無いと思ったので……ここなら誰にも邪魔されずに鎌田先輩に私を近くで見てもらえますからねっ」


 唯一、二人が俺と絡めない場所かぁ……大石さんって意外と頭がキレる子なんだな? ってか、感心している場合じゃないよな。


 ただ一瞬、もし千夏ねぇがまだここで働いていたらどうなっていたんだろうと思ったらゾッとしたけども……


「いくら大石さんが俺の近くにいてもさ、悪いけど俺の気持ちは変わらないよ。それは立花部長に告白されたとしても同じさ。それくらい俺はカナちゃんの事を……」


「今はそうでしょうね。でも先の事は誰にも分かりませんよ。人の心はコロコロ変わるもんだとよくうちの母が言ってましたから」


 はぁ……恐らく今の大石さんには俺が何を言っても通じないみたいだな?


 どうする? このまましばらくの間、大石さんと一緒にバイトをするか、それとも俺がバイトを辞めるか……でも、ここを辞めて新しいバイト先でも大石さんならついて来そうだし……


 それもだけど、俺はこの事をカナちゃんに伝えるべきなのだろうか?

 基本的に俺はカナちゃんには隠し事はしないって決めているんだが……

 ただ、さすがに『風俗で卒業』したってのは一生、言わないつもりだけど……


 仮にカナちゃんに大石さんの事を伝えて何かメリットはあるのか?

 逆にカナちゃんに心配事が増えるだけかもしれない。


 でも後で大石さんと一緒にバイトをしているって事を知ってしまったら……

 その方がカナちゃんにとってはショックが大きい様な気もするし、不安な気持ちにさせてしまうかもしれない。


 よし、今夜のうちにメール、いや、電話をして直接、話をしよう。



 大石さんのバイト初日は初めてということもあって彼女は仕事を覚えるのに必死で俺とのやり取りはほとんど無く、閉店時間となった。俺は少しホッとしながら控室で帰り支度をしている。


 ちなみに大石さんに仕事を教えていたのは奥さんで、恐らく俺に気を遣ってのことだろう。


 厨房ではまだ大石さんはマスターから色々と仕事の説明を受けていたので、これもマスターの気遣いかなと思い、今のうちに帰ろうと慌てて着替えをしていた。


 そんな中、奥さんが控室にやって来て、マスター同様に申し訳なさそうな表情をしながら謝ってきた。


「ほんと、ゴメンなさいね? まさか、大石さんが鎌田君と知り合いだったなんて……それに、あの子は鎌田君と一緒にアルバイトがやりたくて来たみたいだし……なんか私達、鎌田君に迷惑をかけてしまった気がして反省しているのよ」


「ハハハ、いえ、奥さん達は何も悪くないですよ。ただ、言いにくいんですが、つい先日、大石さんとは付き合えないって言ったばかりなのに、部活まで辞めてここで俺と働く様になったのが驚いたというか……」


「やっぱりそうだったのね? 主人ともしかしたらって話をしていたのよ。そういう事情があるのなら鎌田君としてはあの子と一緒に働くのは辛いわよね? もし、鎌田君的に無理だったら……本当は寂しいけど、私達に遠慮せずに違うアルバイトを見つけてくれても構わないから……」


「分かりました……でも俺はこのお店が大好きですから、出来れば辞めたくないですし、しばらくの間、俺なりに頑張ってみます」


「ありがとねぇ……そう言ってくれておばさん、とても嬉しいわ。出来るだけ大石さんとシフトが被らないようにこちらとしても配慮させてもらうわ」




 トゥルルルルル~ トゥルルルルル~ ピッ


「あ、もしもしカナちゃん、こんばんは。今日は学校どうだった? 楽しかったかい?」


「りょう君、こんばんは……どうしたの? いつもならこの時間はメールなのに。まさか電話がかかってくると思っていなかったから驚いたよぉ。でも、りょう君の声が聞けてとても嬉しいけどね」


「ハハハ、喜んでくれて俺も嬉しいよ。でも、今日はカナちゃんに大事な話があってさ……言わないでおこうかと思ったけど、やはり早めに知っていてもらった方が良いんじゃないかと思って……」


「え、大事な話? 何だろう? なんかドキドキするんだけど……」


「じ、実はさ……今日のバイトで……」


 俺はカナちゃんに今日の出来事を全て話すのだった。

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