第37話 卒業/亮二

 俺の目の前には呆れた顔をしながら煙草を吸っている風俗嬢がいる。


「ふぅ、何でかなぁ? 私には理解できないわ。君はやりたくてうちのお店にお金を払って来たんじゃないの?」


 俺は後輩の橋本に泣きつかれてしまい渋々、ここまで一緒に来てしまった。はぁ、何で俺は断れなかったんだろう……俺は風俗で童貞を卒業する気なんて全然無いのに……だから……


「だ、だからさっき言った通り、俺は後輩の付き添いで来ただけで、別にやりたいとかそういうのは無いといいますか……とりあえずお姉さんとお話をして、後輩が終わるまでの時間を潰せればそれでいいので……」


「だからそれが理解できないって言ってるの。それとも私が写真とは大違いでガッカリしてやる気が無くなってしまったとか……」


「いえいえいえ!! それは全然、ないですよ。お姉さんは写真以上にとても美人ですし、スタイルもいいし、申し分ない女性ですよ」


「そ、それはありがとね。っていうか、だったら、私とやろうよ。そうじゃないと私にもプライドっていうものがあるんだからね。それにお金を払ってくれている客さんに何のサービスもしないで帰すのは……こんなの初めてだし、今までの私の実績に傷がついてしまうわ。それともアレ? 彼女がいるのに私とエッチしたら浮気をしたことになるとでも思っているのかな?」


「えっ? い、いや……彼女はいませんし……」一度もな……


 何でこのお姉さんはそんなに俺とやりたがるんだよ。お金は払っているんだからそれでいいじゃないか。やらなくて稼げるのは美味しいと思うんだが……


 さすがに後輩に驕らせるのは抵抗があった俺は自分のは自分のお金を支払ったのでバイト代が一気に飛んで痛いのは痛いけども……


「彼女がいないなら遠慮なく私とやれるじゃん。あっ、分かった。今、君には好きな人がいるんでしょ? だから好きな人を裏切りたくないから他の女とはやれないとか真面目なことを考えているんじゃないの?」


 好きな人かぁ……18歳までは広美の事が好きだったけど、今は好きな人は……カナちゃん……いや、まだ中学1年生のカナちゃんを好きな人にしてしまうのは色んな意味で危険すぎる。


 というか、このお姉さん、色々と詮索してくる人だよなぁ……


「す、好きな人というか気になる子はいるんです。でも、その子とはまだそういう仲になってはいけないというか……うーん、どう言えばいいのか……」


「君ってもしかしてロリコンなの?」


 ドキッ!?


「えっ、何で分かったっていうか、俺はロリコンじゃないですし!!」


「はいはい、そういう事にしてあげるわ」


「いや、マジでロリコンじゃないですから!!」


「だから分かったわよ。でもその気になる子っていうのは君よりも年下なんだよね?」


「は、はい……」


「なら、絶対に君は今日、私とやって『男』になるべきよ!! これだけは言わないでおこうかと思っていたけど、ハッキリ言うわ。君も後輩君と同じで童貞でしょ?」


「えっ!? な、な、何でそれを……」


「君ねぇ、プロを舐めちゃいけないわよぉ。私はこの仕事をしてもう4年になるんだからね。一目見てこの人は童貞かそうじゃないかくらいは分かるわよ。だから童貞の君がわざわざうちの店に来て何で私とやらないのかが不思議で仕方が無かったのよ」


「そうだったんですね……何か複雑な気持ちになりますが……」


 プロの目から見れば俺が童貞って分かってしまうのか……もしかしたら男慣れしている女性でも俺を見たら直ぐに童貞だってことを見破るんじゃないのか?


 考えただけで恐ろしくなってきたぞ。


「だからさ、意地を張るのは止めて私とやりましょうよ。そして『男』になって世の中を正々堂々と渡った方が君も楽になれるんじゃないかと私は思うんだけど」


「お姉さんって意外と凄い人なんですね? 俺の心の中を読めるなんて驚きました」


「意外ってのは失礼だけど、褒めてくれて嬉しいわ。でも私は大学生時代、心理学を勉強していたから普通の人よりは人の心を読むのが得意かもしれないわねぇ」


「えっ、お姉さんって大卒なんですか!?」


「何よ? 大卒がこういうお店で働いていたらおかしいってこと?」


「い、いえ、そういう訳では……」


「フフフ、冗談よ。まぁ、大卒でも色んな人がいるってことかな。私の場合はお金が必要になったから手っ取り早く稼ぐ為に風俗嬢になったんだけどね。でもある程度、お金は稼げたからここで働くのもあと1、2年かなぁ……それでお店を辞めたら普通の仕事をしながら彼氏見つけてそして結婚して……フフフ、そんな思い通りになる訳は無いと思うけどね」


「いや、お姉さんなら大丈夫ですよ!! きっと素敵な彼氏ができて結婚もして幸せな家庭が築けると思います!!」


「あ、ありがとう……君って本当に良い子だねぇ……何で君のような良い子が童貞で彼女もいないのか不思議なくらいだわ。私だったら……って、それはマズいわね……君が良い子過ぎて私、変な事を考えちゃったわ。いずれにしてもお客さんとこんなにたくさん会話をしたのは初めてだわ。いつもなら適当な会話をして直ぐにセックスして終わりなのに……」


「はぁ……」


 何だか最初はセックスを拒んでいた俺を否定していたけど、少しお姉さんの口調が変わってきたような気がするぞ。よし、このまま橋本が終わるまで時間稼ぎができるかもしれないな。


「私、君のこと凄く気に入っちゃったから一つだけ助言をするわね?」


「え? あ、はい……」


「もし君が今気になっている子と先で付き合う様になったとして、その子が処女だったとしたら君はちゃんとリードできるのかな?」


「そ、それは……上手くリードできないかもしれません……」


 アダルトビデオなどを観てどうすればいいのか知識はあってもいざ自分がとなると緊張してしまって何もできないかもしれない。


「でしょう? でもその子は君を信じて、君を頼って身体を委ねるのよ。それなのに肝心の君があたふたしたらどうなると思う?」


「俺に対してガッカリするでしょうね……」


「そうね。ガッカリするし、君に対しての愛情も薄くなってしまう可能性だってあるわ。そして最終的には別れる事になるかもしれない……その時、君がその子を本気で愛していたとしたら立ち直れる? 恐らくそれがトラウマになって女性と付き合う事が出来なくなるかもしれないわよ」


「は、はぁ……」


 何かとても恐ろしい話をしだしたぞ、このお姉さんは……本当にこの人は風俗嬢なのか?


「だからね、そうならないようにする為にも君は今日、私とセックスをして童貞を卒業すべきなの。そして自分に自信をつけるべきなのよ。それがその子の為にもなるかもしれないんだから……それにさ、君の初体験は風俗ですなんて誰にも言う必要は無いんだし、もし聞かれたら適当に誤魔化しちゃえばいいのよ。見ず知らずの私なんてカウントしなくてもいいんだしね。今日の経験は社会勉強の一環だと思えばいいことなのよ」


「しゃ、社会勉強ですか……?」


「そうよ。社会勉強よ。それに君には彼女も奥さんもいないんだし、完全にフリーな状態なんだから誰にも気兼ねなんてする必要もない。これは勉強……性教育の一つだと思えばいい。だからお願い、私に君を『立派な男』にする為のお手伝いをさせてくれないかな? 私は君とお話をしていてどうしても役に立ちたくなったの。だからお願い……ねっ?」


 どうしてそこまで俺なんかの為に……っていうか、風俗嬢の人達ってこんなお姉さんの様な人が多いのか? いや、それは無いだろう。俺は運が良いのかな……


 いずれにしても俺はこのお姉さんの言葉に心を打たれてしまった感じだ。


 そうだよなぁ……もし将来の彼女が処女で俺も童貞だったらと想像しただけでゾッとしてきたし、逆に相手が慣れている人だったら余計に俺は委縮してしまうだろう。


 ……よし……


「い、今更こんなことを言うのはとても恥ずかしいですが……お、俺を『男』にしてください……お、お願いします……」


「やったー!! そうこなくっちゃ!! お姉さんに任せなさい。あまり時間は無いけど短時間で君を『立派な男』にしてあげるわ!!」


「よ、よろしくお願いします……」


「フフフ、挨拶はもういいから、とりあえず早く服を脱いでちょうだい?」


「は、はい……」



 そして1時間後……


 俺は童貞を卒業して『立派な男?』になって店を後にした。

 何か単純かもしれないが生まれ変わったような感じだ。


 俺はお姉さんにさっきまで教わったことを思い出したり、恥ずかしくなったりの繰り返しで最寄り駅までたどり着いた時に……


「あっ!?」


 ようやく俺は橋本の事を思い出して急いで店の方へと走るのだった。


 橋本もちゃんと卒業できたのだろうか……






――――――――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。


遂に亮二が『男』に!?


今回は男の悲しい性(さが)を亮二で現わせていただきました。

色々と感想はおありだとは思いますが亮二にとっては良い社会勉強になったということでご了承くだい。

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