第35話 後輩達/亮二

「鎌田先輩って彼女はいるんですかぁ?」


「へっ!? な、な、何だよ急に!?」


 突然、そんな事を聞いてきたのは大学の部活の後輩、大石明美おおいしあけみという女の子だった。




 俺が通っている『青葉学院大学』は中高大一貫の学校だが大学だけは外部受験があり、俺はその外部受験で奇跡的に合格したのだった。


 そしてこの大学には『ボランティア部』があり、俺はそこに在籍している。


 俺が『ボランティア部』に入ったのは噂で就活する時に有利だというところからだったし、就活の為に在籍しているだけでほとんどボランティア活動に参加しない幽霊部員も結構多いのが実情だったが、やってみれば意外と楽しくて俺は出来るだけボランティア活動に参加していた。


 そんな中、今年入学した1年生の大石さんが部室で部員達と打ち合わせの休憩中に誰にも聞こえないくらいの小声で俺の耳元に近づきそんな質問をしてきたわけだ。


「鎌田先輩、彼女がいるのか、いないのか教えてくださいよぉ?」


 大石さんのこの質問は俺にとってはあまり良い質問ではない。うちの部に入って来た時から彼女は俺にやたらと話かけてきていたから、俺に好意があるのは何となく分かっていたんだ。さすがに高校時代までの恋愛に鈍感な俺ではない。


 だから俺が「彼女はいない」と本当の事を言えば、「私と付き合ってください」と言ってくる可能性が高いし、逆に「彼女はいる」と嘘をつけば、彼女について根掘り葉掘り聞かれる様な気がして非常に面倒だ。


 大石さんは小柄で童顔だが胸だけはとても大きくて見た目、凄くギャップのある子で、性格は明るく誰とでも直ぐに打ち解ける様に見える。だから俺と同じ2年男子や先輩達の間では人気急上昇中の子である。


 でも俺の目から見ると何だか自分を作っている様にも見えてしまい、あまり好きなタイプではない。どちらかと言えば苦手なタイプだ。


 しかし困ったぞ。「私と付き合ってほしい」と言われて俺は直ぐに断れるのだろうか? 同じ部活仲間だから断ると顔を合わせ辛いし、マジでどう返事をしようか告白もされていないうちから俺は悩んでいた。


 俺が返事を渋っていると大石さんが続けて話し出す。


「実は私の両親って19歳で結婚しているんですよぉ。凄いと思いません?」


「え? そ、それは凄いね……」


「ですよねぇ? でも二人共今でもラブラブで見ている私が恥ずかしいくらいなんですけどぉ……最近は何だか羨ましく見えてきて……それで私も今年で19歳になるじゃないですかぁ? 誕生日は12月なのでまだ日はありますけどぉ……」


 この子は何が言いたいんだ? 何気に自分の誕生日を教えたのか?


「それでですねぇ、私も早く良い人を見つけて10代のうちに結婚したいなぁなんて思っている訳ですよぉ」


「へ、へぇ……そうなんだ。10代で結婚って、学生結婚になってしまうけど大変じゃないのかい?」


「ハハハ、そんなのは愛さえあれば大丈夫ですよ。何とかなります」


 何とかなるのか? 俺はかなりキツイと思うけども……


 身近にいる隆おじさんは18歳で結婚したけど奥さんは大人の女性だったし、周りの協力もたくさんもらえたから何とか幸せな結婚生活をおくれたんだって前に母さんが言っていたけど俺もそうだと思う。


「いずれにしても大石さんの夢が叶う為にも早く良い人が見つかるといいね」


「だから私の良い人は目の前にいるんですよ」


「へっ?」


 この子は何を言っているんだ? 


「だから私ってこう見えて人を見る目があるんですよ。鎌田先輩はきっと素敵な旦那様になるってピピピッと感じたんです。なのでもし彼女がいないのなら私と結婚を前提にお付き合いして頂けませんか?」


「はぁあ!?」


 こんな話を大事な打ち合わせの休憩中にそれも部室で言うことか?

 ダメだ。やはり俺はこの子が苦手だ……よしっ!!


「大石さん、そんな事を急に言われても困るよ。それに俺と君は出会ってまだ2週間くらいしか経っていないんだよ? そんな短い期間で俺の何が分かるんだよ? それに俺だって君の事を何も知らないしさ」


「だから、そこのところはピピピッと感じたわけで……」


「俺はピピピッと感じてないよ。そ、それに俺には好きな人がいるんだよ。その子に振り向いてもらう為に今は頑張っている時期だから、俺のことは諦めてもらえないかな? 俺何かよりももっと素敵な男性はいくらでもいるんだからさ……」


 はぁ、遂に嘘をついてしまったぞ。いや、これはまたしても見栄になってしまうのか? 少しだけ大石さんに罪悪感が沸いてしまうけど今は気にしている場合じゃないしな。でも俺が言った事は本当に嘘なのか?


 カナちゃん……


 イヤイヤイヤッ、それは違う。カナちゃんと約束したのは彼女が18歳になった時、お互いに相手がいない場合だ。その時まで俺は無理をして彼女を作らないわけではない。ただ、目の前にいる大石さんはたまたま俺の好きなタイプじゃないだけなんだ……


「そうなんですね……鎌田先輩には好きな人がおられるんですね……はぁ、残念だなぁ……せっかく良い人が見つかったと思ったのに……何で私がピピピッと感じた人って彼女がいたり、好きな人がいたりする人達ばかりなんだろう……はぁ……」


 思った以上に落ち込んでいるな? 何かとても申し訳ない気持ちになってしまう。

 でも最初が肝心だからな。これはこれで良いとは思うけど……


「まだ19歳の誕生日まで日はあるんだから、それまでに良い人が見つかるかもしれないんだから、そんなに落ち込むことは無いんじゃないかい?」


「うーん、そうですね。落ち込む必要な無いですよね? もしかしたらそれまでに鎌田先輩が好きな人にフラれて私になびく可能性だってあるかもしれませんしね!?」


 はぁ……やっぱり俺はこの子、苦手だ……



 ボランティア部の打ち合わせと大石さんからの突然の告白に疲れ果てた俺は大学内のロビーに設置している自動販売機でジュースを買い、同じくロビーに設置しているベンチに腰をかけてジュースを飲んでいた。


 すると後ろの方から弱々しい声で俺に声をかけてくる男性が……


「か、鎌田先輩……少しよろしいでしょうか……?」


「ん? ああ、橋本君かぁ……どうしたんだい?」


 彼の名前は橋本雅也はしもとまさやといって大石さんと同じ1年生でボランティア部の後輩だ。性格は大人しく人と話すのがあまり得意そうではないように思う。


 でも、まだうちの大学に入学してから日は浅いけどボランティア活動には積極的に参加してくれている貴重な戦力でもある。


「そ、相談がありまして……」


「どんな相談なんだい?」


「は、はい……じ、実は……凄く恥ずかしい相談なんですけど……」


 恥ずかしい相談? 一体どんな相談なんだろうか?


「ハハハ、まぁ、遠慮せずに言ってみてよ?」


「は、はい……じ、実は僕……ど、ど、ど……」


 ど?


「童貞なんです……」


 ドキッ!!


 俺も童貞だよ。文句あるのかよ!? って言いたいところだけど……


「ふ、ふーん……童貞ねぇ……それで童貞がどうかしたのかい?」


「その童貞をですねぇ……何とか10代のうちに卒業したいのですが……未だに彼女なんてできたこともありませんし……」


 まぁその気持ちはよく分かる。俺も同じだからな。でも俺はその卒業できる唯一のチャンスを断った経歴があるけども……こ、後悔はしていないけどな!!


「そ、そんなに卒業したいんならお金はかかるけど風俗に行けばいいんじゃないのかい?」


「そうなんです。最近、僕もそう思いだしたんです。もう大学生だし、行きやすくはなっているので、こうなったら風俗で卒業でもいいかなって。でも……」


「でも、何だい?」


「風俗だって行くのは初めてですし、一人で行くのは凄く不安なので……できれば鎌田先輩、僕と一緒に風俗に行ってもらえないでしょうか?」


「へっ?」


「お願いします、鎌田先輩!!」


「えーっ!? お、俺が一緒にだって~!?」


「先輩の分のお金も僕が払いますから」


「お、お金の問題じゃないんだよ!!」



 はぁ……カナちゃんには今日一日にあった出来事のメールは絶対にできないな……





――――――――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。


大学で後輩ができた亮二

これから悩み事が増えそうな予感……

どうぞ次回もお楽しみに。

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