第30話 それぞれの旅立ち/亮二
千夏ねぇと話をした次の日の朝、俺は根津所長に8月いっぱいでエキサイトランドを辞めることを伝え、了承してもらう。その際、事務所には松本さんがいたけど、最初は黙って俺と根津所長の会話を聞いていたが、途中から割り込み、俺の手を握り泣きながらこう言った。
「鎌田君が受験勉強に専念する為には仕方ないけど、本当に残念だよ。もしよければ大学生になったら、またうちでバイトしてくれても構わないんだからね。いつでも大歓迎だから」
「あ、ありがとうございます。その時は宜しくお願いします」
松本さんが涙を流しながら言ってくれたので俺まで泣きそうになってしまった。
ちなみに広美はエキサイトランドで年内はアルバイトを続けることを根津所長に伝えているみたいだった。
そして夏休みが終わるに近づいていった頃、俺はいつもよりも早く山田さん夫婦のお店に行き、受験勉強に専念したいので、出来るだけ早く、遅くても9月末までには辞めたいという旨を伝えた。
最初は二人共驚いた様子だったけど、いつかはこんな日が来るとも思っていたらしく最後は笑顔で承諾してくれた。
「亮二君、大学生になれば、またいつでもうちで働いてくれていいんだからな。その気になったら直ぐに言ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
マスターが松本さんと同じような事を言ってくれて俺はとても嬉しかったし胸が熱くなった。そしてマスターの奥さんは笑顔で俺にこう言った。
「亮二君には本当に感謝しているわ。2年以上もの間、私達を助けてくれてありがとね。主人の言う通り、またいつでもうちで働いてくれて構わないし、もしバイトは無理でも20歳になったらお客さんとして来てちょうだいね? 大歓迎だし焼き鳥サービスしちゃうわよ」
「ハハハ、ありがとうございます」
「しかし、亮二君とは不思議な縁があったんだねぇ? とても驚いたわぁ。まさか広美ちゃんと同級生だったなんてねぇ……それに三田さんとも面識があっただなんて……ほんと、世間って狭いなぁと思ったわ」
「そ、そうですよね」
俺は広美の名前が出た途端に少し身体が硬直してしまう。
何故なら広美の言っていたことが本当なら俺の目の前にいる山田久子さんは広美が石田浩美として生きていた時の親友なんだから……
「それとね、これは最近思い出したんだけど、私、亮二君のお母さんとも昔何度かお会いしていたと思うのよ」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ、多分そうよ。でも亮二君のお母さんは私の事はあまり知らないと思うけどねぇ……亮二君のお母さんって広美ちゃんのお母さんの大学、そして幼稚園の先生時代の後輩じゃないの? そして隆君……いえ、広美ちゃんのお父さんとは逆に幼馴染のお姉さんみたいな関係の先輩だったはずだけど……」
「はい、そうです!! 広美のお母さんの後輩ですし、隆おじさんの先輩でもあります……って、マジなんですかぁ? 母さんが奥さんと昔会った事があるのっていうのは驚きですね……」
「まぁ、私が小学生の頃だからかなり昔のことだけどね……でもほんと亮二君と知り合えたお陰で懐かしい人にも会えたし、実は三田さんの奥さんとも色々と共通点があることも分かったから本当に嬉しくて嬉しくて……亮二君、本当にありがとね」
「い、いえ、俺は何もしてませんから……ハハハ……」
「今度、順子にも今回の話をしないと……あの子もきっと驚くだろうなぁ……」
順子って誰だろう? まぁ、奥さんの友達なんだろうけど……
こうして俺は新しいバイトさんが入り一週間、仕事の引継ぎなどをした後、『焼き鳥やまだ』のアルバイトを辞めるのだった。
そしてここから俺は必死に勉強を開始する。今から頑張っても大学進学は難しいかもしれないけど、俺はそんな事は考えずに必死に勉強を頑張った。両親も喜んで協力してくれたので塾にも通うようになり奇跡的に少しずつ成績は上がっていく。
その間、たまにカナちゃんから電話がかかってきて学校の話など、たわいもない話をして気分転換もしている。このカナちゃんから電話がかかってくるタイミングが絶妙で俺が勉強で疲れ切っている時によくかかってくるのでとても有難かった。
稀にカナちゃんがお母さんの携帯電話を使ってメールをしてくるけど、もし俺が変な文章の返事をしてしまい、先にカナちゃんのお母さんに見られてしまったらと考えると恥ずかしくなり、返信には凄く気を遣う。
だから本当はメールは勘弁してほしいんだけど、きっと電話ばかりすると俺の勉強の邪魔になると思ってカナちゃんなりに気を遣ってくれているんだと思うので俺はカナちゃんにメールは止めてくれとは言えなかった。
そんなカナちゃんも色々と頑張っているらしい。友達の桜ちゃんが再来年、私立の中学に進学する予定だそうで地元の公立中学に通う予定のカナちゃんとしては桜ちゃんに匹敵するような友達を今のうちにたくさん作ろうとしているそうだ。
俺からすれば、あんなに可愛らしいカナちゃんなんだし、そんなに自分から友達を作る努力をしなくても向こうから寄って来ると思うんだけどなぁ……何か事情でもあるのだろうか? 今度、それとなしに聞いてみるか……
11月になり俺が通う青葉東高校の文化祭が行われた。俺も広美も最後の文化祭、特に広美は気合いが入っていた。何故なら体育館の舞台で秋のコンクールで優勝した芝居を全校生徒や外部の人達の前で披露する事になっているからだ。
帰宅部の俺は広美に頼まれて急遽、裏方をする事になった。そして俺が機材を体育館に運んでいる途中である人物と出会うことに……
「そこの君? 体育館はどこにあるのかしら?」
そう、俺に訪ねてきたのはサングラスをかけたモデルの様なスタイルの女性だった。歳は30代くらいだろうか? 何か凄いオーラを放っている人だ。
「え、体育館ですか? 僕も今、体育館に行くところなんで一緒に行きましょう」
「フフフ、ありがとう。助かるわ。今日は私の友人の娘さんがお芝居をするらしいから東京から飛んで来たのよ。でも間に合って良かったわ……」
「そうなんですか? それは良かったですね。それでその娘さんって誰なんです? 僕はだいたいの演劇部員の名前は知っているので……」
「あら、そうなの? えっとね……私が会いに来た子の名前は五十鈴広美っていうのだけど、知ってるかしら?」
「えっ!? 広美ですか!?」
っていうか、この女性……どこかで見た事があるような……
「へぇ、広美って呼び捨てにするって事は君は広美ちゃんの彼氏なのかなぁ?」
「えっ!? ち、違います違います!! お、俺は、僕はただの幼馴染なだけですから!!」
「ふーん、幼馴染なんだぁ……」
女性はそう言うとサングラスを取り俺に笑顔を見せる。そして俺はその顔を見て息が止まりそうになった。何故なら俺の目の前にいるのは日本で知らない人なんていないくらいの大女優『岸本ひろみ』だったからだ。
後で聞いた話だが岸本さんは昔から広美の事を気にかけていたらしい。そして本人が本気で女優になると決意した時には協力するつもりでいたそうだ。
ちなみに『岸本ひろみ』は本名ではない。本名は『岸本順子』……
そう、山田さんの奥さんがボソッと言っていた友人の名前の順子と同一人物だったのだ。
そして名前の『ひろみ』はあの石田浩美さんの浩美からとっているのを知り、更に驚いた。女優になれずに亡くなった親友の夢を一緒に叶える為に芸名を『ひろみ』にしたらしい。そのひろみさんが浩美さんの記憶を持った広美に会いに来ている……なんて複雑な関係なんだろう……そしてそれを知っているのは『俺と広美だけ』というのも何だか心苦しくなる。
こうして月日が経ち年が明けた平成20年、俺はバレンタインデーにカナちゃんから貰った手作りチョコレートをエネルギーにしながら最後の力を降り注ぎ、見事、現役で私立大学に合格したのだった。
その後、俺は青葉東高校を無事に卒業する。そして広美は卒業して直ぐに岸本ひろみさんの所属する芸能事務所に入所することになり上京、千夏ねぇも就職の為に上京して行った。
カナちゃん情報で翔太君も見事、私立中学に合格したそうだ。きっと山田さん達も喜んでいるにちがいない。
そしてあっという間に更に1年が経ち、今は平成21年4月……
俺は大学2年生、カナちゃんは中学1年生となった。
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お読みいただきありがとうございました。
これで第3章は終わりとなります。
次回から第4章開始です。引き続きお読みいただけると嬉しいです。
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