第5話 まさかの告白/亮二

 俺は実家から数キロ離れた町にある焼き鳥屋でアルバイトをしている。


 個人経営の店で名前は『焼き鳥やまだ』

 カウンター席が6席、4人掛けのテーブル席が4席のこじんまりしたお店だ。


 店はマスター夫婦とアルバイト3名でまかなっているがバイトは常時2名のローテーションで行っている。


 今日のバイトは俺と今年大学4年生になった『田中千夏たなかちか』との2名……


 俺は18時半から店に入るのだがいつも30分前に入り、小さな休憩室でまかないを食べさせてもらっている。ここのまかない、まぁ、主に焼き鳥だけど、数年前に雑誌に紹介されただけのことはあって、めちゃくちゃ美味いんだ。


 ちなみにこの店で俺が好きな焼き鳥は『ネギま』『キモ』『せせり』『つくね』マスター特製のタレが焼き鳥と絶妙に合う……想像しただけで、よだれが出てしまいそうだ。


 俺は急いで着替えを済まし、ゆっくりと味わいながらまかないを食べていると休憩室に千夏ねぇこと田中千夏が入って来た。


「よう、亮君!! 今日も美味しそうに食べているねぇ? まぁ、ここの焼き鳥は間違いなく美味しいんだけどね」


「千夏ねぇは相変わらず元気だな? 悩み事とか無いのかよ?」


「ハハハ、私は悩み事があっても顔に出さない立派な大人の女性なのだよぉ」


「はいはい、千夏ねぇは立派な女性ですよぉぉ」


 実はこの千夏ねぇは広美の家の近所に住んでいて俺達が小さい頃から姉弟のように一緒に遊んでいた間柄で幼馴染のお姉ちゃんみたいな人だ。


 昔から活発な性格で俺達を引っ張ってくれていた頼りになる姉御みたいな存在だった。


 千夏ねぇは中学生の頃に家庭の事情で一度グレてしまったことがあったけど俺や広美には変わらず普通に接してくれていた。そして高校、大学に行くようになってからは落ち着いたみたいで見た目も昔と違ってとても女性らしくなっていった。


 現在は茶髪のサラサラロングでメイクのレベルも上がり大人の色気が漂っている。まぁ、元々美人だったので彼氏には困った事が無いというのが自慢で俺にとっては腹が立つやら羨ましいやらの女性だ。


 ちなみに俺は千夏ねぇに憧れみたいな感情はあっても恋愛感情が沸いたことは一度も無いということだけは言っておく。


 ただ、ここの店のバイトを誘ってくれたのは千夏ねぇなので少しだけ頭が上がらない感じではある。


「私に悩み事とか無いのかよって聞くってことは亮君には悩み事があるってことだねぇ? いや、絶対そうだわ。千夏お姉様が悩みを聞いてあげるから遠慮せずに言ってごらんなさーい?」


 千夏ねぇは昔から俺の言動や行動一つで何でも分かってしまう凄い人だけど……


「千夏ねぇに相談しても何一つ解決した試しが無いから言いたくない!!」


「えーっ!? そんな事は無いでしょう!? 今まで亮君の悩みは全て千夏お姉様が解決してあげたという自信しか無いんだけどぉ」


 どこからそんな自信が出てくるんだよと俺は思ったけど、どうせしつこく聞いてくるのがオチだから俺はあえて言う事にした。


「まぁ、いつもの事だよ。広美や母さんが大学に行けってうるさいんだ。俺は前から高校卒業したら就職するって言っているのにさ……」


「ふーん、そっかぁ……でも二人の気持ちも分かるけどさぁ……」


 なんだよ。千夏ねぇも二人と同じ考えかよ……


「でもさぁ、私は亮君の思い通りにすれば良いと思うよぉ。大学も行けば楽しい事がたくさんあるからお勧めではあるけど……高校を卒業して働くのも立派な選択だよ。だから私は亮君が先で後悔しない選択さえしてくれればそれで良いと思うわ。まぁ、どっちを選択しても私は今までと変わらずに亮君の味方だしぃ」


 俺は千夏ねぇの口から意外なセリフを聞かされて驚いた。そして……


「ゴホッゴホッ」


「えーっ!? 私が凄く良い事を言ったのに何でむせちゃうのよぉ!? まぁ、それはそれで面白いからいいんだけどさ。ほんと亮君は昔から私の『ツボにはまる子』だよねぇ? フフフ……」


 『ツボにはまる子』の意味が俺には理解できなかったが、とりあえず俺がむせてしまって千夏ねえが気を悪くしたんじゃないってことが分かりホッとした。


「ま、まぁ、千夏ねぇだけでもそう言ってくれただけでも俺は嬉しいよ。ありがとう……」


「ハハハ、何か亮君にお礼なんて言われちゃうと照れちゃうわねぇ? 別に悪い気分にならないから良いんだけどさ……あっ!! それはそうと広美ちゃんとはどうなのよ? 相変わらず進展していないの?」


「えっ!? ウグッ ゴホッゴホッ ゴホッゴホッ」


 またしてもさっき以上に俺はむせてしまう。

 まさかこんなところで俺が進路以上に悩んでいる事をズバッと言われるとは……


「し、進展って何だよ!? 俺と広美は元から何も無いから!!」


「ハハハ、亮君、私に無理しなくてもいいんだよぉ?」


「む、無理なんてしてないさ!! それよりも何で急にそんな事を聞くんだよ!?」


 小学生の頃、千夏ねぇに二人はお似合いだから将来、結婚しなさいよぉって、よくからかわれていたけど、俺達が中学に上がり千夏ねぇが高校生になった頃くらいからはそういったことは全く言わなくなっていたのに……


「私さぁ、最近、彼氏と別れたんだぁ……」


「えーっ!? また別れたのかい!? これで何人目だよ!? ってか話を変えるなよ!!」


「もぉぉ、またって何よぉ!? ほんと亮君は失礼だねぇ……でもまぁ、その通りなんだけどねぇ……私ってよくモテるクセにさぁ……付き合いだすと相手に何で直ぐに浮気されちゃうんだろうねぇ?」


 そうなんだ。千夏ねぇは昔からよくモテたけど、何故かいつも相手が違う女性に浮気をしてしまい、そして直ぐに喧嘩別れていたんだ。


 さすがにあまりモテない俺でも昔からそこらへんの事で千夏ねぇには同情していた。


 でも……


「千夏ねぇは男運が無いだけだよ。それと相手の男も千夏ねぇの良いところを全然分かっていなんだ!! だから落ち込むことは無いと思うぞ。っていうか、千夏ねぇは別に落ち込んでいないよな? さっき悩み事があっても顔に出さない大人の女性って言っていたしさ……」


「うーん、落ち込んでいないと言えば嘘になるかなぁ……でも亮君が慰めてくれたから今は超ご機嫌だよ」


 え? 俺、千夏ねぇを慰めたっけ?


「超ご機嫌になってくれたのは嬉しいけどさ、千夏ねぇが彼氏と別れた事と広美の話は全然関係ないじゃん? なのに何で急にそんな事を聞くんだよ?」


 俺が話を戻すと千夏ねぇは一瞬だけ下を向きそして直ぐに顔を上げ笑顔でこう言った。


「本当はさ、私が何で彼氏に浮気をされちゃうのか理由は分かってるんだ。その理由が関係あるって事かなぁ……」


 俺は千夏ねぇの言っている意味がよく分からないので少ししかめっ面になってしまう。そんな俺の表情を見た千夏ねぇは笑顔が消え珍しく真剣な表情になった。そして……


「あのね、私さぁ……今まで私から告白した事が無いんだよねぇ……まぁ、早い話、今まで付き合った相手の事を好きだと思ったことがなかったから、それが相手にも伝わっちゃって浮気されたんだろなぁとは思っているの」


 何だよ? ちゃんと浮気される原因は分かっているんじゃないか?

 ってか、今まで好きでもない人達と付き合っていたのかよ?


「でもね……でも本当は昔私にもさ……昔から一人だけ好きな人はいたんだ……」


「え、そうなんだ!? それは驚いたよ。そ、それじゃぁ、その好きな人に告白すればいいじゃん。千夏ねぇならきっとフラれるはずないし、きっと上手くいくと思うんだけどなぁ……」


「上手くいかないと思っているから今まで告白しなかったんだけどね。その人にも昔から好きな人がいてさ、私が間に入れる余地なんて無かったのよ。でもさ、その人も未だにグズグズしていてね、好きな人と付き合う以前に告白すら出来ていないみたいなの……」


「ハハハ、そ、そうなの……?」


 なんかどこかで聞いた事のある話だな?


「だからね……亮君、私と付き合わない?」


「えっ!?」


 千夏ねぇ何を冗談言ってるんだよと突っ込もうとしたけど千夏ねぇの目はマジというか『女の目』をしている。


「私さぁ、子供の頃から亮君の事が大好きだったの。でも亮君は広美ちゃんの事が大好きなのは分かっていたから……三人の関係を壊したくなかったから……だから今までずっと告白できないでいたの。でも、未だに二人に進展は無いみたいだし、広美ちゃんは来年、東京に行くんだし……だからさ亮君、この際、4歳年上のお姉さんと付き合ってみるってのはどうかな?」


 俺は千夏ねぇからの衝撃的な告白に驚きのあまり、最後まで残していた大好物のつくねを食べられずにいるのだった。







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お読みいただきありがとうございました。



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