第27話 27、神の万
<< 27、神の万 >>
四月のさわやか晴れの日、山で三方を囲まれた谷間の村に通じる道に光沢を放つ黒塗りの自動車の車列が現れた。
道路は未舗装ではあったが掃き清められていた。
その道はほとんど使われていないらしく轍の跡はなく、道端に生えていた雑草はきれいに刈り取られた後の若葉が出始めていた。
車列は村の中央にある井戸の手前百mで左右に別れ、井戸の方に向けて一列に整列した。
上空には数台のヘリコプターが旋回していたが音は聞こえなかった。
消音装置が装着されているらしい。
更に上空にはジェット機が旋回していることが飛行機雲から確認できた。
飛行機雲は一つの山を中心に何重にも大きな円を描いていた。
その山はこれまで上空も含め誰も入ることができなかった山だった。
端の自動車から二人の黒服の男が出て来てトランクを開け、2mほどの巻かれた厚めの絨毯を取り出し、両手に抱えて百mほど運び、井戸の横の大樹の下にある石の前に敷き、自動車に戻っていった。
次に4台の自動車から16人の黒服の男が出て来て、トランクから薄手の赤色のフェルトの巻き束を抱えて井戸の方向に進み大樹の下の絨毯から中央の自動車までの道を無言で作ってから自動車に戻っていった。
しばらくしてから全ての自動車のドアが開き黒服の男達が出て自動車の前に井戸の方向を向いて不動の姿勢をとって整列した。
赤い絨毯の道が敷かれた自動車の後部ドアが開き大昔の衣装を着けた老人が出て来て井戸の方にゆっくりと歩(ほ)を進め、絨毯に正座し、両手を上げて平伏した。
「最高の指導者である万様、われ、穂無洲国の皇帝、周義はここに千二十四回目の表敬の挨拶をするために参上致しました。この星が今後健やかに進展するようご指導下さるようお願い申し上げます。」
それは毎年くり返されてきた言葉であり、周義にとっては30回目の言葉であった。
この後は自動車に戻って衣装を着替えてから帝都に帰るだけだったがこの日は違った。
周義が平伏していた絨毯がゆっくりと上昇し3mほどの高さで止まった。
絨毯が撓(たわ)むことなく上昇したので平伏していた周義は異常に気がつかなかった。
頭を上げて自分が絨毯に乗ったまま空中に浮かんでいることに気がつき一瞬狼狽したが再度平伏して言った。
「万様でござりましょうか。なんなりとお申し付け下さい。」
「たいしたものだ。周義さんだったね。頭を上げてくださいな。」
周義がゆっくりと頭を上げると目の前に男が片膝を立てて周義を見下ろしていた。
「皇帝に会うのは周平さん以来ですね。万です。少し話しをしてもいいですか。」
「もちろんでございます。なんでございましょう。」
「先ず、平伏するのは止めましょう。胡座(あぐら)でもかいてゆったりして下さい。私もそうしますから。」
そう言ってから万は胡座をかいた。
周義皇帝は正坐(せいざ)して万の方を伏せ目ぎみに見た。
正面の男は熊革のチョッキを羽織って昔の狩人の衣装をしていた。
「皇帝が昔の衣装を着ていたので私も昔の衣装で出てきました。昔は猟師だったのです。」
「万様が周平始皇帝様の前に現れたときは狩人の衣装をしていたと伝え聞いております。」
「そうですか。私は最近目覚めました。周平さんが死んだ後はずっと眠っていたのです。人間は長く生活するのは辛いものなのでそうしておりました。目が覚めて世界を観察して文明が予想通り進展していたことを知りました。ありがたいことです。上手に施政を制御していてくれたのですね。お礼を言いたいと思います。」
「お礼なんてとんでもございません。始皇帝様が作りあげた体制が優れていて諍(いさか)いも生じなかっただけでございます。」
「そうかもしれません。最近私は妻と共にゴラン洲に行って来ました。ゴラン洲には妻の友人の誘拐を指示した者がいたのです。ゴラン洲は政情が不安定な状態で予想通りに動乱が起り、政治体制が変りました。ホムスク帝国中央はその政変に何の干渉もせず帝国法の文言を変える事で事態を収めました。私は周義皇帝のその処置におおいに感心し、周義皇帝と話しをしようと思い、こんな形で現れました。迷惑だったですか。」
「迷惑なんて、とんでもございません。万様にお会いできて感動しております。」
「世襲の州知事はインターネットが発展されている現代では合理性を欠いていると思います。そんなお考えで周義さんは帝国法の文言を変えたと思います。でも各州の軍事力も含めた完全な独立は色々な国が乱立していた昔の状態になると思われます。科学が発達して核兵器を開発できる現代では昔の状態になれば千年間育てて来た文明は壊滅すると思います。それで洲兵の指揮権を保つために帝国法の一文だけを変更したのではないですか。」
「左様でございます、万様。私が公平である限り私が指揮権を持ち続けることは洲同士の破壊的争いには至らないだろうと考えました。」
「このシステムは貴重だと思います。完全に独立した国だけで構成される世界では望んでも得られるシステムではありません。先は長いのですが、これからホムスク星は一億年以上に亘って文明を発展させて夜空に見える星々で構成される大宇宙の支配者になります。争い無しで発展し続けるのです。説明するのは難しいのですが私はそれを知っております。私自身が一億年以上も後のホムスク人の末裔ですから。正確に言えばホムスク人と地球人の間子(あいのこ)ですかね。」
「万様はホムスク人なのでしょうか。」
「そうですよ。半分だけこの星の純潔なホムスク人の血を継いでおります。私の父の持論では地球人は地球に来たホムスク人の血を引いているらしいので血の濃さは半分以上かもしれませんね。周平さんの子孫かも知れないし周義さんの子孫かも知れません。」
「お怒りになって消されても仕方ありませんが、なぜ万様はホムスク星に来られたのかを伺う事はできますでしょうか。」
「私は父の示唆でここに来ました。理由はホムスク人を大宇宙の支配者にするためです。」
「大宇宙の支配者になるということはホムスク人は滅びず、ずっと長らえるということでしょうか。」
「そうですよ。文明が破壊されなければですがね。周義さんが驚きを持って見ている私の力は未来のホムスク人の力なのです。周義さんも知っている私の妻の千は私が作りました。私の母の細胞から作りました。この世界でもやがてできると思いますが、通常の人間の遺伝子の2倍半の遺伝子を持った完全な人間です。我々は2倍体人間ですが、千は5倍体人間です。未来のホムスク文明はそんなこともできるようになるのです。」
「そうでしたか。周平始皇帝様の世界統一をお助けした千様は万様がお作りになったのですか。」
「そんな文明が出来上がるためには文明が破壊されずに1億年以上続かなければなりません。私がここに現れたのは世界で争いが起らないような機構を周義さんに作ってもらおうと思ったためです。」
「1000年間争いがなかった今のシステムには欠陥があるのでしょうか。」
「ないと思います。あるとすれば皇帝と力ですね。周義さんは今回の行動から見るとホムスク文明を存続させることを考える冷静で公平な方だと思います。周義さんに不足があるとすれば力です。完全な独立を求める洲ができた時に各州の軍を指揮してその洲を武力で平定できるかどうかに不安があります。私は圧倒的な力を周義さんに与えることができます。そんな力を示して当該洲を平定すれば完全な独立を望む洲は今後は出て来ないでしょう。でもそんな力を持った皇帝は独善に走る傾向にあります。周義さんの次の皇帝が周義さんのような中立で公平な皇帝であるとは限らないのです。それは限られた命を持った人間の性(さが)なので致し方がありません。私は圧倒的な力を皇帝に提供する用意があります。周義さんにはお願いがあります。皇帝の性格に左右されない安全保障の機構を考えてくれませんか。」
「万様のお考えはよく分りました。私の思いと同じだと思います。対等な力関係を持つ洲で構成される国では安全保障機構の構築は難しいと考えておりました。今回のゴラン洲での政権移行を見て力の弱さを実感しました。今回は一洲だけでしたが、同時に多洲に亘って政変が起れば、そしてそれらの洲が同盟を構築したとすればその他の洲の軍を差し向けることは難しいことになると考えておりました。ゴラン洲の政変では千様である千先生が大きく関与されていたと報告を受けました。ゴラン洲が兵の指揮権を求めなかったのは千様がその方向に導いたのであろうと推測しております。今後、多くの洲で政権の変更がなされるでしょうが、その時にはゴラン洲の政治形態が参考になると思い、千様の誘導に感謝しておりました。」。
「できそうですか、周義さん。」
「質問してよろしいでしょうか。」
「なんだい。」
「万様は政権中枢に入ることができるでしょうか。」
「それはできない。したくない。私は表に出るのは苦手です。力を与えることは出来ても人前に姿を見せることは遠慮します。」
「分りました。考えてみます。今、心に浮かんだのは万様が星の為政者として蔭に存在するという考えです。帝都に帰って皇帝の性格に左右されない圧倒的な力を持つ安全保障機構を考えて見ようと思います。」
「よろしく頼みます。今日はこれで帰ります。周義さんにまた会えるかどうかは分からんが遠くで見ていますよ。」
万はそう言うと絨毯の上に立ち上がった。
絨毯は静かに地上に降り、万は右手を挙げて左右に手を振りながら山に向かう道に向かって歩いて行った。
片腕を小さく振る万の姿は道が曲がって見えなくなるまで見えていた。
その位置は何人(なんぴと)も入ることができない領域の内側だった。
周義皇帝は帝国議会に一つの議題を提案した。
帝国法の文言を少しだけ変更する提案であった。
「皇帝は各州に配置されている洲軍を指揮する」という文言を「皇帝は為政者の要請を受け各州に配置されている洲軍を指揮する」という文章に変えた。
「為政者」を定義する文章は加えられなかった。
帝国議会議員は為政者の定義がなされていないので不審に思ったが、いつもの通り全会一致で変更を可決した。
皇帝は自由に帝国法を変えることができる。
気が入らなければ、あるいは新しい皇帝がそうしたければ元に戻すこともできる。
ともかく、帝国法は変更され、この変更により皇帝は勝手に洲軍の指揮を取ることができなくなった。
そして為政者の要請には為政者の持つかもしれない軍事力を使えという要請が入って来る可能性もあったし、為政者が代理を通じて要請する可能性もあった。
今後、一億年以上続くであろうホムスク世界で「為政者」という言葉が出て来たのはこの時が初めてだった。
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