第38話渦中の二人

 そして、またたく間にマリアーナ・ユニイテの名は王宮内は勿論、貴族の間で知れ渡るようになった。今まで何の噂もなかったアレクシスの、初めてのダンスの相手になったのだ。人々が注目するのも無理はない。


 クリスティーナは翌日の朝食の席で、騎士たちが話しているのを聞いて、アレクシスのダンスの相手がマリアーナであったことをその時初めて知った。




(マリアーナ様、可愛い方だったから、アレクもきっと選んだんだろうな)




 昨夜、ダンスの初めての相手はクリスティーナと断言してくれたが、あれは打ち解けた者に対する他意のない言葉で、そこに恋愛感情は入っていないに違いない。


 まだ恋愛経験のないアレクシスだったから、親友として特別視してくれるが、本当に好きな人ができたら、昨夜の言葉は言ってくれなかったに違いない。




(マリアーナ様と踊ったことがきっかけで、アレクが彼女を好きになっていったらどうしよう)




 食卓につきながら、ぼんやりと不安になりながら考えたが、はっとして首を振る。




(どうしようも何もない。わたしは男性としてアレクのそばで生きていくって決めたんだから、それを貫くほかないんだ。むしろ、アレクに好きな人ができたら、喜んであげなくちゃ)




 クリスティーナは朝食を終え、アレクシスのもとに向かった。


 騒ぎの渦中の人物はいつもと変わらぬ表情で、迎えた。




「今日から俺たちは出仕するんだ。一番初めに、父上に挨拶しに行こう」 




 今日が初出仕になる。クリスティーナは初めて赴く場所に緊張しながら、アレクシスのあとに続いた。


 王の執務室に入ると、アルバートが笑顔で迎えてくれ、今後の仕事に関する流れを説明してくれた。これから一週間は王の執務室に通い、レイノの補助を受けながら、大まかな流れを掴む。これは仕事をこなす以前に、どういった種類の仕事があるのか、覚えるためだ。ある程度、知れたら、今度は専門的な仕事を割り振られ、本格的に実務を積んでいく運びとなるようだ。




「初めはわからぬことも多いだろうが、周りの経験者に聞いて、実践を積んで、学んでいくと良い」




「わかりました」




 真剣に頷いたアレクシスは王太子の顔をしていた。これからクリスティーナも、アレクシスの補助として王太子を支え、彼の役に立てるよう働いていくのだ。身が引き締まる思いがした。


 ふたりが出仕するようになってからも、貴族たちの喧騒は鳴り止む素振りを見せなかった。果たしてマリアーナが婚約者となるのだろうかと、将来の地位を期待して、彼女の父親と何とかつなぎを取ろうとする者が現れたり、お茶会仲間は、これまで以上にマリアーナを誘ったりと、彼女の周りは途端に騒がしくなったようだ。


 クリスティーナも、ユニイテ家に晩餐会や舞踏会の招待状が波のように押し寄せたと風の噂で聞いた。


 そんなある日、クリスティーナとアレクシスが出仕する道すがら、複数の令嬢が向こうからやってくるのが見えた。


 そのうちのひとりに目がとまり、クリスティーナははっと息を呑んだ。


 その人は渦中の人物、マリアーナ・ユニイテだった。今、クリスティーナが歩いている場所は回廊の途中だった。外廷は王宮の正面から見て右側に位置しており、反対側に王や王妃、アレクシスが住まう内廷がある。その真ん中にある建物が、接見に使われる玉座の間や大広間、中広間があった。クリスティーナたちが出仕するには、どうしても真ん中の建物を突っ切る必要がある。どうやら令嬢たち一行はこの建物の一室に向かっているようだった。王妃のヘロイーズが中広間で茶会を開いているのかもしれない。


 向こうもこちらに気付いたようだ。目で合図しあい、扇でこそこそ相談し合うと、後ろにいたマリアーナを前に押し出した。マリアーナは突然の友人たちの行いに驚いたようだが、どうすることもできない。仕方なく、顔をうつむかせて歩を進めた。前を行くアレクシスは特に歩調も乱すことなく、彼女たちの方へ進んでいく。舞踏会以来の初めての当人たちの邂逅に、クリスティーナの心臓は早鐘を打った。




(アレクは一体、なんて声をかけるんだろう?)




 親しげに声をかけるのだろうか。彼女に優しく微笑むのだろうか。二人が一緒のところを見たくなくて、クリスティーナは拳をぎゅっと握った。


 しかし、アレクシスは通り過ぎさま、軽く目礼しただけだった。そのまま何事もなく、通り過ぎる。クリスティーナは振り返った。


 後ろにいた令嬢たちが、口をぽかんとさせてこちらを見送っている。


 アレクシスが話しかけるものと思っていたから、拍子抜けしたのだろう。クリスティーナはほかの令嬢とは違い、振り返らないマリアーナを見た。その背は明らかにほっとしたように、肩の力が抜けていくのが見えた。 


 クリスティーナは再び前を向いて、アレクシスの背中を見た。アレクシスは、今の邂逅をなんとも思っていないらしい。その証拠にいつもと変わらぬ足取りに、ほっとする。




(アレクが言ったとおり、本当に特別な意味なんてなかったのかな)




 だとすると、今も尚、アレクシスは誰も気に留めておらず、特別な女性はいないということになる。クリスティーナはほっとすると同時にそんな自分に罪悪感がわき起こり、複雑な気分になった。


 それからも、アレクシスはお茶会はもちろん、舞踏会に出席することもなく、マリアーナと接触する機会はとんと訪れなかった。動きのないアレクシスに、周りは舞踏会のあれは王太子の気まぐれだったのか、と呟き始めた。マリアーナの周囲の熱気は静まり、貴族たちの喧騒が下火になったころ、クリスティーナは十六歳の誕生日を迎えた。

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