第35話お披露目

 大広間にファンファーレが鳴り響いた。王が姿を現す前触れである。ざわついていた会場が一気に静まり返った。


 王家の人間のみが使うことができる奥の中央の扉から、アルバートが現れた。続いて王妃のヘロイーズが姿を見せ、最後にアレクシスが続く。


 初めて見る王太子の容姿に人々は、目を見張り、続いて溜め息を吐いた。背筋を伸ばし佇むその姿は雄々しく玲瓏とし、気品に満ちていた。人々は目を離すことができずに魅了され、感心した。


 アルバートが玉座の前に進み、口を開く。




「今宵、このような栄えある場所において、我が息子、アレクシス・キースクライドを紹介でき、光栄に思う。我がアルホロンはこれまで二百年余り、平和な世を築いてきた。その栄えある重厚たる歴史に、息子もまた一翼を担い、未来においてあらたに加わる存在になることと思う。この国に仕える忠臣方、そして遠路はるばるお越しくださった諸外国の方々、今この時を一緒に過ごせ、喜びをともにできることを、誇りに思う。我が国に栄光あれ!!」




 アルバートが声を上げると、続けて貴族たちも左胸に手を当てて復唱する。




「我が国に栄光あれ!!!」




 アレクシスが隣に進み出る。




「アレクシス・キースクライド・ダウランドと申します。この度、御多忙の中、わたしのために足を運んでいただき、感謝いたします。本日、王太子就任の名誉を賜り、この光栄を授かることができ、より一層、身が引き締まる思いがいたします。本日このときより、皆様のお力添えにそえるよう、またこの国の国民のために、そして栄えある歴代の王たちに恥じぬよう、王太子として立派に勤め上げるよう精進して参りたく存じます。本日はこのような立派な席を設けてくださった皆様に感謝の言葉を捧げます」




 アレクシスが一礼すると、会場から割れんばかりの拍手が沸き起こった。


 アルバートが宮廷楽師に向かって、手をあげる。音楽が流れ始めた。


 舞踏会の始まりである。王太子が誰を選ぶのか、その一挙手一投足を見逃すまいと、アレクシスが壇上から降りてくるのを、人々は見守った。


 注視されるなか、アレクシスはひとりの人物に目をとめる。




(いた。今日は空色のドレスか)




 今日も控えめな格好の彼女に、歩を進める。周りが途端にざわつき始める。向かってくるアレクシスに、令嬢たちが頬を染めた。その眼差しは期待に満ちている。しかし、彼女たちを素通りして選んだのは――。




「マリアーナ・ユニイテ嬢。どうか、わたしと踊ってください」




 アレクシスはボウアンドスクレープの形で挨拶すると、目を見開いているマリアーナに向かって、手を差し伸べた。


 マリアーナはよもや自分が選ばれるとは露とも思っていなかった。近付いてくるアレクシスに顔を赤くしたものの、周りにいる令嬢の誰かが選ばれると疑わなかった。自分の名前が呼ばれた瞬間、衝撃を受けたように、全身の筋肉が動きをとめた。


 それとは反対に、周りは一層ざわめきに満ちた。令嬢たちからは悲鳴があがり、口を押さえる者、扇子を取り落とす者、手袋越しにドレスを握り締める者、嫉妬と羨望の眼差しを受けて、今の状況に頭が追いつかないマリアーナは全身を震わせた。


 アレクシスが再び、口を開く。




「マリアーナ嬢、どうか」




 胸に手をあてて、左手を差し伸べる王太子に誰が断れるだろう。マリアーナは赤かった顔を今や青くして、震える指でアレクシスの手を取った。


 そのまま流れるように、会場の真ん中に連れて行かれる。周囲からは、更に嫉妬の眼差しが四方八方から注がれ、マリアーナの正体を知らない貴族たちは一様に、周りに家名や父の名前を尋ねている。居た堪れないでいるマリアーナに、アレクシスは気付かないのか、向き合うと、繋いでいた手をあげ、マリアーナの背中に反対の手を回す。マリアーナも仕方無しにアレクシスの二の腕をとった。


 曲調が変わった。楽団が舞曲に演奏を変えたのだ。リズムを感じ取ったマリアーナは、内心震えながら、衆人環視の中、アレクシスとともに踊り始めたのだった。

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