第22話十五の春

 クリスティーナは十五歳の春を迎えた。背はすっかり伸び、女性にしてはやや長身の部類に入るだろう。しかし、アレクシスには敵わない。年々その差は大きくなるばかりだ。


 クリスティーナは寝台から起き上がり、脇においてあった革靴を履く。靴はなるべく底が厚いものを選んでいる。少しでも背が高く見えるようにするためだ。自分で工夫して、靴底も重ねていれている。


 胸も大きくなった。クリスティーナは寝衣を脱いで、晒しを巻いていく。あの頃と比べて、より胸が潰れるように、きつく締めていく。時々、息苦しく感じるが仕方ない。男であるための代償だ。その上からシャツを羽織り、ベストを身に着ける。それだけでは完璧でなく、厚手の立襟の上着に袖を通す。肩には綿が詰めてあり、より体格がいかめしく見えるように自分で考えたなりに作ったものだ。


 上着を着込めば、胸の膨らみもわかりづらく、厚手だから体の線も出にくい。夏場は暑苦しいが、仕方ない。アレクシスは生真面目だと笑い、今でもたまにシャツ一枚の軽装になったりする。


 十三になった時、アレクシスが声変わりを迎えた。喋らなくなった時、男子には声変わりという変化があることを知った。クリスティーナも続けて真似をし、声を出すことをやめた。そして、アレクシスが声変わりを終えてから初めて声を出した時、クリスティーナはびっくりした。あまりに声質が変わっていたからだ。それとともに、喉仏が現れた。クリスティーナは遅れて声変わりを装った分、家に帰ると、一段声が低くなる練習をこなした。そして、アレクシスとまではいかないまでも、これまでよりも少し低い声で喋るようになった。思いっきり笑った時や驚いて急に声をあげたりする時は、声が戻ってしまうので、気をつけなければならなかった。その時は何とか咳払いをして、やり過ごす羽目になる。そして、喉を出すことをやめた。クラヴァットか、もしくは高い襟で隠すことにした。


 アレクシスが成長の変化を迎えれば、クリスティーナもまたその変化から逃れられなかった。初潮を迎えたのだ。


 あの日は泣きながら帰ったのを覚えている。突然、自分の足の間から血が出てきたのだ。病気にかかってしまったと泣きながら帰ると、その様子を見たペギーが仰天し、ことのあらましを伝えれば、『それは大人の女性になるための立派な証』だと説明してくれた。それを聞いた時、アレクシスに相談しなくて良かったと心の底からほっとした。そうしてその晩は軽いお祝いをしてくれ、ペギーからは女の子に戻りましょうと説得された。けれど、その時には既に気を静め、クリスティーナはペギーとは反対の決意を固めていた。これまで以上に女であることを隠していこうと。


 そして家を出た。今は近衛騎士団の宿舎の一室を与えてもらっている。家を出た理由は、早く一人前になりたかったのと、成長するにつれて、見送ってくれるペギーの目に涙が浮かぶことが多くなったからだ。それを見るのは胸が苦しく、ペギーのそんな目をこれ以上、見たくなかった。


 今ならわかる。ペギーは純粋にクリスティーナの幸せを願っていたのだと。幼かった自分は、自我を押さえつけられ、無理矢理型に押さえ込まれているだけだと感じていた。しかし実際はペギーはクリスティーナが幸せになるために、良縁を願っていただけなのだ。今はそれとは全く真逆の道を進んでいるが、クリスティーナは後悔していない。あのとき、確かにアレクシスのそばにいることを願ったのは自分であり、今もそれは変わらない。


 それから理由はもうひとつ。父親のデクスターに会いたくなかったからだ。時々不意に帰ってくると、家にいる間中は顔を合わせたくないため、ずっと部屋にこもりっきりになった。父親がたてる音に過敏になり、閉じこもるせいで余計に気鬱になる。クリスティーナはそこから逃げ出したくてたまらなくなった。そんなところから解放されたかった。




 クリスティーナの耳に騒ぎ出す音が聞こえ始めた。同じ階に住む騎士や、階上に住む騎士たちが起き始めたのだろう。クリスティーナが何故、騎士団の宿舎にいるかというと、たまたま空きがあったのを聞きつけて、お願いしたからだ。王宮の一室を借りるという考えも頭をよぎったが、それは一人前の仕事をしている者に相応しく、自分には分不相応と思った。まだ成人も迎えておらず、アレクシスの学業兼遊び仲間でしかない自分は生計をたててるとは言い難く、王宮の一室を願い出るには厚かましいと考えたからだった。


 それにクリスティーナ自身に事情があった。騎士ではないクリスティーナは、お礼をこめ、そして正体を隠す意味でも、お風呂はいつも最後だった。冷めてしまったお湯に浸かり、浸かり終わったあとはお湯を全部流して、後片付けをする。返礼として、ひとりでお風呂に入れる言い訳ができたのだ。


 血気盛んな若者が多いこともあり、宿舎は朝から騒がしい。すこし気が散るが、いい事もあった。アレクシスの元まで行くのに、随分楽になった。今までは片道三十分以上かけていたのを、今は十五分とかからない。


 クリスティーナは朝の身支度を終えると、部屋を出て、食堂で朝食をとりに階下へ向かう。食べ終えたら、その足で王宮へと向かった。クリスティーナのいつもの日常が始まった。


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