AIクミちゃん

 おじさんとクギョウくんのことが心配で、すぐにショッピングモールの方へ車を走らせた。すると、こちらへ猛然と走っている人影が現れた。

 おじさんだった。

 おじさんは、クギョウくんを背負いながら、ゾンビを蹴散らしこっちへと向かっていた。

「よかった。生きてた」

 私は、毒島に殴られただけじゃおじさんは死なないと思ってたけど、あの状態でゾンビに襲われたら無理だと思っていた。だけど、おじさんはやっぱりとっても強かった。

 私は車から駆け下り、おじさんに飛びついた。

「おーモモ。無事だったか」

 おじさんの方が大変な目にあっているのに、私のことを心配してくれる。

「おじさんだって。無事でよかった。本当によかった」

「あはは、心配してくれてありがとな」

 おじさんが優しく頭を撫でてくれた。

「あのうお姉ちゃん。僕もいるんですけど……」

「クギョウくんも無事でよかったね。でも、おじさんの方が大けがしてるんだよ。自分で走りなさいよ」

「うぅ。ごめんなさい……」

 リョウカさんも車から降りて来て、ホッとしたのか、あの優しい笑みが戻っていた。

 基本的に、車中泊がほとんどだったが、たまには羽を伸ばしたいって言うリョウカさんの意見におじさんも賛同してくれた。おじさんのケガの療養も兼ねてと思ったけど、おじさん本当に丈夫で、顔に痣とか残ってるだけで、もう武器の手入れとかしてるの。

 それでも運転はリョウカさんがしてくれた。リョウカさんもひどい目にあいかけていたのにホントに強い女性で憧れちゃう。

 少し道を外れ、温泉街へと車を走らせた。ニュートーキョーからは離れている場所だけど、温泉がよく湧くため、政府が科学技術を導入し、ハイテクな温泉街へと変貌を遂げたところでもある。

 でも、人が集まる場所というのはゾンビがはびこる場所でもあるのだ。

 そんな温泉街を進んでいると、やっぱりいた。

 それも、浴衣を着ているゾンビの集団だ。足湯の場所なのに、お湯が無くても座っているゾンビもいるし、射的を楽しんでるゾンビもいる。浴衣がはだけてる女ゾンビは、まるでリョウカさんみたいに色っぽかった。当然、こんなところでくつろげるはずもなく、車はさらに進んだ。ゾンビたちが襲い掛かって来るので、リョウカさんは躊躇うことなくゾンビたちをひき殺した。その方が未来のためにはいいのだ。

 仕留めそこなったのは、私が一掃した。あれから三十分以上経ってるからね。リンは相変わらず私をからかいながらも、手を貸してくれた。

 しばらく山奥を進んだ。簡単に言うと道に迷ったのだ。狭い道で、少しでもハンドル操作を誤ると、崖から滑り落ちて、麓へと戻ってしまう。そんな悠長な事言ってられないほど、ガタガタでぬかるんだ道を進んだ。

 私たちみたいに道に迷ったゾンビとたまにすれ違うけど、やっぱりそれほど多くはなかった。結構急な坂道だし、雨でぬかるんでてすっ転んでるゾンビもいておかしかった。さらに奥まで進むと、ゾンビも全く現れなくなった。このガタガタ道にも慣れたのか、ユラユラと揺れる感じが心地よくて、ついウトウトしていると、突然大きく車が揺れて、ガクッと頭が落ちた。

「寝てただろ」

 リンが訊いてくる。珍しく起きてたみたい。

「寝てません」

「涎ついてるぞ」

「え、え、え」

「ぎゃはは、やっぱり寝てたんじゃねーか」

「もう、イジワルしないで」

 大きく伸びをし、窓の外を眺めていると、突然開けた場所へとたどり着いた。

 古びた建物で、看板に天国旅館と書かれてあった。

 旅館だったのでみんな喜んだけど、開いているのか心配だった。そもそも対応しないといけないお客さんがいるのかどうかも怪しいから当然といえば当然なんだけど。

 それでも、温泉くらいはないだろうか。ゆったりと浸かれる露天風呂でもあればいいのになんて思いながら車を降りた。リンのゾンビ判定は白。人っ子一人いないらしい。

 玄関に近づくと、パッと灯りが付いた。奥から、和服を着た女性がやって来た。とても若くて可愛いAIクミちゃんだった。クミちゃんはアンドロイドでもありホログラムでもある。どの企業でも採用されていて、私の通っていた高校でも、特別授業を教えてくれたのがクミちゃんだった。

 このクミちゃんは、接客と受付のみで、当然料理は出てこない。料理が出る時間などを教えてくれたけど、料理を作る人がいないのだから待っても出てこないと思う。これじゃあ、温泉だって駄目な気がしたけど、温泉の方は、AIロボたちが毎日のように掃除をしているから、入れるようだ。料理だけは、AIではどうすることもできなかったのか、それとも食材が手に入らないからなのかはわからなかった。

「これまでにも、お客さんは来られましたか?」

 私がクミちゃんに訊ねてみた。

「はい。半年ほど前に、一組のカップルがいらっしゃいました」

「半年前ですか……」

「はい。チェックアウトはまだでして、今もなお『梅の間』にいらっしゃいますよ。かなりの請求額になっていますが、大丈夫なんでしょうかね」

 クミちゃんは笑顔で言ったが、私はとても不安になった。その不安は私だけではないようで、みんなも同じような表情をしていた。

 とてもいやな予感がするのだ。

「それでは、部屋へと案内いたします。えっと、女性二人が楓の間、男性二人が竹の間でよろしいでしょうか?」

 この二つは、隣り合っているということだ。

「いいわよ」

 と、リョウカさんが言った。ここのことはおじさんはリョウカさんに任せていた。

「ありがとうございます。こちらになりまーす」

 私たちは、着替えだけを持って、部屋へと向かった。私の着替えは、もうないのだけど……。

 途中、梅の間の前を通った。そのとき、部屋の中の様子が気になった。少しだけ扉が開いており、布団が敷いてあるのが確認できた。だけど、リンが見ない方がいいぞと忠告してくれた。

 すると、クギョウくんが、クミちゃんに用事を言いつけると、梅の間の扉を勝手に開けた。

「やっぱり……」

 クギョウくんが呟いた。

「ナナちゃんは見ない方がいいわ」

 リョウカさんも中を確認してから私に忠告してくれた。

 リョウカさんの話では、男女と思われるカップルの白骨化した遺体が抱き合っているようにして横たわっているって教えてくれた。近くには、たくさんの薬が散乱していたみたい。ゾンビに襲撃によって死んじゃったわけではなさそうだ。きっと、いまのこの時代に、これからやってくる未来に絶望したんだと思う。私だって、ここにいるおじさんとリョウカさん、それからリンがいなければそうだったと思うもん。

 あ、クギョウくんは知り合ったばかりだから保留です。

 郷田くんが、私に告白してきたことを思い出した。一緒に最後の時を過ごそうと。私は断ったけど、もし告白を承諾していたら、あのカップルのように郷田くんと一緒に死を迎えていたのかもしれない。私は郷田くんの事好きではなかったから、幸せな最期を迎えられたかどうかはわからないけど……やっぱりゾンビになった方がましな気がする。ごめんね郷田くん。

 あの二人は幸せだったのかな? もし小鳥遊くんと最後を迎えられていれば……ううん、この二人のように、最後まで一緒にいられたかどうかはわからない。やっぱりゾンビになってたかもしれないし。でも、好きな人同士で一緒に過ごすことができたのならきっと幸せだったと思うことにしよう。

「部屋の中までは、クミちゃんも入らないみたいね。それか、クミちゃんには見えているのかもしれないわ」

「なにがですか」

「この二人の幽霊が」

 と、リョウカさんが悲しそうな顔をしながら言った。見えてるのかな?

 クギョウくんが、打って変わって真剣な表情をして部屋の中へと入って行った。そして、布団の前に座ると、お経を唱えはじめた。クギョウくんは、ああ見えてお坊さん見習いだったのだ。

 私もリョウカさんと一緒に手を合わせた。おじさんは、仏ではなく神を信じているので、十字を切り目を閉じていた。

 

 

 

 



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