本物の悪魔?
夜明けとともに、どっと疲れが襲って来た。私は、おじさんのエアバイクの後部座席で眠っていたけど、おじさんの一言で目が覚めた。
「なんだ、あれ」
おじさんのエアバイクは地上へと降りていた。リョウカさんとハルカさんは少し離れた上空で待機している。
眠たい目をこすりながら、おじさんが声をかけている人の顔を見た。
いつの間にか雨が降っていて、東屋の所で、明らかに、子どもと言えるほど小さな男の子が、体育座りをして泣いていた。
「おい小僧。お前ひとりか?」
少年はおじさんの方も見ずに、少し頷いただけだった。
もしかすると、おじさんが怖いのかもしれない。私は、なぜかクギョウくんの時と同じように、お姉ちゃんパワーが内側から溢れてくるのを感じた。おじさんがこうやって声をかけているのも、ゾンビ判定が緑だからだろう。
「おじさん、ここは私に任せて」
「まあ、若い方がいいのかもな」
おじさんとハイタッチをして少年の前に行き声をかけた。
「君の名前は?」
「……(ぶつぶつ)」
「え?」
なにか言ったようだが、声が小さすぎて聞こえなかった。
「ごめん。もう一回言ってくれるかな」
「……ヤマト」
「ヤマトくん。なに、ヤマト」
「……ただのヤマト」
「タダノヤマトくんだね」
「違うよ。ただの、ヤマト」
「ご、ごめん。ヤマトくんだね」
「苗字なんてないのに……」
「え、どいういうこと?」
「なんでもないよ」
なんて可愛いのこの子は。ちょっと顔を上げた時に見えたけど、相当な美形だし、それに、色も白くて、瞳は黄色くて、唇は真っ赤で、なんだかひ弱そうで、私の好みじゃん。ちょっと、顔色が悪くて、ゾンビってより吸血鬼っぽいな。でも歳が少し離れてるけど、恋に年齢なんて関係ないもんね。て、なに言ってるんだろう私。ちょっと若くて可愛い男の子を見ると、すぐ恋しちゃいそうになっちゃう。これも全部ゾンビが世の男の子たちをゾンビにしたからだ。絶対に許さないぞ。ふぅ、一息ついて、お姉ちゃんタイムだ。
てか、この子、どこかで見たことがあるような……。
「それでヤマトくん。お母さんはどこにいるの?」
「おい、ナナセ。お前本当にデリカシーないな。ここでこうして泣いているってことは、ゾンビになったか死んでしまったかのどっちかだろ」
リンが言うのはごもっともだ。
「あ……ごめん、ヤマトくん。ウソ、いまの無し。えっと――」
「ママは、生きてるよ」
「へっ?」
「だから、ママは生きてるってば」
「じゃあ、お母さんはどこにいるのかな?」
「どこって、魔界に決まってるじゃん」
「……マカイ?」
「うん、魔界」
「そんなとこ、日本にあったっけ?」
「日本に? ないよ。魔界は魔界だもん」
「魔界って、あの悪魔とか妖怪がいるって言う、あの魔界?」
「そうだよ。僕は悪魔だけどね」
私は思わずショックを受けた。こんなに可愛い美少年が、嘘をつくなんて……。こういう場合はどういう反応をすればいいのかわからないから、リンに助け舟を出す。
「しょうがねーな。で、ヤマトよ」
リンが声をかけた。ヤマト少年は、怖い怖い顔をした小さな悪魔に顔を向けて返事をした。別に、驚いた様子もない。そっか、ヤマトくんも悪魔なんだもんね。ホントなのかな……。
「魔界から、なんで人間界へ来たんだ?」
リンが普通に会話の続きをしようとしているのがおかしい。
「僕は、地上を支配するためにやって来たんだ。僕は、魔界では王子で、ママはかの有名な女帝リナリアって言うんだ」
私が呆気にとられていると、おじさんが話に入って来た。
「リナリアなんて、父なる神に逆らった悪女じゃねーか。そんな奴を崇めているのか?」
そっか、おじさんは神さまを崇拝しているから、この手の話に詳しいのだ。
「逆だよ逆。パパの方が浮気がバレちゃって、ママに魔界から追い出されてしまったんだよ。ママが怒ると、パパでもどうすることもできないんだ。それほど恐ろしいんだよママは。あ、それに崇めてなんかいないさ。ママはママなんだから」
「ふーん。で、ルシファーとかはいるのか?」
「それは人間が創った空想の悪魔にすぎないよ。魔界にも人間が創造した悪魔の話は届いているから知ってるけど、よくあんな事思いつくね。感心するよ。ちなみに、魔界ではルシフェルと呼ばれていて、コインにもなったんだ」
と言って、ヤマト少年は、ポケットからルシフェルのコインを見せてくれた。なにか、百円玉とか、百両とかと違った重みがあったが、全ての硬貨と同じようなものだろう。
なおも、おじさんとヤマト少年の会話はつづく。でも、私はついて行けないから、少しだけその場から離れておいた。とっても可愛い子だと思ったのに、とっても変な子でがっかりだよ。
おじさんもおじさんだよ。いくら神さまを信じてるからって、嘘つき少年のことまで信じちゃうとか、ありえない。
しかし、おじさんの表情が一瞬変わった。そして、一言、二言交わした後、こちらへ戻って来た。ヤマト少年も一緒だ。すっかり泣き止み、少しだけ笑顔を取り戻していた。そのお顔もまた美しくて、ドキドキしちゃった。
「なんだ興奮してるんか?」
「ち、違うよバカー」
リョウカさんとハルカさんもエアバイクで降りて来て、おじさんの話を聞いた。もちろん、話を聞いた後、二人の反応も私と似たようなものだったけど。
AI権兵衛さんは、一度館へ戻ると言っていたため、抜け殻となったハエトリクモがハルカさんの肩に止まっていた。
おじさんの話では、ヤマトくんは、支配のために地球へとやって来ていたそうだ。まあ、それはさっき聞いたけど。でも、美男美女とハーレムを築くばかりで、支配することなんてすっかり忘れていたんだって。
やって来たのは、二百年ほど前の夏。
支配する前に、東京オリンピックも満喫したみたい。当時もパンデミックが流行っていたから、無観客で行なわれたそうだ。だからといって、観戦するのをあきらめたわけではなく、ボランティアとして色々手伝いながら、様々な競技を見てまわったそうだ。どの競技も、熱戦だらけで、興奮しっぱなしだったんだって。
「あの頃も、パンデミックがあったけど、今回まただもんな。人間は、学ばないんだね。でもあの時は、ここまで大変じゃなかったけどね。今度ばかりは、無理だったみたいだ。僕も、ついさっきまで裸で抱き合っていた美女が、いきなりゾンビになったりなんかして、思わず笑っちゃったよ」
子どものくせになに言ってるんだこの子は。それに、今回のパンデミックは、人工的な要素が高いっていうのに、知らないんだね。
「で、魔界に帰ろうと思ったんだ。この世界にも飽きちゃったし。ゾンビ騒動だし。ちょうどよかったんだ。でもね、西の断崖絶壁にある魔界へと続くゲートをくぐろうとしたんだけど、くぐれなかったんだ。僕はママに質問をしたよ。なぜ通ることができないんだって。すると、僕の質問に、ママは怒りで示したんだ。天から黒々とした竜巻が、海上のそこら中に現れていた。雷鳴が激しさを増し、大地を震わせた。ママが怒れば、例え次元がちがっていても、人間界にこのような現象を引き送すことは造作もないんだ」
そういえば、最近九州地方で大地震があったっけ。けど、ヤマトママの仕業かどうかはわからない。
「ママは、どうやら僕のことで相当お怒りのようだった。さらに、とつぜん経験したことのないような痛みが、背中に走ったんだ。立ってられないほどの痛さで、気を失いそうになったよ。雨によってびしょびしょになった体を、のたうち回らせながら、苦しんでいると、追い打ちをかけるように、今度は尻に激痛が走った。椅子に座ろうとして、そこには椅子がなかった時に地面に尻餅をついたときも激痛だったけど、それすらを上回るほどの痛みに、僕の意識はだんだんと遠のいて行った。薄れゆく意識の中、ママの声が脳内に響いたんだ。『お前の翼と尻尾は日本の一番高い山の噴火口へと捨てておいたよ。これは罰だ。地球を支配するどころか、遊び惚けやがって。おまけに、ゾンビの方が人間どもを支配する始末。ああ情けない話だよ。だからこのゾンビがはびこる世界を生き抜き、翼と尻尾を自力で取り戻してから帰って来るこったね。それまでは、ウチの敷居をまたぐことは許さないよ』だって。もう嫌になっちゃうね」
子どものくせに、話し方が妙に大人ぶってて、ああなんてませた子なんだろう。可愛いのに、なんか嫌な子だな。確かに、小学四年生くらいのころまでは、こんな子いたっけ。背が低いくせに、ちょっと自分の親がお金持ちだからって言う理由で、自分まで偉いと思っているガキ大将みたいな子。たしか、進藤くんって名前。苦手だったなー。進藤くんは中学生になっても高校生になっても嫌な子だったっけ。でも、ヤマトくんは美少年だからつい許しちゃいそう。
てか、翼に尻尾って、タケルンかよ。もしかして、自分のことをタケルンだと思い込んでるんじゃないのかな。でも、なんとなく似てるような……でも、ちがうよね。タケルンは身長百八十七センチもあって、足がとっても長いんだから。このヤマト少年は、身長なんて私よりも低いもん。
日本一高い山は、富士山だった。私も、銭形さんの館でお世話になってから、何度か登ったから当然知ってる。だけど、尻尾や翼みたいなものがあったかなんて憶えてないや。
あれ? でも、どこかで見たことがあるような……それも、つい最近……。
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