ピンチ
「た、た、た、助かりました。ありがとうございます」
「気にすんな」
「しかし、なんですかあれは。僕みたいなのがたくさんいるじゃないか」
クギョウくんは、目を丸くしていた。
「あれはゾンビって言うんだよ」
私がどのような生き物か説明してあげた。
「そういえば先ほどそのようなことを言っておりましたね。へー、ゾンビと言うのかー。未来の人間は、おかしな進化をしているようだ。言葉も話さないし、僕を食べようとしていたみたいだったぞ」
クギョウくんが、変な解釈をしているので、リョウカさんが地球で起きた出来事を、適当に教えた。
「なんと……では、人間はもうほとんどいないのですか?」
「たまに見かけるわよ。だけど、ゾンビの方が多くを占めてることは間違いないわ」
「でもよかったです。こうして三人も人間が生きているのだから」
クギョウくんは、喜んだ。
山道から出て、街を走った。と言っても、今では廃墟と化しており、植物が支配しつつあった。人口もそれなりに多かった街だったので、道路にはたくさんの車が停まったままだった。高い建物を見て、クギョウくんは完全にお上りさんみたいだった。私もはじめて大都会オーサカに行ったときは、こんな感じだったな。
ちょっと大きな建物があった。メガショッピングモールだ。
そこへ、食料調達しに行くと言って、おじさんが車を寄せた。人の気配はしないが、ゾンビの気配はする。リンの判定も、黒だった。おじさんだけでは心配なので、私もリンに頼んで魔法少女へ変身した。この姿を見たクギョウくんは、やっぱり目を丸くしていた。
リョウカさんも、新しい服が欲しいと言って車を降りた。一人残すわけにはいかないため、クギョウくんも一緒に来ることになった。
「いいクギョウくん。私の傍から離れちゃダメだからね」
まるでお姉さんになったみたいで、得意気だったと思う。
やっぱりいたよゾンビちゃん。
あちこちから出て来て、そのたびにクギョウくんがいちいち悲鳴をあげるので、うるさくて仕方なかった。
よし、いっちょやってやりますか、と言いたいところだったけど、私が攻撃する前に、おじさんとリョウカさんが、見事なコンビネーションを見せてゾンビの首を跳ねていった。
でも、一体仕留め損ね、おじさんの背後に迫っていたので、私の乙女ぱーんちを食らわし、おじさんの危機を救ってあげた。
それなのに、おじさんは涙目になって、私が不良になったと、またしても嘆いていた。
モール内は、やっぱり荒れていた。バリケードみたいなものもあったけど、ほとんど意味がなかったみたい。血もそこら中に着いていて、惨状だったんだってことがわかる。
食べ物コーナーへ向かったけど、やっぱり何も残ってなかった。おじさんもこれにはお手上げ状態だった。
洋服も同じことだった。残ってても、血で染まってたり、ボロボロになってたりで、使い物にならない。
結局、ここに立ち寄ったことは間違いだった。だけど、クギョウくんだけは違ったようだ。近代的なものを見るたびに、取れかかった目を必死で抑えながら、驚愕しつづけていた。
クギョウくん以外、がっくりと項垂れながら外へ戻る途中、こんな時でもゾンビは現れる。だから、半ば八つ当たりのようにゾンビたちを蹴散らして行くのだ。
クギョウくんはトイレに行きたいと言って、おじさんと向かった。私とリョウカさんは先に車へと戻り出発の準備に取り掛かる予定だ。
そこで、事件が起きた。
リョウカさんが車のドアを開けると、中に知らない男の人がいた。リョウカさんが構えようとしたけど、背後にもいたみたいで、羽交い絞めにされた。私がおろおろしていると、中にいた男の人も出て来て、私の腕を取り、ロープでグルグルにされた。リョウカさんも同じだった。声をあげようにも、猿ぐつわをされてるから、うーうーしか言えない。
「いいか、声をあげるなよ。俺の質問に、はいなら一回頷け。いいえなら二回だ。いいな」
甲高い声で一人の男が言った。痩せ細っており、顔色も悪かったけど、絶対に只者ではないという不気味な雰囲気があった。リョウカさんを捕えている人は、でっぷりと太っていて、落ち武者みたいに天辺が禿げてて、髭がとっても伸びてたし、腕から胸まで毛がもじゃもじゃだった。
おじさんも頭以外の毛はすごいけど、汚らしいとは思わなかったなー。むしろセクシーだった。髭だって、ナイフで整えてるとこ見たことあるもん。
それなのに、このデブはぶよぶよと太ってて気持ち悪い。
「お前たち二人だけか?」
甲高い痩せ細った方が言った。こういう場合は正直に答えた方が良いのだろうか。リョウカさんの方をちらりと見たけど、一度だけ頷いた。正直に言った方が良いのだろう。だから、私は二度頷いた。
「おい」
甲高痩せ細が、デブを顎で使う。
デブは、おじさんの武器を手に持ち、ドアの前で構える。真っ先に入って来たのは、クギョウくんだった。デブの攻撃で、クギョウくんは吹っ飛んだ。
「おい、ゾンビじゃねーか」
デブが言うと、なにか黒い影が現れた。
おじさんだった。颯爽と現れ、デブの顔面にパンチを食らわせた。デブの歯が折れ、血が飛び散った。それを見たリョウカさんも、甲高痩せ細の顎に頭突きをかませて、なんとか逃げようとした。でも、甲高痩せ細は、ターゲットを私に変えて、背後へと回られた。
「動くなよ。なかなかいい腕だ」
私の頬に、ナイフを突きつけてくる。冷たい感触が、とっても怖かった。
おじさんは武器を捨て、両手を上にあげた。
「おい、岡田。起きろ、起きやがれ」
甲高痩せ細がデブに命令した。デブの苗字は岡田みたい。
あれ、この二人の顔、どこかで見たことがあるような……。
デブは、血をたらたら流しながら立ち上がると、おじさんを殴り飛ばした。私が捕まったせいでおじさんが……。
デブこと岡田が、蹲るおじさんを何度も何度も蹴った。うす気味悪い笑みを浮かべてるよ。リョウカさんが、すきを見計らって、おじさんを助けようとするけど、甲高痩せ細が、銃を向ける。
「お前は、車を運転しろ」
リョウカさんに命じる。
「おい、そこまでにして、その禿は放り投げてゾンビのえさにでもしとけ」
「ふへっへっへ。ざまあ見やがれ」
岡田が、おじさんを車から放り出すと、とどめと言わんばかりに、唾を吐きかけた。本当に汚いこのデブ。絶対に許さない。
リョウカさんは、車を進めた。
おじさんとクギョウくんが。どうしよう、私のせいで。動揺している私に、リンが頭の中に話しかけてきた。
(おいナナセ。いいか、聞こえてたら頭の中で返事しろ)
(え?)
(そうだ。それでいい。声は出せないだろうが、俺さまとお前は一心同体。頭の中だけで会話ができる。便利だろ?)
(う、うん)
(よく聞け。俺さまが動けるまで、あと十四、五分ほどだ。手に百円玉握りしめておけ)
(わかった)
そうだ、私にはリンがいる。リンが何とかしてくれるはずだ。でも、両手を背後で縛られてるから、どうにかリンを背後に回さないとと思っていた。
「八木ちゃん、どこいくんだい?」
岡田が訊いた。甲高痩せ細の名前は八木というようだ。
岡田に八木……ハッ。思い出した。この二人、死刑囚だ。岡田は無差別殺人事件を起こし、八木は国会を狙ったテロを引き起こしたっていう……。そうだよ、何回もニュースで見たもん。その時も、気持ち悪いなーって思ってたの思い出したよ。
最悪の犯罪者じゃん。なんでさっさと死刑執行してなかったのよ。ってか、なんでここにいるの。もしかして、混乱に乗じて逃げ出したの? そんなこと聞いてないよ。確か、関東の地下牢に囚人たちは収容されてたよね。なんでこいつらはゾンビにならないんだよ。
もう、ゾンビってホント使えない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます