変わったゾンビたち

 リョウカさんは、私たちと共に行動しようと思ったのは、私たちがニュートーキョーを目指しているからだと言った。ってことは、リョウカさんもニュートーキョーへ行くみたいだ。

 そもそもニュートーキョーとはどのような場所なのかと言うと、かつて東京、神奈川、千葉、埼玉と呼ばれていたところが合併してニュートーキョーと呼ばれるようになったの。

 全国から若者がニュートーキョーを目指すため、日本の人口のおよそ半分をニュートーキョーが占めていた。もちろん、日本からだけでなく、世界からもたくさんの人がやって来てたみたいだけど、能力テストで不合格なら強制的に帰されてたんだって。

 私も高校を卒業したら、ニュートーキョーの大学へ進学するつもりだったんだ。結構勉強もできてたし、先生からもお墨付きをもらえてたから楽しみにしてたの。でも、その願いは叶うことなく、ゾンビの世界へと変貌しちゃったけどね……。

 リョウカさんは、ずっとニュートーキョーに住んでいたみたい。ゾンビ騒動が起きた時は、沖縄旅行を満喫してたんだって。帰りたいけど帰れない状態で半年が過ぎ、ようやく九州行きのフェリーに乗れたそうだ。しかし、九州もすでにゾンビが蔓延しており、バイクで逃げながらニュートーキョーを目指していたところ、ヨシオくんたちと出会い、そのすぐ後に私たちと出会ったのだ。

 私が、両親を探しに行っていると教えると、生きて会える可能性はゼロに近いと思うと、はっきりと正直に言ってくれた。私も両親が生きている可能性は低いと思うけど、リンに背中を押されて半ば強引に旅に出てしまった。もちろん、リンパワーがあるからだけどね。なかったら、ゾンビになるのをただ待つだけだったと思うし。だったら、なにもない田舎でびくびくしながら暮らすより、リンの力を頼って、ゾンビを倒しながらニュートーキョーを目指した方がいいと思ったの。ここまで旅をしてきて、田舎を出る決断をしてよかったと思ったよ。

 道中、様々なゾンビと出くわした。ずっとただ走って追いかけてくるだけのゾンビだけだと思っていたけど、都会に近づくにつれて、変なゾンビもたくさんいた。

 一年もすれば、変異でもするのだろうか。

 大体は、ゆっくり闊歩していて、ターゲット、すなわち生きた人間を見つけると、ものすごい速さで走ってくるようなゾンビがほとんどだったけどね。見た目が完全にお年寄りでも、ゾンビになれば関係ないんだね。杖を突きながら、腰が直角に曲がった老婆ゾンビに追いかけられた時は、怖さと、可哀想が入り混じって変な感覚が芽生えちゃった。

 あとは、ずっと壁に向かって歩き続けてるゾンビも結構見たなー。なんなんだろあれ。

 私たちが乗る車の後ろを、蛇行しながら追いかけてくる車があった。さらに、もう少しでぶつかりそうなほどまで車間距離を縮めて来た。おじさんが、煽られてるなーなんて、呑気に笑っている。そう言えば、歴史の教科書に、はるか昔には煽り運転が流行してたんだった。

 おじさんは、煽り運転なんて相手にせず、ゆっくりと路肩に車を停め、手でさっさと行けと合図をだした。しかし、煽り運転する車が、私たちの車の前で停車させると、中から人ではなくゾンビが出て来た。

 煽り運転ゾンビは、タバコを咥えており、なにか怒鳴りながらこちらへとやって来ている。

「リン、あれゾンビだよね?」

「ああそうだぜ。真っ黒だ」

「おじさんゾンビだって」

「おう、じゃあひき殺してやるか」

 そう言って、おじさんはアクセルを全開にして、ゾンビを川まで吹っ飛ばした。またほかのゾンビに追いかけられると難儀だと言って、車のキーを外して、これまた川へと放り投げてから先を進んだ。

 暴走族の時もそうだけど、この時代のゾンビたちは、過去を生きているのだろうか……。

 あ、暴走族は人だったっけ。アハハ……。

 夜、休憩するため、ゾンビが出なさそうな山道を走っていた。すると、ひと際明るい広場があった。恐らく以前は駐車場だったみたいで、そこでは、稲妻がびりびりと走っていた。今夜は星が出ているほど天気が良いのに、雷が発生しているのはおかしかった。

「あれは、放電ゾンビだな」

 おじさんが言った。

「あれがそうなんだ。私もはじめて見るわ」

 リョウカさんも、興味津々に外を眺めている。

 どうやら、放電ゾンビは噂となっているようだ。ゆく先々で、ゾンビについての情報が入って来たそうで、放電ゾンビは、感電したり雷に打たれた人間がそのままゾンビになることを言うんだって。放電ゾンビになると、止めることができずに、ずっと放電したまま歩いているそうだ。普通のゾンビ以上に危険なため、車は近寄らないよう遠くから見守っていた。

 よく見てみると、放電ゾンビの周りには普通のゾンビがいた。彼らは、放電ゾンビを獲物だと勘違いしたのか、一斉に飛び掛かっていた。十体はいたであろうゾンビが、一瞬にして真っ黒こげとなった。そんな中、一体だけが発火した状態のまま動きつづけていた。

 新たな発火ゾンビが誕生した瞬間を目の当たりにした。

 おじさんもリョウカさんも顔をしかめるのは、猛毒ゾンビだった。とある研究所があったところを通った時、ゾンビの死体がたくさん転がっていた。ゾンビではなく人間もいたかもしれないね。たくさんの人間、動物たちの死骸があり、植物までもが枯れ果てていた。リンは私に見るなって言うけど、すでに見ちゃったよー。だけど、ゾンビだって思うとなぜだか平気なんだ。

「いいか、絶対に降りちゃダメだぞ。ネコ娘、カギはちゃんとかかってるな? 窓も絶対に開けるんじゃないぞ。ほんの隙間すらあったらだめだ。一応これを被ってろ」

 いつになく真剣な表情のおじさん。

「戸締りは大丈夫よ。あなたのその焦りよう、噂の?」

「間違いない。猛毒ゾンビの仕業だ。念のため、ガスマスクをしておくんだ」

 人数分のガスマスクを手渡してきたおじさん。リンは毒ぐらいじゃ、つまみにもなりゃしないそうなので必要ないと言ったけど、一応透明な容器に入れてあげた。

 猛毒ゾンビとは、有毒ガスを吐き出すゾンビの事を呼ぶのだそうだ。とにかく近よれば最後、そのあたり一帯にいる生物はみなすぐに死滅してしまう、猛毒のガスを吐き出すゾンビのことだ。一説には、ヘビ、フグ、クモ、クラゲ、キノコなどといった、猛毒を持つ生物の毒を、クドウという博士が混ぜ合わせゾンビにかけた所、ほとんどのゾンビたちが死に絶えた。ゾンビなのに苦しむさまを見て、クドウ博士は大喜び。ところが、祝杯のために用意したワインと、毒の色が同じだったため、酔っ払ったクドウ博士は、誤って毒の方を飲んでしまった。結果、体内を毒が回り、体が膨れ上がり、もがき苦しんでいるところへゾンビがやって来て、博士を噛んだ。ゾンビはのたうち回りながら死んでいき、博士はゾンビとなった。体には至るところに穴が開いており、そこから毒ガスが漏れ出ているそうだ。そして現在も、猛毒ゾンビとしてゾンビたちを殺しまわっているそうだ。

「いた、あれだ」

 ゆらゆらと、変な踊りをしながら歩いている、この世のものとは思えないほど巨大な生物がいた。あれが、猛毒ゾンビ。毒々しい霧を辺りにまき散らしている。見ただけで、気持ちが悪くなりそうだよ。

「掴まってろ」

 おじさんが、アクセルを全開にした。なにをするのかな……もしかして……。

 パーンとなにかがはじける音がした。おじさんは、クドウ博士猛毒ゾンビを轢いたのだ。紫の血なのか毒なのかよくわからないのが、フロントガラスにこびりついていた。その直後、夏の夕立が辺りを襲う。いいタイミングだった。雨によって、毒が地面へと流れてしまったけど、きっと自然の方が毒に打ち勝ってくれると思う。おじさんのおかげで、自然を破壊する猛毒ゾンビはこの世から消え去った。

 ほかにも、マラソンゾンビがいた。マラソンのユニフォームを着ていて、名前も書かれてある。たぶん、マラソン大会中にゾンビに襲われたのだろう。ゾンビになれば、無限の体力があるから、どこからやって来たのかはわからない。ゴールのないレースをこのゾンビは行なっていた。

「頑張れー」

 私は窓を開け、思わず応援してしまった。

 ゾンビのスピードが若干上がったように思えた。

 マッスルゾンビもいた。ゾンビとなっても、筋トレを欠かさないのだ。トレーニングジムがやたら賑やかだから近寄ってみると、数体のゾンビたちが、筋トレを行なっていた。

 どれだけの重さを持ち上げられるか競っていたりした。

 ゾンビらしい呻き声をあげながら、バーベルを持ち上げている。でも、腐った腕や足が重さに耐えられなくなり、千切れてしまうゾンビが続出していた。力の入れすぎで、目玉が落ちてころころと転がっているゾンビもいた。目玉を追いかけるも、距離感がつかめず、プチンという音が聞こえた。誤って踏んづけてしまったようだ。それなのに、そのゾンビは踏んづけたことに気がついていないのか、目玉と同じくらいのサイズの石を拾って目に装着していた。

 マラソンゾンビにしてもマッスルゾンビにしても、私たちには目もくれずに、自分たちの趣味に没頭していた。そんなゾンビたちは、あまり人を襲わないのかもしれない。じゃあ、襲ってくるゾンビってなんだろう。

「結局のところ、昔と同じなんだよ。争うのが好きな人間、ケンカが好きな人間、殺し合いが好きな人間、そんなやつらがゾンビになって、人を襲ってるんじゃねーかな。あとは、実生活ではおとなしく、小心者だけど、相手が自分よりはるかに弱い者たちだとわかれば、途端に強気になったり元気になる人たちが多いってこととかな。他者を攻撃することで、満足する。そんなやつらがゾンビになったことで、無敵になったって感じだろ。知らねーけどな」

 リンはいつも余計な一言を付け加える。


 

 



 



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