第611話 初心者パーティーの拠点完成様
「わはーリーダーいたー! 定期報告に来たのー」
とても天気の良い午前十時頃、宿ジゼリィ=アゼリィのいつもの席で優雅に紅茶と本日のデザートセットを頂いていたら、元気な声が俺をロックオン。
「やぁリーダー。おや、これは美味しそうな甘いものだ。俺も同じものを注文しようかな」
「うーん、やっぱジゼリィ=アゼリィは別格だねぇ。この香り、見た目……ああ、乙女心が揺らいじゃうよ」
最初の元気な声の女性、誰かと思ったら初心者パーティーを組んでいる魔法使いのエリミナルか。彼女が空いていた右の席に座りニコニコと俺を見てくる。
続いて現れた剣士の男性クロスが俺の正面、盗賊の女性ルスレイが左隣りに座ってきたが……定期報告?
ってルスレイさん、俺の食べかけの本日のデザート「やわらかパンケーキのオレンジソースがけ」を普通にナイフとフォークで切り分けているんですが。
「おっいしー! ここのシェフって天才! これを知ったら王都なんてもう行けないなー。あ、リーダーのパンケーキ食べちゃった。別にいいよね、同じパーティーなんだしー」
ルスレイがニヤニヤと俺を見てくるが、このパーティーの物は俺の物系の思考……土管が置いてある空き地の彼系女子なのか。
王都にもジゼリィ=アゼリィの支店があって、ルスレイはそこに通い詰めていたらしいが、こっちの本店の味のほうがルスレイの好みだったのかね。
その王都のカフェのシェフを任せたぱっと見、格闘家体型のシュレドは大丈夫かなぁ。また王都に行って様子を見に行きたいな。定期報告で書類上では大丈夫そうだが、実際に会いたいものだ。
「うはールスレイってだいたーん。じゃあ私もリーダーのパンケーキいただいちゃおう……」
「ちょ、ちょっと待て! 確か最初に定期報告とか言っていたろ。さ、先に用事を済ましてから美味しいデザートタイムにしようぜ。セレサ! 俺と同じの3つ!」
魔法使いエリミナルまでもが俺のパンケーキをヨダレたらしながらロックオン、くそ……これ以上うまパンケーキを食べられてたまるか……! 俺は慌ててエリミナルのおでこを鷲掴みし止め、近くにいた正社員五人娘のセレサに注文をする。
つか男の俺の食べかけを普通に食おうとするなよ。
冒険者ってクエストによっては長期間に及び、いつ食べられるか分からなかったりするときもあるから、男女の間接なんたら系は気にならないのかね。
「……それで、定期報告ってのは?」
三人分のパンケーキと紅茶も揃い、皆落ち着いたっぽいので聞いてみる。
彼等とは初心者としてパーティーを組み、一応まだパーティーは継続している。なんだか俺がリーダーで定着しているが、まぁいいか。
「うん、報告ー。実は私たちあれからいっぱい話し合ってーあ、そうだリーダー見てこれ! 頑張って並んだんだよ」
魔法使いエリミナルがもっしもしパンケーキを食いながら話し、途中で何か思い出したように懐から薄い本を出してくる。
「話し合ってどうなったんだっ……て、これ冒険者センターが無料で配ったお試しガイドブックじゃん。よく手に入ったなぁ」
彼女が自慢気に見せてきたのは、こないだ冒険者センターがお試しで作った、ラビコが表紙の小冊子。
「そう、前日の朝から交代で並んで手に入れたんだ。我らがリーダー発案だっていうし、これは手に入れねばって。しかもラビコ様が表紙だしさ」
剣士クロスも冊子を出し見せてくる。
ぜ、前日から並んだのか……。そういや無料冊子を配る当日は冒険者センターに行列が出来ていて、先頭の集団は前日から並んでいたとか聞いたが、こいつらだったのか。
「美しいよねぇラビコ様……まさか私等みたいな駆け出し初心者が、伝説の英雄ルナリアの勇者パーティーのラビコ様ご本人にお会いできるとは……これもリーダーのおかげかなぁ、あははは」
盗賊ルスレイも本を出し眺め、俺の左腕に絡みついてくる。う、お、お胸様が……
「もっといっぱい欲しかったんだけど、一人一冊って言われてー、超残念。ああ、憧れのラビコ様……またお会いしたいですー」
魔法使いエリミナルがうっとり顔で本に頬ずりをし、俺の右腕に絡んでくる。ホオ……右からもやわみが……
「あ、それでねリーダー、私たちね、お店を買ったの」
左右からの柔みで頭がどっかに行きかけていたら、エリミナルが笑顔でソルートンの地図を見せてきた。
お店? 買った? はて。
「ここにね、古くて営業していないお店があったから交渉して皆で買ったんだ」
地図の指された場所を見ると、ソルートン港の側にある安めの商店街、そこの端っこあたりにある場所。確かにあの商店街には営業しているんだかしていないんだか分からないお店が結構あったな。
「買ったって……お店ごと買ったってことなのか……?」
「そうそう! ほら、リーダーのお陰で手に入れた軍資金があったからさ、みんなで話し合って使い道を決めたんだ。私たちはこのソルートンから冒険を始めて世界を巡る予定だったんだけど、もうソルートンでいいじゃない住みやすいし、ってことになって、ここにパーティーの拠点としてのお店を買ったのさ」
俺の質問に盗賊ルスレイが答えてくれたが、パーティーの拠点?
「俺は借金返してからになったから出せたお金は少ないんだけど、それでもみんなでソルートンを拠点に頑張ろうって決まったんだ」
剣士クロスが何やら紙を見せてくる……ってこれ借金返済完了の書類かよ。値段は……興味あるが見ないでおこう。プ、プライバシー。
「私の夢が、何十年後かに小さくてもいいからいつかお店を持ちたかった、なんだけど、リーダーお陰ですぐに叶っちゃってさーあははは! みんなで出し合ったお金だから正式には私のお店ではなくてパーティーのお店なんだけど、それでも私嬉しくて……」
盗賊ルスレイが笑い、最後はちょっと涙を浮かべ、恥ずかしそうに俺に寄りかかってくる。
パーティーの拠点としてのお店か、なるほど。確かにロックベアキングの報酬と冒険者センターの初心者応援プロジェクトのランキング報酬、それを三人分合わせたら結構な額になるもんな。
「お店かぁ、それいいな。でもルナリアの勇者に習ってソルートンから世界に出るってのも夢じゃなかったのか?」
「それはもういいのー。だって世界に出たらソルートン在住のリーダーに会えなくなるしー。出たくなったら旅行で充分! だって冒険者センターからもらった『ペルセフォス王都までの魔晶列車往復無料券』があるしー。わはー、まだ大事に取ってあるんだー」
魔法使いエリミナルがチケットらしき物を見せてくる。そういやランキング報酬のおまけで無料チケット系も貰っていたな。
「行こうリーダー! 業者さんにリフォームしてもらって結構綺麗になったんだよ! 私たちパーティーの拠点、リーダーであるあんたが来ないと完成しないんだからさ!」
「え、ちょ、今から……」
ソルートン港の側にある安めの商店が並ぶ場所。そこの端っこにある白くて小綺麗な外観の二階建てのお店に到着。宿ジゼリィ=アゼリィから歩いて二十分強といったところか。
「へぇ、古いお店を買ったって言うから外観やべぇのかと思ったら、すっげぇオシャレなお店じゃないか」
建て替えたわけではなく、古いお店を生かしたリフォームなのでところどころ目を瞑るとして、それでも白い外観の若者が好きそうなオシャレ雑貨屋って感じでまとまっている。
かなり良いのでは。
「俺たちも手伝って、内装とかも頑張ったんだぜ。二階に三部屋あって、今はここで暮らしているんだ」
剣士クロスが二階を指し言う。
そうか、ここにもう住んでいるのか。
「……はい、じゃあついに我らがリーダーがご来店ってことで……私たちのパーティーの拠点『夕日の雑貨屋』完成ー、あははは!」
「わはー、やっと完成だー! うっれしー!」
盗賊ルスレイと魔法使いエリミナルに両手を引っ張られお店に入ると、二人が楽しそうに笑い抱き合う。
夕日の雑貨屋? そういや外に看板があったな。
「ああ、勝手だったんだけど、パーティーの名前を決めさせてもらったよ。ここって夕日がすっごい綺麗でさ、それをパーティー名と店名にしたんだ。それにリーダーである君の着ている服と同じ色だし、これが一番だろうってみんなで即決さ」
剣士クロスが俺のオレンジジャージを指し言うが、まぁ俺のジャージの色はあれとして、『夕日の雑貨屋』ってパーティー名とお店の名前は素敵じゃないか。
「へぇ、一階の半分は居間とかキッチンになっているのか。古い割に結構広いじゃねぇか」
一階のお店のカウンター裏が居間になっていて、なんだか日本で子供の頃通っていた駄菓子屋を思い出す。いいな、こういうの。
「そう、この広さが決め手だったんだよね。商品はまだまだこれからなんだけど、アクセサリーとか、エリミナルの実家から野菜送ってもらって販売しようとか思っているんだ」
ルスレイが自作っぽいアクセサリーを見せてくれる。
おお、ガラスとか上手く使っておしゃれっぽい。
そういや魔法使いエリミナルの実家は農園とかなんだっけ。
「そうなんだー、もーそういうこと考えるの楽しくてー。リーダーも一緒にやろうよー」
エリミナルが楽しそうに俺の腕に絡んでくる。
そうだな、商売をやるっていうのなら、宿ジゼリィ=アゼリィもお手伝いが出来るぞ。コラボでなんかやってもいいし。それこそ世界的商売人であるアンリーナに相談すれば色々出来ると思う。
ふむ、彼等には頑張ってもらいたいし、今後何か出来ないか考えてみようか。
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