第604話 俺の魔法には名前と実力と保証人と運営資金とマークが必要様




「ではまず名前から決めようか」



 宿ジゼリィ=アゼリィで朝食をいただいた後、クラリオさんが紙とペン片手に言う。



 

「な、名前……ですか? えっと、何のでしょうか」


 クラリオさんの問いに俺が驚く。


 名前? それ、俺が魔法を使えるようになることと何の関係があるのだろうか。


「個人名でも問題ないが、基本集団になるだろうからグループっぽい名前……あ、ああ、えーっと……ほら、君が使いたい魔法、その名前さ。最初に名前が決まっていると、魔法の方向性がブレずにイメージしやすいだろう?」


 基本集団? グループっぽい名前……?


 クラリオさん途中から焦ったように言葉をまくし立ててきたが、なるほど、言われたら最初に使いたい魔法の名前を決めるってのは合っている気がするぞ。


 火系を使いたければメラなんたら……とか? 


 うん、名前からイメージ出来る魔法の形が確かにある。


 そういう意味か、さすが千年近い冒険者の戦闘データを所有しているクラリオさんだ、アプローチの仕方が具体的で、適当放任だった水着魔女ラビコとは大違いだ。



「ただし、被りネームは使えないことになっている。あとは有名な名前に酷似しているのも基本アウトだ。トラブルを避けるため、君だけのオリジナルの名前にしてくれ」


 被りと似たものはダメ、と。


 つまりメラなんたら~はアウトか。まぁそうだよな、大企業様に訴えられかねないしな。


 つかこっちの異世界にあの会社ないよな? ならいいのでは……いやいや、余計な火種はやめよう。


 俺が使ってみたい魔法か……そうだな、やはりラビコの雷魔法とか格好いいよなぁ。


 とあるゲームでは勇者だけが使える神聖な一撃、だったりするし、やはり異世界にきた英雄である俺に似合うのは雷魔法なんじゃ。


 雷……青、青い稲妻……うんいいぞ、超格好いい。これだな。


「ブルーサンダー……とか」


「ブルーサンダー、か。えーっとどうだったかな……」


 俺が使ってみたい魔法名を呟くと、クラリオさんがカバンから分厚い本を取り出しペラペラとめくっていく。


 なんだろうあの本。もしかしてこの世の全ての魔法名が書かれた名鑑だったりするのかな。


 それすっげぇ欲しい……お菓子食いながらぼーっと眺めていたい。


「ああ、あるな、二百年前にAランク『ブルーサンダーズ』がある。見間違いがありそうだからダメだな」


 クラリオさんが魔法名鑑らしき本をめくる手を止め、残念そうな顔をする。


 に、二百年前? Aランク?


 魔法にランクとかあるのか? ラビコからそんな話聞いたことないが……


 まぁなんにせよ、二百年前に俺と同じ魂の持ち主がいたってことか。



「被りと似たような名前はダメとなると、結構選択肢狭くないですかね」


 確か魔法発祥って八百年前だろ? その間に生み出された名前がダメとなると、文字数少なめ系と『ファイヤー』『サンダー』とかの有名所はほぼ無理だろ。


「いや、それがそうでもなくてな……と、言葉足らずだったな、すまない。現役稼働さえしていなければ被りとか大丈夫なんだ。解散済みとかな。でもまぁトラブルを避けるためにもやめたほうが賢明だと思うが。ああ、あとランクがA以上のものは例え何百年前のものだろうがダメだな」


 現役稼働? 解散済み……? 魔法って解散とかするのか?


 えーと、とりあえず『ブルーサンダー』は過去にAランク『ブルーサンダーズ』という魔法があったからダメと。


~ズって複数形だよな。範囲魔法だったのかな。



「うーん、悩むなぁ。俺の夢のまほ……」


「あ、そろそろラビコが来る……えーと、名前はあとでもいいだろう。よし行くぞ少年、さくさく必要クエストをクリアしていこうじゃないか」


 俺の一世一代の魔法だ、しっかり名前を決めて……と熟考モードに入ろうとしたら、クラリオさんが食堂にある時計を見て焦ったように立ち上がる。


 クエスト? 


 ああそうか、実践で教えてくれるってことか。


 さすが世界中の冒険者センターを束ねる大物クラリオさんだ、手際が良い。






「そうだな、まずは君の実力だが……ケルベロス地下迷宮で君は迷宮の主であるケルベロス本人を叩きのめしたからな、問題なし、むしろ過剰、と」


 港街ソルートンの中心部付近にある冒険者センター、そこの食堂で美味しくはない紅茶をいただく。


 ……クエストだと言うから付いてきたが、なんで冒険者センターでお茶してんだ。


 ああ、まずはクエストの受注が必要なのか。


「あれはすごかったなぁ……まさに勇者、私のピンチに颯爽と現れ危なげなく敵を排除、そして私に勇者の笑みを向けて……紅茶美味しくないな」


 クラリオさんが何かの書類に書き込む手を止め、妄想にふけるが、冒険者センター食堂が秒で用意してくれた紅茶を一口含み冷静な一言。


 冒険者センターのトップであるあなたがそれを言うのは……まぁさっきまで宿ジゼリィ=アゼリィの超美味しい紅茶を頂いていたからな、比較するとそういう感想は出る。


 あと俺、勇者の笑みをクラリオさんに向けた記憶はないですが。


「次は保証人だが、これは私がなっておこう」


 保証人? 魔法を使うのに保証人?


「運営資金は……まぁ大丈夫だろう。確か君はレースで当てた賞金があるのだろうし、最悪ラビコがどうにかするだろう」


 運営……資金? ん? んん?


「最後にマークだな。よく旗とかを作るところが多いんだ。あ、グッズを作って販売したっていいんだぞ。君の飼っているベスという犬、あれは可愛いよなぁ。犬のマークとかどうだい?」


 マーク? グッズ販売? 


 魔法のマーク……魔法のグッズ販売……おかしいぞ、さっきから何かおかしい。俺とクラリオさんの会話が全く噛み合っていないような。


 しかしベスを褒めてくれたから……OKだ。



「な~にがグッズを作ってもいいんだよ、だ。てめぇこれギルド新設の申請書じゃねぇか! ま~たうちの社長を何かに利用しようとしてんな?」



 クラリオさんが渡してくれた紙に愛犬ベスの可愛い顔をウキウキで描いていたら、背後から紫に光るものが近付いてきて紙を取り上げられる。


 ちょ、何すんだよ、もう少しで俺の愛犬の可愛いマークが……ってラビコじゃん。しかもすげぇ怒ってる。



 ギルド? 違うぞラビコ、俺はクラリオさんに魔法を教えてもらっていたんだ。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る