第561話 器用な爪使いアインエッセリオさんと共存への第一歩様




「ではここに洗い終わった食器が置かれているので、乾いたタオルで水分を拭き取っていって下さい」




 ジゼリィ=アゼリィ大宴会直後に現れた、火の種族の上位蒸気モンスターであるアインエッセリオさん。



 彼女は人間と敵対種族である蒸気モンスターではあるものの、小さなグループを作り『人間との共存』の道を歩もうとしているらしい。


 ……らしい、というのは、彼女がそう言っているだけで実際にどういう行動をしているか分からないから。


 銀の妖狐がアインエッセリオさんに対し「聞き心地の良い言葉だけならなんとでも言えるよ」と言っていたが、実際その通りで、彼女がそれらしい行動を取ったところを俺は見ていない。


 どうにも火の国デゼルケーノにある巨大な山、アオレオグランツと呼ばれる通称『火の山』を拠点に動いているようだが、詳細は不明。


 ……まぁこうしてわざわざ人間である俺のもとに二度も足を運び相談を持ちかけてきたのだから、それだけで充分『共存の道』を歩み始めているとも言えるが。


 人間との共存への第一歩として俺の信頼を得たいと正社員五人娘を引き合いに言ってきたので、彼女たちのお仕事である宴会の片付けを手伝ってもらうというのはどうでしょう、と提案してみた。




「ほっほ、わらわは十日前からずっとこの宿の中の動きを見ていた。こんなこと準備運動にもならんのぅ」


 アインエッセリオさんが眠そうな目でニヤと笑い、両手に装備している長い鉤爪を器用にワキワキ動かし残像の見える速度で濡れたお皿を拭きとっていく。


 す、すげぇ……。つかその鉤爪でなんでもやるのね、この人……。


 そして十日前って、俺たちがペルセフォス王都にいるときに宿に来ていてくれたのか。


 なんというか、申し訳ない。ほんと、携帯端末とかで連絡とれないのは不便。



「うわぁ、とても丁寧に拭き取ってあります。こういう溝の部分とか水分残りがちなんですけど、しっかり拭き取られています」


 俺の左隣りにいる宿の娘ロゼリィが拭き終わったお皿を一枚一枚手に取り確認し、感嘆の声を上げる。



 一応厨房の中には俺とパーティーメンバーのみんなに商売人アンリーナだけ残ってもらった。


 俺が銀の妖狐の島にさらわれた時、ラビコが俺と繋がりが深い宿のメンバーには事情を話しているみたいだから、宿のオーナー夫妻であられるローエンさんジゼリィさんは彼女の正体を知っているし、イケボ兄さんや正社員五人娘も多分……。


 危険は無いとは思うが、念の為俺たち以外は通路に出てもらっている。



「この後はそこの棚にしまうのだろ? わらわは王を探してあらゆる窓から中を見ていたから、厨房と呼ばれるこの部屋の動きも全て見ていた。ほっほ、これはここ、大きいのはここかのぅ、どうだ王よ、わらわに惚れたか?」


 長い鉤爪を上手く使い、アインエッセリオさんが次々とお皿などの食器を所定の場所へ置いていく。


 おお、まるで早送り動画を見ているようだ……。惚れる? 無駄のない動きに見惚れてしまうという意味では惚れましたが。


 正直に言うが、アインエッセリオさんは美人さんだぞ。ぜひお写真を一枚撮りたいレベル。



「俺はアインエッセリオさん側からの歩み寄りにはぜひ応じ、協力したいと思っている。……彼女には島に乗り込んできてくれ、助けてもらった恩もある。どうだろうラビコ」


「……はぁ~? なんで私に振るのさ……」


 今までの彼女の言動、俺は信じるに値すると思う。


 というか、蒸気モンスター側からの歩み寄りにはぜひとも協力したい。


 俺が目指す、世界・種族を越えた小さな箱庭。少しずつでいい、広げていきたいんだ。


 さっきからずっと頬を膨らませ、見るからに不満そうな顔をしている水着魔女ラビコに聞いてみる。


 ラビコにとって蒸気モンスターとは過去命をかけた戦いを繰り広げた敵、相容れず、なのだろうが、俺の考えをなんとか理解してもらえないだろうか……。


「…………すっっっっごい嫌だけど~……社長がそう言うんなら、まぁその……つかこんなこと出来るの世界で社長だけなんだから、思う存分やればいいじゃない。今まで誰もなし得なかった、話し合いでの共存を目指すとか、社長以外に誰が実現出来るんだっての……」


 プイっと顔をそらし、後半小声になりラビコが答えてくれた。


 良かった、てっきり大反対されるもんだとばかり。


「ありがとうラビコ」


「……うわっ、ちょ、何気安くラビコさんに抱きついてんだ! ……ってこれこそ社長しか出来ないんだってしっかり理解して欲しいんですけど~……」


 俺は嬉しさのあまり思わずラビコに抱きついてしまったが、怒られなくてよかった……。雷の直撃は覚悟はしていたし。


 雷って、怒られることの雷が落ちるって意味ではなく、ラビコの得意魔法のマジもんの雷な。



「……ほんと、あんたがいると、今までありえないことの連続だよ。いいよ、やりなよ。私はあんたの行動は間違っちゃいないと思う。どこかで誰かがやらなきゃ歴史は変わらない。その第一歩を踏み出そうとしている少年を、大人が応援しないでどうすんだ。私たちが武器を取り目指したのは、延々と続く血で血を洗うような戦いの世界じゃあない。子供たちが安心して暮らせる世界を、そう願い命を張ったんだ。いいよ、宿ジゼリィ=アゼリィはあんたに全面協力するよ」



 通路で様子を見ていた宿のオーナー夫妻であられるジゼリィさんが俺の肩を叩き、夫であるローエンさんもうんうん頷き俺の考えに賛同してくれた。


 これはとても心強い。


 たぶん、キレたらソルートンで誰も逆らえないランキング毎年一位、あの絶対に引かない女ラビコにすら真正面から言い争えるクラスの最強の味方を得たぞ。



 元勇者パーティーであるローエンさんとジゼリィさんは、当時小さかった娘であるロゼリィを置いてまで、強い想いのもと冒険に出かけた人たち。


 それは蒸気モンスター憎し、の一念だけではなく、子供たちに平和な世界を、の答え探しでもあったはず。



 ならば俺は提示したい、共存という道が残されているのだと言うことを。




 ……つかすでにアプティさんっていう蒸気モンスター、しかもあの銀の妖狐の妹さんが無表情にずっと住み着いているんですけどね……。














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