第559話 ジゼリィ=アゼリィ大宴会と女性来訪者様





「おかえりなさい隊長!」


「おかえりです隊長、みんな待ってたのです!」


「隊長の無事を確認……」


「お、兄貴だ! 相変わらずモテてんな!」


「モテるから英雄なのか、英雄だからモテるのか。次回、隊長の笑顔が最高にかわいいから、を乞うご期待」




 ソルートンの北側に新設されたソルートン駅。


 開業記念式典に参加するために来てくれたサーズ姫様御一行をお見送りし、時刻は十八時過ぎ。俺たちは駅前から馬車で我らがホーム、宿ジゼリィ=アゼリィに帰ってきた。


 冒険者の国ヘイムダルトに行き、帰りにペルセフォス王都に寄り二週間ほど滞在しての帰還なので、少し久しぶりだろうか。


 宿に入るとそこは大きな食堂になっているのだが、席が乗車率二百パーセント超えの満席状態。臨時で通路や外にまでテーブルを設置しているが、それでも足りず行列が出来ている。


 な、なにがあった……。



「隊長! やった……隊長だ! やっと頭を撫でてもらえる!」


「私も! 私もお願いしますです!」


 とんでもない混雑っぷりに驚いていたら、アルバイトから昇格し宿の正社員になった五人娘がお客さんそっちのけで俺に突撃してきた。


 冒頭の喋った順番で言うと、セレサ、オリーブ、アランス、ヘルブラ、フランカルという五人娘。とても仕事の出来る優秀な人材で、今やこの宿の主戦力で看板娘たち。


 お、おいお前ら、配膳と注文取りとあいたテーブルの片付けをだな……。


「英雄は何をしても許されるのです……というか、私たちの隊長に文句を言える人なんてこの街にはいません。……ごめんなさい、一分だけ、甘えたい」


「そうそう! 兄貴はすげぇんだからよ! これぐらいのモテっぷりは当然だろ!」


「あなたがいないと、私たちの戦力は半減。今、やっと全力を出せる布陣が出来た。そう、これは部隊、私たちはあなたを信頼し集まった隊員、そして中心にいるべき存在が隊長。さぁ指示を、隊長の一言があれば、私たちはこの食堂という戦場を自由に飛び回れる」


 正社員五人娘が四方から抱きついてきてグリグリと頭を擦り付けてくる。マーキングか何かなのか、それは。



「と、とりあえず、ただいま。みんな元気そうで良かったよ」


 全員の頭を撫で、押し付けられるお胸様等の柔みも少し堪能。ああ、最低だよ、俺は。オリーブさん、相変わらずロゼリィクラスの物をお持ちで……。



「全員整列! 今お店は大変混雑している、だが俺は何も心配していない。なぜならこのお店には君たちがいる。しかも五人全員が揃っている状況、もはや無敵の布陣! 行くぞ俺のかわいい隊員たちよ! セレサは打ち込みの速さで詰まっている会計の応援、オリーブは的確に汚れの種類を見分け手早くあいた席の片付け、アランスは視野の広さでお客さんの誘導、ヘルブラは素早いステップで配膳、フランカルは記憶力を生かした注文受け付け、いざ、お客様の笑顔のために!」


「はいっ!」

「はいなのです!」

「わかった……」

「任せろ兄貴!」

「三十人ぐらいまでなら紙にかかないでも行ける」


 俺の号令と同時に正社員五人娘が戦場へと散り、テキパキと成果を上げていく。


 うむ、さすがだ。彼女たちを正社員にして本当に良かった。



「さすがです師匠。瞬時に時間のロスになっているポイントを見分け、適材適所に人材を配置するとは。やはり師匠には商売人の血が流れているのですわね! それでこそ数日後に私の夫になる男!」


 商売人アンリーナが興奮気味に吼えるが、『数日後に』以降のセリフは無視でいいよね。



「おかえり、いやぁ無事でなにより」


「全員いるね。よし、あんたらの席は確保してある。今日は私がおごるから、好きなだけ食って飲んで疲れを癒やしな」


 この宿のオーナー夫妻であられるローエンさんジゼリィさんが娘であるロゼリィを抱き、俺たちを優しい目で見てくる。


 うーん、お昼の式典で腹抱えて爆笑しラビコとサーズ姫様のやり取りを見ていた人とは思えない優しい微笑み。



「うちの若旦那が帰ってきたお祝いだ、ここにいる全員一番安い酒を一杯飲んでいけ! さぁ配れ社員とアルバイトども!」


 ジゼリィさんが厨房に向かって叫ぶと奥からお酒と思われるグラスが多量に運ばれてきて、飲める人にはお酒、飲めない人には搾りたて果汁ジュースが各席に配られた。


 うへ、さすがの統率力。


 まぁジゼリィさんはこのお店の看板どころか店名になっている人だしな。



「ちぇ~よりによって一番安いお酒かよ~。こういうときぐらい高いお酒おごれっての~」


 これだけ混雑しているにも関わらず俺たちがいつも座っていた席は空けられていて、ジゼリィさんに先導され席へつく。


 水着魔女ラビコが超いらんことを言うが、それを聞いたジゼリィさんがテーブルに置いてある酒瓶を指す。


「あるよ。ラビコには我が娘ロゼリィの旦那になる男を守ってもらっているからね、少しぐらいおごってやるよ」


「お~? これケルシィのグインホークじゃないか~。って社長はロゼリィの旦那じゃなくて、私の夫なんですけど~!」


 ラビコが酒瓶を大事そうに抱え込みジゼリィさんを睨む。


 やめろラビコ、このお店でジゼリィさんに逆らっても良いこと一個もないぞ。


「いえラビコ、彼は最初から私の旦那様ですよ? 出会ったのも私のほうが先ですし、ふふ」


 宿の娘ロゼリィがにっこり笑い言うが、うーんロゼリィさん地の利を得たのか強気ですなぁ……。



「ニャッハハ! さっすがジゼリィ=アゼリィ本店! 料理の質が半端ねぇぜ! ペルセフォス王都のお店もウメェけど、あっちは王都仕様にオシャレになってっから、アタシにはこっちのボリューム満点ソルートン仕様の本店のほうが好きだな!」


 猫耳フードをかぶったクロがテーブルに運ばれてきた焼き立てお肉やらスープをかっこみ、満面笑顔で食い散らかし始める。


 あ、こらクロ、それ俺のお肉……。



「……やはりこの宿のほうが、紅茶が美味しいですマスター」


 バニー娘アプティが無表情で紅茶を飲み干し、二杯目を所望してくる。


 ふむ、アプティに紅茶を褒められるって相当すごいことだと思うぞ。さすがこの宿の神の料理人イケボ兄さん。


 王都のお店のシュレド厳選紅茶も俺には美味かったと思うけど。




 その後、元勇者パーティーのガトさんや農園のオーナーであるおじいさんが参戦し、宿ジゼリィ=アゼリィの笑いの絶えない宴会が続いた。



 ああ、ガトさんのお子さんである健康的に太陽に焼けた肌のイケメン、レセントさんや娘のシャムちゃん、さらには今では農園の社員にまで登りつめた男ハーメルも来てくれ、ああ、ソルートンに帰ってきたんだな、というのを実感。

 

 お前らどこの荒廃した世界の漫画から出てきたんだっていう見た目の世紀末覇者軍団は最初から席に座っていて、ラビコを褒めて褒めて乗せに乗せ、調子に乗ったラビコがちょっとエロいポーズを取るというご褒美を得ていた。


 ラビコもソルートンに帰ってきたっていう安心感なのかすごい笑顔。



 ……ま、それは俺もかな。



 混み合う食堂のいつもの席に座ってぼーっとみんなの顔を見ている、それだけで自然と笑みがこみ上げてくる。



「……マスター、楽しそう……パシャリ……」


 いきなり俺の目の前に現れたバニー娘アプティが、無表情にカメラを構えシャッターを切る。


 え、なんだ、なんで俺を撮るんだよアプティ。


 どうせ撮るんなら、お酒とか安心感で油断している水着魔女ラビコとかロゼリィとかクロとかアンリーナとか、正社員五人娘のエロい写真にしてくれよ。


「…………これは、いい写真……これを結婚の写真にする……」


 アプティが出てきた写真を無表情に眺め、満足気に言う。結婚の写真って何、は聞いちゃいけないワード?


「うわ、本当ですね。これはとてもいい写真です。これぞ、この優しげな微笑みこそ私たちが惚れた彼の本当の表情。よくこの一瞬を切り取れましたね、さすがアプティです」


 その写真を後ろから覗き込んできたロゼリィが驚いた顔をし、その写真を見て顔を赤らめる。


 は? やめろよ、俺が微笑している写真なんて誰が喜ぶんだ。


「欲しいですわ! お金ならいくらでも出します! ほら、だからよこしなさい無表情女!」


「ああ~? な~にをラビコさんがいないところで許可なしに盛り上がってんだ~? お~? これ最高じゃないか~ガード高い社長のかわいい笑顔なんてよく撮れたな~はいこれ私の~! あっはは~」


「待てよラビ姉ぇ! アタシもそれ欲しいってンの! キングのそういう写真、なかなか無いからよぉ、ニャッハハ!!」


 げっ、完全に酔ったラビコにお金の入った袋を振り回すアンリーナ、大股を広げ構え写真にとびかかってくるクロ……ってヤメロお前ら! 


 たまにはトラブル無しで終われないのかよ!







「……まいった……やっと宴会が収まってくれた……」


 俺の微笑写真は正社員五人娘も加わり奪い合いになり、最終的にはアプティさんがバニー衣装からこぼれ落ちそうな大きなお胸様の間に突っ込んで、残像の見える速度で逃げ回り終了。


 さすがにちょっと本気モードアプティの速度についていける人間はいねぇ……。



「ソルートンの夜空か、やっぱ見慣れた景色ってのはいいもんだな」


 夜二十三時過ぎ、宴会も終わり片付けが始まった宿を少し出て一人夜風に当たる。



「──王よ、待っていた」



 少しひんやりとした風が頬を撫で、甘い香りが俺の鼻をくすぐる。


 突然真横から聞こえた声に驚き見ると、そこには大きくごつい鉤爪を両手に装備した女性が立っていた。


 冒険者、いや違う、この雰囲気は人間じゃあない……蒸気モンスター……。














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