第531話 王都の冒険者センター本部とスプーンで削ろう宝石壁様




「聞け~クソ雑魚ざこ冒険者共~! 地下十階層にいた異常種蒸気モンスターはこのラビコ様が倒してきたぞ~あっはは~」



「おおおおおお! ラビコ様ー!」

「さすが元勇者パーティーのラビコ様だ!」




 ケルベロス地下迷宮入り口広場。


 集まっていた冒険者たちに向かい、水着魔女ラビコがよく通るいい声で言い放つ。



「そしてクソ雑魚共に朗報だ~! 地下十階層までのほぼ全てのモンスターは倒してある。つまり、今ならフリーパスで十階層まで探索し放題~! モンスターが復活するまでの時間、存分に日銭を稼いでこい! 換金できそうなアイテムをお前らのために残してきたラビコ様に感謝を忘れるなよ~? ホラ、一秒でも惜しいだろ、それ行けクソ雑魚冒険者共~あっはは~」


「うおおおおおおお! 行くぞ野郎ども!」

「採取、採取クエスト受けてこないと……!」

「情報屋には最高の状況! ありがとうございますラビコ様!」


 ラビコが合図がごとく紫の花火を何発も上空に打ち上げると、集まっていた冒険者たちが我先にとケルベロス地下迷宮に駆け込んでいった。



「……ま、こんなもんかね~。目先のお金稼ぎに振っとけば、ルナリアの勇者が入っていったことなんか忘れるでしょ~」


「……す、すまないラビコ」


 水着一丁のラビコが、ロングコートを頭からかぶり謝るクラリオさんの背中をポンポン叩く。



 地下十階層でケルベロスと対峙した後、クラリオさんからルナリアの勇者の噂の真相を聞いた。


 噂の勇者はやはり本人ではなく、元勇者パーティーメンバーだったクラリオさんの行動が間違った形で広まってしまい、それにクラリオさんも乗っかってしまった、というものだった。


 目的だった人物にも会え、ダンジョンに長居は無用なので俺たちは地上へ戻ってきた。




「冒険者センターに戻ったら、すぐ公式に今回のルナリアの勇者の噂もいつもの偽者でしたって流せよ~? 確認に時間がかかっていたとかなんとか言っとけばいいだろうし~」


「分かった、すぐに公式に情報を流す。…………はぁ、やはり私では皆に勇気を与える勇者にはなれなかったか……」


 しょんぼりと肩を落としている彼女が本名クラリオ=クラットさんと言い、あの冒険者センター創設者の子孫に当たる一族なんだと。今はお父さんが代表で、いずれクラリオさんに継がれるらしい。


 冒険者センターってどこの街にも必ずある民間施設で、その規模たるや世界レベル。


 おそらく世界で一番有名な民間企業なんじゃないのか。そしてそこの娘さんってことは、相当のお金持ちなんだろうなぁ。



「今回はすまなかった。間違って広まった噂を利用してしまい、軽率だったと反省している。お礼というほど豪華なものではないが、冒険者センター本部で昼食などどうだろうか」


 周囲に冒険者たちがいなくなり、クラリオさんがかぶっていたロングコートをラビコに返す。


 おお、なんとありがたいお誘い。冒険者の国ってどんな食べ物が有名なんだろうか、楽しみだなぁ。



 負傷者を先に地上に運んだクラリオさんのパーティー三人とも合流。重傷を負っていた男性二人は病院で数週間入院だそうだ。でも助かったようでなにより。





 魔晶列車に乗りケルベロスの街から王都ヘイムダルトへ戻る。



 駅でクラリオさんが豪華な馬車を呼んでくれ、それに乗り王都中心部へ。一台目にクラリオさんパーティー、二台目に俺たちが乗っている。


 巨大で分厚い壁を十枚越え、馬車は警備が厳重なお城ゾーンへ入っていく。



「なんか壁を越えれば越えるほど建物とかお店が高級な感じになっていくんだな」


 ぼーっと馬車の窓から外を見ていると、壁を越えお城に近付くほど身なりのいい人が増え、お高そうな建物が増えていく。


「まぁどこでもそんな感じでしょ~。お城に近いほど土地とか建物のお値段が上がるからね~。しかも中心に近ければ近いほど壁の枚数が増えるから、安全性も上がるしね~。その分も加味されてお高い区域になっているのさ~」


 ラビコが答えてくれたが、そりゃそうか。


 ここは蒸気モンスターがたまにダンジョンから漏れてくる、とか言うしな……。厳しい現実のお話だが、安全を手に入れるのもお金次第、か。


 本来なら馬車を止められ中を確認される場所でもクラリオさんの顔パスでスルー。



 王都ヘイムダルトのど真ん中、第一の壁のある区域の右側に豪華なお城が建っていて、そちらに向かうのかと思ったら左側にある長方形の巨大な建物のほうへ馬車が向く。


「右にあったのがヘイムダルト城だね~。一応王様がいるんだけど~この冒険者の国はちょっと特殊で~ヘイムダルトの冠を継ぐ王族より、クラットの名を受け継ぐ一族のほうが偉いんだよね~。今から向かう冒険者センター本部がお城の隣にあるのはそういう意味で~表向きはヘイムダルト王族がトップなんだけど、実際はお飾り的なもので、クラット家がほぼ全ての権力を握っているのさ~あっはは~」


 ラビコが説明をしてくれたが、王族よりクラット家のほうが上……つまりさっき出会ったクラリオ=クラットさんは実質このヘイムダルト王国のお姫様ってことになるのか?


「なんか複雑なんだな……普通は国の名を背負う王族のほうが権力あると思ってしまうが、ここは違うのか」


「ま~この国は成り立ちが特殊だからね~。詳しく知りたかったらクラリオに聞いてみな~」


 そういやヘイムダルトの港に着いたとき、この国が出来た経緯を聞いたな。


 地下迷宮派閥と天空の塔派閥で結構な争いが起き、それを収めるために私財を投入し二つのダンジョンの間に街を作って、冒険者センターの仕組みを作り上げた人物がいたんだっけ。


 その人がクラット家の人ってことなのか。




「うわ、豪華です……」


 大きな建物の前に馬車が止まり、クラリオさんが中へ案内をしてくれる。



 建物の外観も豪華な感じだったが、中もすごい。金銀宝石が柱や壁にデザイン的に使われていて、魔晶石ランプの光で照らされキラキラと輝いている。


 ロゼリィも声を失い驚いているが、一般庶民の俺なんかは財力のパワーに圧倒され呼吸が荒くなり、本物の宝石の輝きに目が焼かれ真っ直ぐ立っていられないほどだ。


 冒険者センターの本部って言うもんだから、街にある冒険者センターのちょっと大きめの古めかしいやつ、と思っていたのだが……全然真逆の想像を遥かに超えたオーバー・ザ・レインボー宝石御殿。



 ……壁に埋まっている小さめの宝石一個ぐらいならスプーンとかで削って持って帰っても気付かれないんじゃ……



「社長~そのスプーンどっから出したの~? 不自然に宝石がたくさん埋まっている壁に寄っていったけど~まさか昔の脱獄犯みたく壁を削ったりしないよね~?」


 水着魔女ラビコが俺の妙な動きに気付き、ニヤニヤと笑う。


 ま、まさかそんなことはしないですよ、演技です演技……。


 そういえばこの国に来る途中の森と泥の街ヒューリムスでご飯を食べたとき、アプティとクロ、ラビコ、ロゼリィ、女性陣の使ったスプーンをみんなに内緒でお店から買い取ったことを思い出してさ。


 あれもこの宝石に負けないぐらいの輝きを放つ良い思い出だったな、そうだ、ちょっとどっちが輝くか比べてみようって思って……その……。


「あれキング、このスプーンどっかの街で美味しくねぇキノコシチュー食べたときに使ったやつじゃねえ? なんでキングが持ってンだ?」


 猫耳フードのクロがとんでもねぇ記憶力でスプーンの出どころ言い当てる。


 どうしてちょっと、チラっと見ただけでそこまで詳しく分かるんだよ……! 


 なんの特徴もない、どこでも買えそうなデザインのスプーンだぞ、これ!



「おや、どうかしたのかな。ああ、壁の宝石のことか? いやすまない、オードリオ様は素晴らしいお方だったらしいが、こう……光る物がとても大好きだったらしく、ランプの光で輝く宝石が埋め込まれた壁という、妙なデザインの内装になったみたいで……」


 クラリオさんが壁際に集まって揉めている俺達に気付き、恥ずかしそうに笑う。


「いえ! とても素晴らしいデザインだと思いますよ! たぶんオードリオさんはどんなに長い月日が経とうとも、この宝石の輝きが子孫であるクラリオさんたちを照らし導いてくれる。そういう、自分の子供たちへの大きな愛や想いが込められているんだと僕は思います!」


 宝石泥棒未遂や女性陣が使ったスプーンをなぜ俺が持っているかを誤魔化すには、もうこの悪趣味壁を褒めるしか無い! 


「な、なるほど……考えの浅い私は、どうにも趣味の悪い壁だなぁ、と思っていたが……そうか、劣化のしにくい宝石をあえて埋めることで、千年近くも私たちが迷わぬよう照らし続けていてくれたのか……!」


 クラリオさんが俺のその場しのぎウソ由来に感動し、涙を流し始めた。


 ……アカン、この人信じやすい人や。



 そして子孫であるクラリオさんから見ても趣味の悪い壁、なのか。



 吹き抜けホールの真ん中に大きな胸像が飾ってあって、台座にオードリオ=クラットと刻まれている。渋い感じのおっさんだな。


 子孫であるクラリオさんを、我が身かわいさの秒の思いつきで騙してしまったことを謝っておこう……ごめんなさい。 


「おお、オードリオ様に頭まで下げてくれるのか……君は良い人なんだな。巨大狼をいとも簡単に撃破したり、桁違いの魔力を放つ女性をも一撃で粉砕出来る力を持ち、さらに心まで完璧な紳士……! 素晴らしい、やはり君こそ私の求める勇者……」


「ったく相変わらず騙されやすい性格してんな~クラリオ~。小さい宝石ぐらいなら持ってけないかな~って考えたうちの社長の見え透いた言い訳に、何を涙まで流しているのやら……」


 俺が一人胸像に近付き頭を下げたら、クラリオさんが妙な方向に俺を担ぎ始めたぞ。


 ちっ、しかしラビコには全てバレているな……。



 なんにせよ、無事ダンジョンから戻ってこれた。


 クラリオさんがお昼ごはんをおごってくれるって言うし、ありがたく豪華飯をいただこうじゃないか。














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