第526話 地下迷宮ケルベロス 5 救難信号と二つ頭狼様




「……マスター、大体蹴り飛ばしました……」


「助かるアプティ、地下十階層まで頑張ってくれ!」



 俺たちは急ぎダンジョンを走り、下層への階段を駆け下りる。




 ここは冒険者の国にあるケルベロス地下迷宮と言い、本来なら手強いモンスターの巣窟となっている場所。


 だが申し訳ないが、こちらにはアプティというとんでもない強さの無表情バニー娘がいてな。


 普通なら高レベル冒険者でパーティーを組み慎重に攻略をするのだろうが、うちのアプティなら自慢の脚力を生かした蹴りで大体のモンスターを消し飛ばしてくれるんだ。


 そのアプティの活躍のおかげで俺たちはほぼモンスターを見ることもなく、安全にダンジョンを移動出来ている。戦う力のない宿の娘ロゼリィも一緒にいるから、一度も戦闘なく進めるのはありがたい。


 それに今は至急地下十階層まで行かねばならないので、戦闘で時間をロスすることなく済むアプティの大活躍には感謝しかない。




「ラビコ、先に十階層に向かったっていう女性はルナリアの勇者の元パーティーメンバーだったんだよな。ってことはもの凄い火力を誇るルーインズウエポンを持っているんだろ? それなら蒸気モンスターぐらい倒せるんじゃないのか?」


 この世界で有名な冒険者、通称ルナリアの勇者。彼のパーティーメンバーは全員が圧倒的な力を出せる武具、ルーインズウエポン持ちらしい。


 その力で彼等は各地で蒸気モンスターを撃破。その実力と功績を讃えられ、世界中で英雄として名を馳せた。


 俺の隣を走る水着魔女ラビコはルーインズウエポンを持っていないが、彼女もルナリアの勇者の元パーティーメンバー。ラビコの放つ魔力は絶大で、ある程度の蒸気モンスターなら一撃で消し飛ばすことが出来る。


 元メンバーでルーインズウエポンを持つソルートンの宿のオーナー夫妻、ローエンさんジゼリィさんもベルメシャークや巨大エイ、魚人系の蒸気モンスターを簡単に倒せていた。


 なら同じく元ルナリアの勇者のパーティーメンバーだというその女性もルーインズウエポンを持っているのだろう。そしてある程度の蒸気モンスターなら簡単に倒せるのではないのか?



「ある程度、ならね~。でもここのケルベロス迷宮ってたま~に異常進化を遂げた強力な蒸気モンスターが現れるのさ~。ここをホームにしている冒険者ってのは結構強い奴がいて~地下十階層ぐらいにいる蒸気モンスターならパーティー組んで撃破してしまうんだよね~、だってお金稼がないと生きていけないから~。でもその命知らずな彼等がダンジョンに潜らず地上で待機している。ってことはもしかしたら、十階層にいる蒸気モンスターってその異常種なんじゃないかな~って」


 へぇ、ここの冒険者ってある程度の蒸気モンスターを倒せる力があるのか。そりゃあすごいな。


 そしてその命知らずの彼等がダンジョンに潜らず地上に待機。蒸気モンスターの異常種、か。おっかねぇなぁ……。


「そうだな~……その十階層ぐらいまでなら彼女単独で行けると思う。ただしその異常進化した蒸気モンスターは、無理。だってそれ、地下三十階層より先にいる蒸気モンスターの強さに相当すると思うから~。そして私たちはパーティーを組んで、地下三十階層が限界だった。彼女が今現在どんなパーティーを組んでいるか知らないけど~そのメンバーが最低でも私とクロ、この二人に近い能力がないと瞬殺されると思う」


 ラビコとクロに近い能力を持つ冒険者なんて、この世界にそうそういねぇだろ……。


 しかもそれを数人集めパーティーを組むなんて無理の上に無理。



 ラビコは世界に名を馳せる大魔法使い。水の国オーズレイクで出会ったラビコのお師匠、エルメイシア=マリゴールドさん曰く、大いなる者の力を借りて発動させるディスティネーションタイプの魔法使いではこの世界で一番を名乗ってもいいと言われるほど。


 クロは今現在ラビコほどの火力はないが、彼女は魔法の本場、魔法の国セレスティアの王族様。しかもセレスティアの血のなせる業と言われる柱魔法の使い手。


 その柱魔法は火の国にいた上位蒸気モンスター、千年幻ヴェルファントムの巨体から繰り出される攻撃を完全に受け止めることが出来た。


 セレスティア王族だけが使えるという柱魔法。これはこの世界に普及しているディスティネーションタイプの魔法とは違い、己の純粋魔力だけで組み上げ放つ、内在魔力のキャパシティがおっそろしく必要でコントロールが難しい至難の魔法。


 正直これを短時間とはいえ使えるクロは、いつかラビコをも超える魔法使いになると思う。


 そして最低でもこの二人に近いパーティーメンバーが必要? それ無理。この世界の強者をかき集めないと不可能なレベル。



 ……ああ、俺のパーティーにはそのラビコとクロの二人に加え、アプティという上位蒸気モンスター、さらには無敵の愛犬ベス様がいる。うーん、よく考えたら俺のパーティーってすごいよな。


 宿の娘ロゼリィは戦力は無いが、俺の心を保つには絶対に必要な癒やしの存在。




「瞬殺って……い、急ごう!」


 高レベル冒険者でパーティーを組んでいても、十五階層より先は生還率が二割を切るんだろ? なのにそれより遥か下の階層、ラビコ達ルナリアの勇者パーティーが挑み限界を感じた地下三十階層相当の蒸気モンスターが十階層にいるってヤバイだろ、それ。



 地下七階層、八階層……くそ、このダンジョン広すぎだろ、地下に降りる階段に辿り着くのですら時間がかかる。




 地下九階層。


 よし、ここの階層の階段さえ降りれば……



ボンボンボン! 



「な、なんだこの音!」


 あと一層で地下十階層、というところで、花火みたいな破裂音が遠くから聞こえてきた。



「さっき冒険者センターでもらったろ、キング。これが周囲に助けを求める救難信号の音さ。ニャハッハ、マジで急がないとまずそうだぞ」


 猫耳フードを揺らしながらクロが俺が背負っているリュックを指す。


 そういやもらったセットの中にそんな物があったな。



「……下から、十階層からの救難信号だね~。この音を聞いたら、普通の冒険者は上層に逃げる~が正解なんだよね~。社長、その……」


「行くぞラビコ。その人はお前の大事な仲間なんだろ。俺だってラビコ、ロゼリィ、アプティ、クロが危険な目にあっていたら絶対に助けに行く。仲間ってのはそういうもんだ」


 ラビコが少し不安そうに聞いてきたが、俺は優しく頭を撫で笑顔を見せる。



 確かダンジョンに潜る前にラビコが言っていたろ、このメンバーなら未踏破階層まで行けそうとか。


 それはつまり、ルナリアの勇者たちが引き返した地下三十階層以降も、このメンバーなら戦力的に行けると踏んでいるってことだろ。


 一度その三十階層まで実際に行ったラビコが言うんだ、体感とはいえ本当に行けるんだろう。


 この下、十階層にいる蒸気モンスターが異常種で、地下三十階層相当の強さだとしても、そこを突破出来る戦力があるとラビコが見立てる俺たちなら……大丈夫だろ。


 それにこっちには最終兵器犬ベスがいるし、まぁ、なんとかなんだろ。



「……あっはは~うん、色々あったけど~大事な仲間、なんだ。……ありがと、社長……みんなも」




 皆で頷き合い、最終確認。


 さぁ行くぜ地下十階層。





 ──石造りのしっかりとした階段を降り、辺りを見渡す。


 長い一本道の通路があり、その先が三つに別れている。真ん中の道の先から嫌な空気が漏れてきているな。




ギイイイン!


ォオオオン!



 剣戟にモンスターらしき唸り声。



「ここは三つの大部屋があって、大抵は巨大コウモリ系か巨大トカゲ系の蒸気モンスターがいて、得意なモンスターがいる部屋を選ぶんだけど~どうやらこの声は違うみたいね~」


 ラビコが説明をしてくれる。


 確かに冒険者センターで買った地図を見ると、この地下十階層は大きな部屋が三つあり、真ん中の大部屋にバツ印が書き込まれている。


 十刻みの階層のダンジョンの大部屋か。


 まぁ普通は階層ボスがいるだろうな。


「たま~に一個の部屋だけモンスターがいないタイミングもあるらしくて~運が良ければバトル無しで通過出来る美味しい場所らしいんだけどね~」


 なるほど、だが今の俺たちは十一階層に行くのが目的ではないからな。


 


「ロゼリィはアプティの後ろで待機、先頭は俺とベス、ラビコ、クロ。いくぞみんな!」


「キャベツセット~! 待ってろ爆破女~あっはは~」


「ニャハー、やっぱこういうときのキングって迷いなくてかっけぇよなぁ。いいぜぇ、ありったけの魔晶石使って銃撃ってやるぜぇ」


「……マスターの指示、です……私の後ろにいて下さい……」


「は、はい! ご、ごめんなさい……でもしっかり応援しますから!」


「ベッス!」


 ロゼリィはアプティに守ってもらえば大丈夫。あとは俺たちでなんとかすればいい。



 別に俺たちは戦闘目的で集まっているわけではないが、こういうとき、先頭を任せられる戦士さんとか盾さんが欲しいな。





 三つの分かれ道、迷わず真ん中を選び走る。



オオオオオオン──


オオオオオオン──



 大部屋に入ると、蒸気が空間を覆っていて視界が悪い。


 やはり蒸気モンスターがいるのは間違いないようだ。



 部屋中に響き渡る二つの不気味な遠吠え。


 見ると、部屋の真ん中辺りに蒸気モンスターがいる。かなりの大きさだぞ、大型トラック並の巨体動物系。


 鋭い眼光、裂けるほど大きく開いた口には鋭利な牙。太い四足に二つの尻尾。


 パッと見、狼なのだが……恐ろしいことに頭部が二つある。


 よく聞く地獄の番犬ケルベロスとかいうやつは三つ頭だったか。


 両方の口から蒸気を吹き出し、呼吸するかのように炎を吐き出している。



「サルファウルフ。地下三十階層付近によくいる、狼タイプの蒸気モンスターさ……一つ頭ならね。……こんな二つ頭なんて見たこともないけどね」


 ラビコが杖を構え睨む。


 見たこともない、か。ってことはこれがさっきラビコが言っていた異常進化した蒸気モンスターってやつだろうか。


 

 ざっと周囲を確認。


 大部屋にいる冒険者は壁際に倒れている男性が二人、それを介抱している女性二人。

 

 そして巨大な二つ頭狼に向かって大剣を構えている女性が一人と男性一人。


 男性のほうは肩で息をしている状況で、怪我もしているようだ。



オオオオオオオオン!



 巨大狼が吼え、男性に襲いかかる。


「う、うわあああああ!」


 男性は剣を構えるも、腰が完全に引けている。気持ちは分かる。あんな巨大な蒸気モンスターの狼に対峙し、正気でいられる人間はそうそういない。



「爆ぜ裂けろ……ブロウエンドラ!!」


 女性が叫び、男性の前に立ちはだかり大剣を振るう。


 巨大狼はそれを右前足で受け止めるが、その瞬間剣から魔力が解き放たれ爆発が起こる。


 驚いた狼は距離を取り後退。



 すごい、あの大剣ってもしかしてルーインズウエポンだろうか。込められている魔力が尋常じゃあない。



「ブロウエンドラ、通称爆破剣と言われるルーインズウエポンさ」



 ラビコが教えてくれたが……ってことはあの大剣持ちの女性がラビコの元お仲間さんなのか。














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