第444話 エデンからの脱出 4 本音と言いたくなかった言葉様




「ふふ、体には僕も自信があるんだ。温泉では僕の全てを見せたけど、改めて見るかい? 君のために鍛え上げたこの肉体美を」



 銀の妖狐が半裸で筋肉を見せつけるようにくねり、ウインク。




「さ~て、無駄話はこのへんでいいだろう。ほら、帰るぞ」



 俺は背筋にマッハで走る悪寒と身の危険を感じていると、水着魔女ラビコがむんずと俺の右腕をつかんできた。



「……ベスの力をアテにさせてもらう。一気にぎ払って飛んで逃げる。沖に停めてある船にみんなが来ているんだ」


 耳元で小さくつぶやいたラビコが俺の愛犬ベスをチラリと見る。



 沖? 船? 


 もしかしてアンリーナの船でここまで来たのか? しかもみんなって……まさかロゼリィとかもいるのか?




「ふふ、まだ話は終わっていないよ。僕がどれだけ彼に忠誠を誓い、心から敬愛しているか語っていないんだ」


 ラビコの動きに銀の妖狐が反応し、不気味な笑みを浮かべ俺の背後に現れた。あ、ついで感覚で耳に吐息をかけるのはやめて。



「ちっ……! お前のキモさは十分過ぎるほどに伝わってきたよ……悪いがこの男は私の物でな、お前らなんかに渡すかよ!」


 ラビコが杖を銀の妖狐に向け紫のオーラを放ちだす。


「ふふ、てっきりもっと早くこの島に来ると思っていたよ。ほら、夜も更けてきたし、沖にいる皆さん含め、君もこの島でゆっくりしていったらどうだい? 今日一日ぐらいなら僕の大事な彼に免じて面倒を見ようじゃないか」


「うっせぇ! あの女が「あっちかのぅ、いやこっちかのぅ……もしかしてそっちかのぅ……」とか言って海の上をウロウロウロウロ……あの適当な先導がなきゃもっと早かったんだよ! 一日? バカ言え……こんな島、一分といたくないね! ほら帰るぞ!」


 銀の妖狐が俺の背中に寄り添い、ラビコが右腕を引っ張る。


「適当とは傷つくのぅ。わらわは王のために精一杯キツネの魔力を広い海から探り当てたんだがのぅ」


 アインエッセリオさんが巨大な鉄の爪の先を器用に使い、俺の左手のジャージをつまんでくる。


「……だめです……マスターとは今日から結婚なんです」


 そこへアプティが無表情に俺のお尻をすくい上げるようにつかんでくる。おっふ、アプティさん、それ久しぶり……。



 ここで唐突に間違い探しクイズなのだが、今の俺の状況、いわゆるハーレム物でよくある光景だと思うが、他では見られない間違いが一個含まれている。


 ぜひ当ててみて欲しい。



「ああ、僕の彼を巡って醜い争いが……みんな落ち着いて欲しい。ここは本人の気持ちを尊重するのが愛する者の定めなのではないかな」


 こいつな。


 良いこと言ったふうに微笑み、俺の背中に顔をこすりつけてくるイケメンキモ狐(男)な。愛する者の定めってなんだよ。



「ふむ、確かにそれはそうかのぅ。ここで揉めていても時間の無駄となるか。力ずくで、では王の意向に反するであろうしのぅ。わらわの想いは伝わったはず、ゆえに王はわらわの物となる」


 アインエッセリオさんが俺のジャージをつまんでいた鉄の爪を降ろし、眠そうな目でじーっと俺を見てくる。


 銀の妖狐と違い、アインエッセリオさん達は人間との共存の道を歩もうとしている。俺がそのキッカケになることが出来るのなら、それはもちろんいい話だと思う……。



「ふふ、君はこの島にいるべきだと思うよ。そしてその理由もある。守りたいものがあるのなら、余計に君はここにいるべきだ。ほら、エルエルヴィとの結婚の話もあるだろう?」


 銀の妖狐がニヤと笑いアプティを指してくるが、こいつは人間と仲良くではなく、俺ありきの話なんだよな。


 だがこいつはアプティを通じて人間の文化を学び、その情報をまとめ、自ら行動を起こし物を売ってお金を得、魔晶石を買うという平和的なサイクルを作り上げた。


 そこは評価をしなければならない。


 アプティは銀の妖狐の言葉に大きく頷き鼻息荒くしているが……アプティと結婚って話がどういう経緯でそうなったのか思い返してもよく分からないな。



 守りたいものがあるのなら……か。



 俺がソルートン帰れば第二、第三のアインエッセリオさんが現れるかもしれない。


 その蒸気モンスターが平和的ではなく、力でくるタイプだと間違いなくソルートンに被害が出る。


 ラビコ、ロゼリィ、アンリーナ、クロ、ローエンさんにジゼリィさん。宿のみんなに街のみんな……出来ることなら俺はこの全てを守りたい。俺のせいで皆が傷つくところは見たくない……。


 帰りたい。


 俺の心はこの異世界に来てからずっとソルートンにある。俺が帰りたい場所は元の日本とかではなく、もうソルートンなんだ。


 帰りたい。


 ソルートンと聞くだけで頭に思い浮かぶ顔にみんなの笑顔……帰りたい、一秒でも早くみんながいるソルートンに帰りたい……けど……帰れない……




「なんだよ結婚って。まぁいい、これで揉め事無く帰れるな。ホラ帰んぞ。散々心配かけやがって、宿に着いたらなんかおごれよな」


 ラビコがアプティをチラと見て、俺の右腕をつかんで歩こうとしてくる。


 おそらく俺がその動きに当たり前についてくる、と疑いのない行動。




「…………帰れ……ない」



「はぁ?」




 だが俺はぐいぐい引っ張るラビコの動きに意を決して逆らい、下を向き、言いたくなかった言葉を無理矢理ひねり出す。














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