第440話 キツネ達のエデン 8 俺の心の居場所と紫の光様




「……おはようございます、マスター。ご飯に美味しい紅茶の用意が出来ています」



「……おぅ、おはよう」




 翌朝、いつものごとくバニー娘、アプティに起こされる。



 ふぁ、もう朝か。


 俺はぼーっとした頭を振り、眠気と引力に引っ張られる体をベッドから強引に引き離す。



 昨日はひどい目にあった。


 出会った最初から思ってはいたが、銀の妖狐は本当に心の底からキモい奴なんだと再確認した日だった。


 まぁ、アプティの全裸が見れたから我慢するか。



「ベッス、ベッス!」


 俺は足元に元気に絡んできた愛犬ベスの頭を優しく撫で、ベッドの正面の飾り棚に置かれているエロ本様に手を合わせる。


 そういやこの本は見てもいいんだよな。


 ロゼリィの悪魔でも封じる勢いの紐でぐるぐる巻きになっていない、綺麗なエロ本だし。



「…………」


 ふとエロ本様に手が伸びかけるが、なんとなくロゼリィの悲しい顔が思い浮かんだので手を引っ込める。


 朝の寝起きすぐに見るもんでもないか……。


 夜、今晩にでもチャレンジしてみよう。



「……マスター、認められました。今日から結婚です」


 なんか腰辺りにまとわりつく水色の物体があったので見るが、これ銀の妖狐が用意したっていう水色のクッションじゃねーか、と慌てて一番遠くにブン投げていたらアプティがすり寄ってきた。なんだ?


「……マスター……」


 なんだかアプティが無表情に顔をこすり付けてくるがなんだろう。


 さっき俺がベスの頭を撫でているのを見て、自分もやって欲しいってことか?


「おう、アプティは今日もかわいいな。やっぱ朝起きて一番に見るのはアプティに限る」


 俺はアプティの頭に生えているキツネ耳に軽く触れ、嫌がらないことを確認してから優しく撫でる。


 実際アプティは朝優しく起こしてくれるし、部屋の掃除から洗濯までこなしてくれる有能バニー様なんだよな。


 あ、結婚ってあれか、昨日銀の妖狐が覚えていたくもないキモいセリフ集の間に言っていたやつか。


 アプティは結構素直だから言葉通り受け取っているじゃねぇか。


 あの野郎、俺のかわいいアプティに悪影響与えやがって。


「……結婚……マスターと結婚……きゅーん、きゅーん」


 なんだか無表情ながら満足顔なアプティを引き連れ、宿風に作らた建物一階の食堂へ。



 部屋を出た途端、メイド二十人衆がずらっと並び頭を下げてきてびびったが、そういやここはソルートンじゃなくて銀の妖狐の島だった。


 ソルートンの宿そっくりな部屋でアプティに起こされると、ついここがソルートンの自室なんだと錯覚してしまうな。





 ナース料理人ランディーネさん作のイケボ兄さんとほぼ変わらない味付けの朝ご飯を頂き、俺は島内の畑や果樹園の手入れの手伝いをすることに。



 昼前に作業に区切りを付け、汗を流そうと昨日の眺めの良い露天風呂へ。


 風呂上がりに食堂で昼ご飯をいただき、午後からはお土産工房で新商品開発会議に参加。どうにも雪国に属する地域に出している商品の売上が伸び悩んでいるとか。


 思いつく限りのアイデアを出し、地域ごとの売れ行きデータをまとめてみるようにお願いをする。こういうのは場所によって主力商品が変わるからな、それを敏感に感じ取り反映させていかないとならん。




「今日は刺し身かぁ、なんの魚か分からないがうめぇな」


 夕飯。近海で取れた魚のお刺身定食。


 白身魚に青魚とどれも綺麗に切り分けられ、包丁技術の高さが感じ取れる。ナース料理人のランディーネさんって地味にすごくないか。これを見て覚えて独学で身につけたのか。





 食後、アプティにベス、メイド二十人衆を引き連れ砂浜へ。



「なんか普通に生活出来ているな。居心地も悪くないし、売りに出す商品の管理に開発なら俺でも協力出来そうだしやり甲斐がありそう」


 オレンジに染まる海面を眺め、俺は結構この島に馴染めそうだな、と感じたことを言う。


 この島に来てまだ二日目だが、みんな優しいし、人間である俺のことを受け入れようと努力してくれていることが伝わってきてとても嬉しい。



「ここなら……住んでもいいのかな……」



 ソルートンに帰れないのなら、もう俺の居場所はここしかないのかもしれない。


 銀の妖狐はキモいが話せば分かるやつだし、ベスもいるしアプティはかわいいし……



「……マスター、何か悲しい、のですか?」


 アプティが不思議そうな顔で覗き込んできて驚いたが、俺の目には涙が溢れていたようだ。


「なんでもない……ちょっとみんなの顔が浮かんできて、さ」


 俺は乱暴に涙を拭い、アプティの頭を撫でる。


 みんなにとっても俺がいなくなって二日、となるのか。



 ロゼリィは下を向いて悲しんでいないかな。


 ラビコは止める役がいないからってお酒飲みすぎていないかな。


 アンリーナは仕事で忙しいからって心が一人ぼっちになっていないかな。


 クロは俺がいないからって大股広げて座ったり、雑な言葉遣いになっていないかな。


 ローエンさんにジゼリィさん、イケボ兄さん、正社員五人娘、海賊のガトさんに海賊兄妹、農園のオーナーにハーメル、世紀末覇者軍団達……ソルートンのみんな、今どうしているのかなぁ……



「……マスター……」


 アプティがまた無表情ながらに不安そうに俺の顔を見てくる。


 今度は自分でも分かるぐらい涙がボロボロと溢れてきた。


 たった二日でホームシックってやつか? だっせぇな、俺……。




「……帰りてぇ……な」



 ──ゴオオオオオン!

 

 俺が夕日を眺めながら小さい声を漏らすと、不自然な光が遠くの海上から打ち上がり爆発。


 同時に空気の振動がビリビリと肌にぶつかってきて、最後に風に舞い上がった砂が俺の頬を叩く。



「な、なんだ!?」


 銀の妖狐が言ったように、俺を狙って他の種族の蒸気モンスターが襲ってきたのか? しかし愛犬ベスは海を一瞥するも、軽く警戒モードになるだけで特に動かない。緊急性はなさそうなのか? 


「…………」


 メイド二十人衆は俺を守るように囲み構えるが、隣のアプティも海の向こうを見つめるだけで、動こうとしない。



 ──ゴオオオオオン!


 さっきより近付いた位置から再度光が打ち上がる。


 打ち上がった光は空を覆い尽くすほどの量で、これほどの魔法を展開出来るのは相当の使い手だろう。しかもしっかり魔力がコントロールされ、込められた魔力は1~5程度。完全にダミー目的。


 打ち上がった光が弾け、一気に空が明るくなる。




 その光はどことなく懐かしい、紫の光。









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