第426話 マエドうどんと同郷の女性様
「ベスの散歩行ってきまーす」
「はーい、気をつけてくださいね」
天気快晴、風微風。
俺は宿側の受付にいたロゼリィに声をかけ、愛犬の散歩へと出かける。
ソルートンの街にいると愛犬ベスは機嫌良さげ。ここが家だと認識したのだろうか。
時刻は午前九時過ぎなのだが、宿一階の食堂はすで大混雑しているな。
食堂はこないだ拡張工事を行い席数を倍近く増やしたりしたが、それでも混雑時には外まで行列が出来る。
食堂中央に調理スペースを設け、作っているところを見せ出来たてをお客さんに出しているのだが、これがまぁ大好評。
作っている工程が見えるし、料理人の顔が見えるので出される料理に安心感があるという声をよくいただく。
これはやって正解だったなぁ。
あと宿の神の料理人、イケボ兄さんがよく女性に話しかけられるようになった。
中央の調理スペースで作っていると女性が数人寄ってきて、レシピやらを聞かれるそうだ。
今まで奥の調理室で作っていたからほとんどお客さんと接点がなかったが、今では女性ファンがつくぐらいのイケボ兄さんのモテっぷり。
兄さんは三十歳ぐらいだろうが、これを機に独身卒業出来るといいなぁ。
俺、応援しています。
そんな食堂の混雑を横目に愛犬ベスにリードをつけ街道を歩く。
宿ジゼリィ=アゼリィの前の道は、東に行けば安い商店がいっぱい並ぶ地域に出るのでよく通る道。
「ありがとございました、ました」
街道の脇道から小さな女の子の舌っ足らずの声が聞こえる。
ん、どっかで聞いたような声だが。
「あ、レンジ、久しぶり、しぶり」
一軒のお店の前でぶかっとした海賊服を着た女の子が手を振っている。
あれ、シャムじゃないか。
異世界に来たばかりの頃、漁船に乗せてもらったりとお世話になった見た目海賊の大男ガトさんの娘さん。
お金が手に入ったのであれ以来漁船には乗っていないが、たまに大量の魚にお尻を激しく突かれる夢を見る。
ガトさんも実は元勇者パーティーの一人で、ソルートンが銀の妖狐に襲われたとき勇敢に戦ってくれていたなぁ。
「シャム久しぶり。相変わらず可愛いなぁ」
パタパタと走って駆け寄ってきたシャムをしゃがんで受け止め、頭を優しく撫でる。
お世辞じゃないぞ。
シャムはまだ十二歳ぐらいだろうが、これは将来絶対にお美人様になる顔立ち。
「今のうち、今のうちだぞレンジ。今のうちに私に手を付けておけば五年後ぐらいにいい女が手に入るぞ、るぞ。ひひひ」
シャムがニンマリ笑って俺を見てくるが、その五カ年計画、本当に乗ってやろうか。
も、もちろん嘘……だけど。
「あれ、このお店……俺が以前よく来ていたうどん屋じゃないか。なんでここにシャムがいるんだ?」
シャムが出てきたのは、異世界に来たばかりのお金ない頃よく来ていたうどん屋さん。
宿から近くて安くて美味しいと重宝していたなぁ。
そういや商売人アンリーナと出会ったのがこのうどん屋だったっけ。
「うん? ここ母さんのお店だぞ、だぞ」
「あら、お久しぶり。以前よく来てくれていた少年が、今ではこの街の英雄さんだものねぇ」
シャムを追って後ろから歩いてきた女性。四十歳ぐらいだろうか、とてもお綺麗な御婦人。そういえばこの人、うどん屋の店員さんとしてよく見ていたが、シャムのお母さんだったのか。
そしてこの人のお店?
お店の看板を見てみると『マエドうどん』と書いてある。確かガトさんのフルネームがガト=マエドだったか。
「うん、やっぱり美味しいな、ここのうどん」
「だろだろ? 安くて美味いんだ、いんだ」
久しぶりにうどん屋さんに入店。
ああ、懐かしなこの感じ。素うどん二G、日本感覚で二百円に各自好きな別売りトッピングで仕上げるシステム。
海老天五本盛りがプラス八Gで追加出来るのだが、当時はお金無くて出来なかった思い出。後からやってきたアンリーナが当たり前に頼んでいて羨ましかったが……今ならお金はあるぞ。
「見てろよシャム、贅沢に海老天五本同時食いだぜ!」
頼んで出てきた海老天。
よくあるほっそい奴ではなく、本当に太い肉厚な海老が五本。これなら八G、八百円するのも納得。
俺は豪快に五本同時に食らいつく。
「ひひひ、豪快豪快! レンジ金持ちになったのな、のな」
おう、海老天五本同時にいけるぐらいの金は余裕であるぞ。
「あら豪快ねー、さすが街の英雄になる男ね。主人があなたのことをすっごく褒めていたわ。あいつはいい漁師になるって」
シャムのお母様、俺は漁師にはならないっす……。
色々お話を聞いてみたが、宿ジゼリィ=アゼリィのメニュー改善や増築でこのあたりに来る観光客の数が急増。それに伴い近くにあるこのうどん屋も急激にお客さんが増えたそうだ。
お店の前の道は以前はほとんど人通りのない脇道で、商店街に行く人がたまに通るぐらいのひっそりとやっているお店、だったそう。それがジゼリィ=アゼリィの人気上昇でお客さんがついでに寄ってくれるようになったとか。
そうか、ジゼリィ=アゼリィの売上増加は、近くのお店にも恩恵がいっていたのか。
まぁこのうどん屋さん、元から美味かったしな。
以前通っていたお店が人気なのは、俺も嬉しい。
旦那さんであるガトさんの漁船での売上が相当あって、このお店は売上度外視の趣味で開いたお店なんだと。
材料もガトさん経由で魚が格安で手に入るから、値段も安く出来る、と。
お店を開いたきっかけはガトさんの知り合い、元勇者パーティーのメンバーの一人から作ってもらったうどんが美味しくて衝撃を受けたからなんだとか。
そのメンバーの女性に色々アイデアをもらってこのお店のスタイルを決めたそうだが、このシステム、俺が日本でよく食べたうどんチェーン店と全く同じなんだよな。
俺、異世界に来ても混乱なく注文出来たし。
名前とか本人につながる外見情報は内緒なの、と教えてもらえなかったが、聞く限りラビコから以前教えてもらった回復魔法を使う女性が該当しそう。
お酒の国ケルシィにシュレドを探しに行った帰り道の夜、船のデッキでラビコが言っていたその女性が言う不思議な言葉は今でもはっきり覚えているぞ。
ネット、テレビ、ニホン。
どう考えても俺と同じ日本出身の子だよな、その子。うどんもその子が教えたのなら納得出来る。
ラビコも詳しくは教えてくれないし、シャムのお母様も内緒なの、と情報を
名前をよく聞くルナリアの勇者やその女性と、いつか出会える日は来るのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます