第238話 馬車の不思議な夢と旅の美しい思い出様

 

 翌朝五時半過ぎ、倉庫群が立ち並ぶ魔晶列車終点フォレステイが見えてきた。



「ねむ~早朝着くってきついね~……」



 もそもそと下車準備を始めるラビコが愚痴る。



 それは仕方がないんだよな。


 このフォレステイからソルートンまでが馬車で半日かかることを計算すると、フォレステイは早朝に出ないと日が落ちた暗闇を馬車で移動することになってしまう。


 蒸気モンスターや凶暴な狼などがいる暗闇を馬車で移動するのは、さすがに生きた心地がしない。




 列車を降り、街道の入り口にある馬車乗り場へ。いつものちょっとお高い五頭立て高級シート馬車のキップを買う。


「おお、あんたらか。このあいだ聞いたソルートンの宿に行ってみたよ。メニューが見たこと無いものばかりで参ったよ。もう、どれも美味しそうで二日かけて十回も通っていろいろ食べてしまったよ、わはは」


 馬車に乗る前に御者のおじさんに挨拶をしようとしたら、向こうから大声で話しかけられた。


 あ、この人、ソルートンからフォレステイに行くときにお世話になった人だ。


 そういやパンを分けたら、これはどこで買えるのかと聞かれたな。


「ソルートンに行くのか。これはついでにまたあの宿に行けるな、わはは」


 二日で十回、結構食べたんだなぁ。それだけ気に入ってくれたってことか。イケメンボイス兄さんが喜びそうだな。


 おじさんに挨拶をし、朝六時過ぎ馬車は我が街ソルートンに向けて出発する。





「……すぅ……すぅ……」


 馬車にしばらく揺られていると、左に座っていたロゼリィが寝てしまった。


 まぁ、朝早いしなぁ……右のラビコも寝ているな。アプティは……目を閉じているだけなのか、寝ているのか分からない。


「ねむ……」


 目が開けていられないぐらいの眠気。




 さすがに寝るか……。










 そこは見たこともない街中。



 俺は一人ぼーっと街道に置かれた木のベンチに座っていた。


 誰かを待っているような気がするが、覚えていない。


 なんだっけ、とりあえず腹が減ったからお店で何か買おうか。


 噴水が湧き上がる公園を通り、俺はパン屋を目指す。



 公園から向こうは大きな湖になっていて、この街の観光名所なんだそうだ。


 この街は湖に浮くような立地に出来ている。


 湖はそのまま海にも繋がっているので、海産物系の食べ物がうまい……気がする。



 あれ、俺食べたこと無いぞ。


 つうか、ここどこよ。


 見慣れない街中。初めて見る遠くの山並み。



「…………」


 ふと湖のほうを見ると、異様な雰囲気を放つ人物が見える。


 すぐ側を人が通るが、その異様な雰囲気の人物のことは見えていないかのようにぶつかる寸前の横を通っていく。


 その女性は湖を眺め、なにやら思案をしているようだ。


 長く美しい金色の髪に豪華な装飾がついた高そうな服に大きな木の杖を持ち、湖の側に立つその姿はとても美しいの一言。


 まるでゲームのキャラみたいな出で立ちだなぁ。

 

 着ている服が湖からの風でふわふわと舞い、なにかがキラキラと光る。服から魔法的な力が出ているようだ。


 なんかどこかで見たことあるような……。



「……ほぅ、いつかの覗き魔じゃな? よく二度もこの私を見つけたものじゃ、褒めてやろう」



 ぼーっとその女性に見とれていたら、くるっと振り返りニヤと笑いこちらを見てきた。


 とんでもない美人さん。


 透き通るような白い肌、整った顔立ち、スラリと引き締まったスタイルのいい身体。


 驚いて逃げようとするも、足が動かない。


「ふむ。お主、今無意識じゃな? 寝ている状態で意識を飛ばして来ている……いや、目を使っているな。身体を動かそうとしても無駄じゃ。今お主は目で動いている、身体ではなく目を動かそうとしてみることじゃ」


 目……? 意味が分からないが、言われた通り目を動かしてみると身体が反応した。


 どういうことだ、これ。


「それで、誰にも見ることも感じることも出来ない私の前に二度も現れるとは何用じゃ。よほどの強い想いでもあるのか?」


 用? いや俺は眠くて寝ただけで……つうかここどこだよ、あなたは誰なんだ。


「うまくコントロール出来ていないと見える。危険じゃなぁ、お主そのままだと恐ろしく大きな力を持った小さき創造主に消されるぞ? お主の力は世界のバランスを崩すほど大きな物じゃ。死にたくなければ大人しくしていることじゃな」


 女性は金色の髪をたなびかせ、俺に右手の杖を向けてきた。



「強き目を持つ少年よ、決して一人になるな。強き力は強き欲を生む。だが飲まれるな、友を想い、友と共に立ち上がれ。女を愛し、世界を愛せ。そうすればこの世界はお主に味方するじゃろう」



 あれ、この人……そういえばソルートンからフォレステイに向かう馬車の中で見た夢に出てきた人じゃ……。


 ハッ、なにか股間に嫌な予感がする。


 思い返されるデジャブ。申し訳ないが俺は帰ります! それではお元気で美人のお姉さん!


 俺は慌てて後ろに向かって走り、馬車を目指す。


 う、ホラきた! 股間に危険信号到来。





「こらぁああああああ!」


 俺はズバッと目を開き、声を上げる。


「うっわ、起きるなよ~。研究所の温泉でもみんなに見られているんだし~私達指輪組にはもっと自由に見せてくれたっていいだろ~」


 右のラビコが軽く舌打ち。


 目を覚ますと案の定、アプティが俺のジャージのズボンに手を入れていた。


 その手をつかみ、アプティを静止させる。


「……マスター、とても力強い手です。こちらのマスター自身と同じぐらいたくましい……」


 アプティが俺の俺から手を離し、向かいの席に戻る。


 ああああ、危なかった……走らないと手遅れになるところだった。


 アンリーナがいないから油断していた。


 ラビコとアプティだけでも充分危険な存在だということを再認識したぜ。


「ああ……残念です……もうちょっとで……」


 左のロゼリィが小さい声で溜息を漏らす。


 ばかな……ロゼリィはそういう方面には安全なキャラだと思っていたのに……。


 さすがにラビコとアンリーナが側にいたから悪影響を受けたのか。


「あ、いえ! 違うんです! 楽しい王都旅行がもうちょっとで終わってしまって残念だなぁと。そういう意味です!」


 俺の視線に気付いたロゼリィが焦りながら弁明をする。


「いいじゃないか減るもんじゃないし~旅の思い出にちょ~っと見せてくれればいいのにさ~」


 ラビコが膨れっ面で不満タラタラ。


 旅の思い出に股間フルオープンってどういう旅行なんだよ。


 今回はセレスティアの雪の夜空に打ち上がる、美しい魔法の花火の光景が旅の思い出じゃだめなのかよ。




 ああ、すまん。


 俺にとってはロゼリィの裸が一番美しい今回の旅の思い出だったわ。











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