第194話 二人きりじゃないデート様


「さらばケルシィ! 土地代は安かったぜ!」





 翌朝四時、出航。


 ケルシィを出てソルートンへ向かう。




 パンとサラダにフルーツと簡単に朝食を済ませ、現在午前八時。


 もうケルシィの大陸は見えないが、イケメンボイス兄さんの弟シュレドが船のデッキからお酒の国ケルシィに向かって叫ぶ。



 なんであんな観光客も来ないような場所で定食屋をやっていたのかシュレドに聞いたら、単に土地代が安くて駅に近い物件があったのがマルタートなんだと。現地には行かず、地図上で決めたらしい。


 行ってみたら人いない、客来ない、食材少ないで半分やる気なくしていたそうだ。







「マルタートで商売ですか? えーと、予定は無いです……ね。あの場所は観光地ではなく、自然と共に生きる場所……でしょうか……」


 アンリーナにマルタートの印象を聞いてみたが、案の定。


「あ、でも師匠と住めるならどこでも最高の場所に……家は赤とオレンジで塗って……」


 ほっぺに手を当て、アンリーナがホワホワと何かを想像しているが赤とオレンジの配色の家とか嫌だぞ。



 家か、そういや俺はいつまでジゼリィ=アゼリィの宿屋に寝泊まりしているのかね。


 従業員割引で格安で部屋を借りてはいるが、迷惑じゃないのかな。宿の部屋が満室になったことは今までないから気にしていなかったが……。


 ジゼリィ=アゼリィは基本、食堂とお風呂施設にローズ=ハイドランジェのシャンプー等で成り立っているからなぁ。


 うーむ、俺お金あるし宿泊客を増やす為にジゼリィ=アゼリィの宿泊施設の増築とかどうだろうか。ついでにそこに俺の部屋を作るのはどうだろう。


 いや、近くに家を建てる……うーん。





 船内客室前の共用スペースのソファーにどっかと座り、住む場所をどうするか考えながら木の棒を投げてはベスが取ってくる遊びをしていたら、アンリーナがなにやらパンフレットを持ってきてテーブルに広げだした。



「師匠こちらがフラロランジュ島の観光案内地図になりますわ。補給の為の停泊は三時間、その限られた時間内に回れるデートスポットをリストアップいたしました!」


 元気よくアンリーナが地図に書き込まれたルートを見せてくる。


 なんか一分単位の時間が書いてあるが……い、一分単位って……。



「ケルシィに向かうときビーチには行きましたが、あれは人が多くて楽しめたものじゃありません。なので今回はあえて海とは逆の内陸を攻めます。フラロランジュ島は果物の産地として有名でして、バナナ、オレンジ等の果物狩りが出来る場所があります。まずそちらに向かいまして二人で果物を楽しみながら収穫し、お互いの仲を深めます。そして取った果物を施設建物内で有料参加出来るお料理体験会にて初々しい新婚気分を味わいます。さらに陶器の食器を作る体験会にも参加し、二人のお皿を作り、後日送ってもらいます。島中央部にあるパワースポットとして有名な大岩にて二人の愛を後押ししてもらい、商店にて二人の指輪を購入。そしてその後はホテルのご休憩プランで部屋を借り……」


「ま、待て……! 行くのは指輪購入の商店街のみ。あとはのんびり気ままに見て回ろう……な?」


 アンリーナが商談のプレゼンのごとく延々と演説し始めて止まらなかったので、慌ててプラン変更案を出す。


 三時間に詰め込みすぎだろ、あと最後のご休憩のホテルってなんだよ。



「ハッ……そうですわね……このアンリーナ、どうかしていましたわ。これじゃあ移動移動で一番大事な二人の語らいの時間がなかったですわね……さすが師匠です。南の島で足を止めて見つめ合う二人、なんて素敵な時間……ほわわー」


 ホワホワとアンリーナが向こうの世界に行ってしまった。さて、ベス遊び再開。


 シュレドはアンリーナお抱えのシェフに料理の話を色々聞いていた。










 そして翌日午前九時前、補給の為にフラロランジュ島に停泊。




 俺達は二度の島に降り立つ。



 相変わらずビーチは混雑していて、足の踏み場もないほど。今回海は見るだけで、目的は商店街のほうでお買い物。



「行こうか、アンリーナ」


「はい、師匠……ああ、昨日は興奮してなかなか寝付けなくて大変でした……師匠とデート、私の夢が今叶うのです!」


 アンリーナを引き連れ船を降りる。


 さすがに水着ではなく普通の格好、いやかなりオシャレしているぞアンリーナは。ヒラヒラのフワフワな服、日焼け対策の麦わら帽には大きな花が飾り付けてある。


 俺はオレンジジャージな。



「指輪のお店は知っているのかな、俺はこの島の地理はさっぱりでさ」


「大丈夫です、たまに利用する装飾品専門に扱うお店があちらにあります!」


 さすがアンリーナ。助かるぜ。





「本当に指輪買うだけかな~暗がりに連れ込んで襲ったりしないかな~うちの社長~あっはは~」


「だ、大丈夫ですよ。紳士ですから」


「マスター……たまに野獣になります……」


「野獣! 格好いいなそれ! 旦那もワイルドな男なのか! わはは」




「………………」


 俺たち二人の後ろにいつものメンバーがぴったりついてくる。


 船にいても暇だからと、残った四人はショッピングに行くとのこと。


「………………ヌヌゥ」


 二人きりじゃないことにアンリーナが憤怒しているが、まぁ港から商店街に行く道は一本だし途中まで一緒なのは仕方ないんじゃないかね。






「こ、ここですわ師匠。なかなかの品揃えでして、私もたまに利用いたします……」


「ほへ~高級そうなお店だよ~うわこれ綺麗~社長~思い出にこれ欲しいな~」


 なぜか店内にまで四人がついてくる。


 アンリーナが体をフルフル揺らしているな。


「だめですよラビコ。今あちらは二人きりでいいムードなんですから、しーです」


 ロゼリィが口に人差し指を当て、静かにしろとラビコに合図を送る。


 アプティは無表情。シュレドは装飾品には興味ないらしく、向かいの食器を扱うお店にチラチラ目線を向けている。




「……ぅぅぅ……こんなの二人きりじゃないです! 師匠! やっぱり最初の予定通りホテルでご休憩コースを……!」



 ついにブチ切れ、本音を叫ぶアンリーナ。



 あんなに熱心に説明してた果物だの陶器だのはどこ行った。










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