第10話 よく分からない魚のお刺身様
「あ、起きたんですね。すごいうなされていましたよ?」
お姉さんが心配そうな顔で近寄ってきた。多分、魚関係の怖い夢を見ていたんだと思います。
「あ、すいません……ご迷惑をおかけしたようで……」
「いえ、ベスちゃんと少し仲良くなれたので私は楽しかったですよ?」
俺がいない間、ベスの面倒を見てくれていたのか……申し訳ない。
ポケットの封筒がぽとっと落ちた。ああ、なんか海賊おっさんがポケットに入れてくれたな。中身は、五十Gか、まぁありがたい。
「今、何時ですか……」
「ふふ、もうすぐ夕飯のお時間ですよ? リクエストのお刺身の準備は万全です!」
ああ……そういやその目的で朝、港に行ったっけ。途中、記憶が飛んでいてよく覚えていない。
「みなさーん! 今日の夕飯のメニューはお刺身ですよー! 仕入れてくれたこちらのお兄さんに感謝して食べて下さいね、ふふ」
「おおおおおおおー! 刺身! 刺身! 刺身の兄ちゃん最高ー!」
酒場のいかつい漢達が吠え出した。
「やぁ、いつもすまないね。食材の提供、助かっているよ」
白いエプロンにコック帽をかぶった三十代ぐらいの男の人に話しかけられた。ああ、この宿屋の調理担当の人だ。
「あの子、ここのオーナーさんの娘さんなんだけど、いつも不安そうに仕事をしていてね、気弱な性格じゃ冒険者相手の仕事は向かないからいつも泣いていてね……ちょっと心配だったんだよ」
この宿屋のオーナーの娘さん? へぇ、そうだったんだ。気弱……? 確かに最初会ったときはそんな感じだったが、今すげー元気だぞ?
「君が来てからかな、あんなに元気になったのは。あんな大きな声で酒場の男達に話しかけるのなんて初めてみたよ」
俺の中でお姉さんはいつも元気だったが。
「いつも何かするときは、一人でしないといけないと思い込んで内向きな性格になっていたんだけど、誰かに頼る、誰かと一緒に行動をしてもいいんだとやっと気付いたようでね。おかげでやっと名実ともに宿屋の看板娘になってきたよ」
そういえば俺、お姉さんのこと何も知らないな。可愛くて優しい人と認識していた。
「僕が言うのもあれだけど……ありがとう、君のおかげだ。出来たらこれからも彼女の側にいて、彼女が笑顔でいられる時間を増やしてあげて欲しい。あ、夕飯のお刺身は期待してくれよな、じゃ」
そう言って調理さんはイケメンボイスを残して調理場に戻って行った。
「さぁどうぞ! 豪華お刺身定食です! 召し上がれー」
入れ替わりで来たお姉さんがでかい皿にこんもり盛られたお刺身を持ってきた。
「うはっなんと豪華なお刺身! あ、お米もあるんですか! やった!」
「ふふふ、お刺身といったらご飯です! ちゃんと炊きました!」
何かの刺身にワサビをちょいと乗せ、醤油をつけひょいと口の中へ。
「あああああ、うまい……! なんの魚か知らないけどうまい……」
お次はご飯に乗っけて口の中へ……うおおお……刺身にワサビと醤油と白いご飯……これはたまらん……日本人なら全員今の俺みたいな顔になるはず。
「ふふ、おいしいですねーあなたが持って来てくれたお刺身だから余計においしいです」
俺の隣の席でお姉さんも、もりもり刺身を食べている。
「……」
ぼーっとお姉さんを見る。俺は昔のお姉さんのことは知らない、でも今お姉さんはすごい良い笑顔でご飯を食べている。
「……なら、これでいいんじゃないかな」
「え? なんです?」
赤身の刺身をついばみながらお姉さんが俺のほうを向く。あれ……? そのついばんでいる大皿、俺のじゃん!
「ちょ……それ俺の……」
「ふふ、ぶぶーです。これは私とあなたの二人分の大皿です。ほら早くしないと私が全部食べてしまいますよ?」
な……! どうりで量が多いと思ったら、サービスじゃなくてお姉さんのも含まれてんのかよ! やべぇ、食いっぱぐれてなるものか!
「秘儀……一列掬いぃぃぃ!!」
俺は箸の上のほうを持ち、綺麗に並べられたお刺身を列ごと箸で掬った。
「ああああああ……! それ私の好物の白身の……!」
「ふふふふ! 甘いですね、これは俺が持って来たお魚。俺に権利があるのです!」
「ま、負けません! そりゃあぁ~」
と、二人で大皿のお刺身を競うようにたいらげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます