第140話王族専用の図書室③

 ニーナはまるでレオナルド・ベンダー大公に呼ばれるように王族専用の図書室に入り。


 そして図書室内では、こちらも同じく呼ばれるようにしてレオナルドの本棚に着いた。


 そしてニーナたちは、早速レオナルドが集めたであろう本を手に取る。


 先ずニーナが気になり手に取ったのは、レオナルドが残したであろう日記だった。


 日記を手に取ると、ニーナを導くかのようにぺらぺらとページが自然と開いて行く。


 アレクが「おお!」と驚き、ミューは「ヒッ」と小さな悲鳴を上げた後、素早く自分で口を押える。


 ニーナはそんな二人に頷くと、日記を読みだした。


 そしてそこにまず登場した人物こそ、有名な大聖女セラ・ナレッジの子孫にあたる、シェリナだった。


 レオナルドの日記をもとにすると、シェリナは騒がれることを嫌い、セラ・ナレッジの系統であることは秘密にして学園へと通っていた。


 そしてセラ・ナレッジの聖女の力を強く引いていたシェリナは、本人が意図せずともこの国で次々と奇跡を起こしていく。


 レオナルドは素直で明るく裏表のない、今のシェリーのようなシェリナと学園で出会い、その見た目の美しさだけでなく、強い意志と優しい心根と、愛情深さを持つ不思議な少女に自然と惹かれていった。


 幾つもの奇跡を起こす少女とそれを支える王子は、自然と話す機会も多くなり、シェリナがセラ・ナレッジの子孫であることも、レオナルドはその時知ったようだ。


 それが気に入らなかったのが当時第一聖女であったミラ・シェアード。


 ミラはシェアード侯爵家の娘で、王太子であるレオナルドの兄の婚約者でもあり、聖女の地位も王太子の婚約者の座も、侯爵という家柄で手に入れた女性だった。


 聖女としての力はそれほど強くはなかったが、侯爵家の力で第一聖女の地位を手に入れた。


 なのでミラは王太子の婚約者としての立場にも、聖女としての立場にも、酷く執着していたらしい。


 自分こそが優れた女性である。


 ミラは自己顕示欲がとても強い人間だったようだ。


 だからこそ本物の聖女だと……大聖女になる女性だと、そう呼ばれだしたシェリナの事が気に入らなかったのは当然で、秘密裏に亡き者にしようと計画を立てたらしい。


 だが、本物の聖女とまで言われるシェリナに、全く力が及ばないミラの攻撃など効くはずはない。


 今でいう所のニーナやシェリーに、ちょっとだけ力がある普通の貴族の女性が戦いを挑むような物だろう。


 命知らずと言うか……


 無謀も良いところだ。


 そして第二王子であったレオナルドと恋に落ちたシェリナの事が、ミラは益々憎くなる。


 聖女としての自分の立場を貶めただけでなく、未来の王妃の座も奪われるのでは?


 それに自分の婚約者である第一王子をも取られてしまうのでは? 


 ミラはそう不安になり、遂に自ら直接シェリナに手を掛けようとした。


 だがその作戦は勿論失敗に終わった。


 これまでのミラの様々な無謀な行動に、王家が気付かぬはずが無かった。


 ミラは捕まり、王太子の婚約者だったことや、高位の令嬢だったこと、それに聖女という立場でもあったことから、恩情が掛けられ秘密裏に処刑される手筈となった。


 だが娘可愛さに、シェアード侯爵はミラを逃がしてしまう。


 ミラを助け出し、どこか人目のつかない修道院へ送ろうと思った。


 だがその時のミラは、もう以前のミラでは無かった。


 そう、シェアード侯爵が知る、可愛い娘では無くなっていた。


 ミラの心の全てが、王家とシェリナへの憎しみで覆われていたのだ。


 父を裏切り、逃走したミラは、ある計画を練る。


 そう、ミラは自分を追い込んだ偽聖女シェリナと、自分を裏切った第一王子である元婚約者と、自分を見放した無能な王家に仕返しをしようと考えたのだ。


 そして自分の命を使い、父親の命や、その他の家族の命も使い、ある呪いを掛ける事を思いつく。


 それは禁断の魔術である ”縁故の呪い”。


 シェアード侯爵家の娘であり、王太子の婚約者だったからこそ知りえた禁断の魔術。


 この呪いは一人の命だけでは掛ける事が出来ない恐ろしい呪いだ。


 最低でも成人の魔力を持った十人の命を犠牲にし、初めて使う事が出来る魔法。


 それを使ったものは輪廻転生することは出来なくなる。


 つまり魂は生まれ変わることが出来なくなり、呪い相手への憎しみから、死んでも逃れることは出来なくなる。


 死んでも死にきれない……


 汚れた魂がこの世で彷徨い続ける。


 ミラはそんな悲しい魔法を使う為家族を全て巻き込み、手に掛けたのだろう。


 そう、つまりミラは魔素が強いセラの森でこの呪いを使い、シェリナと王家を呪ったのだ。


 その呪いはセラの森を媒体にし、今も膨れ上がり、力を強くしている。


 ニーナはミラの自分勝手な考えでベンダー男爵家を不幸にしたことに怒りが湧き始めていた。




 そしてここまで日記を読むと、ニーナは「ふー」とため息を吐いた。


 ニーナの魔法から解かれたミューがフラフラした足取りでアレクと共にレオナルドのそのほかの書籍を探る中、ニーナは実はとってもガッカリしていた。


 実はニーナは呪いの事も、呪った聖女の事も、呪われた聖女の事も、これ程早く情報が見つかるとは思ってもいなかったのだ。


 王家の図書室内をジックリ探り、何日もかけて呪いを探り、研究をする。


 ニーナはそれを望んでいたし、楽しみにもしていた。


 そう、ニーナになる前のセラニーナは、元は研究が大好きな人間だった。


 なのでこれまでにない面白い研究が出来ると、そんな大きな期待を持って王家の図書室に入っただけに、レオナルドから答えをすぐに見せられたニーナは、かなりしょげていた。


 だが、気を落すのはまだ早い。


 そう、この呪いは重ね掛けされているのだ。


 それを暴かなければ、本当の意味で呪いの秘密を知った事にはならない!


 元気が半減していたニーナが「ふん!」と気合いを入れ直すと、アレクが興奮気味にニーナに声を掛けてきた。


「ママン! いえ、ニーナ様! 見て下さいレオナルド様が”縁故の呪い”と”払拭の呪い”の呪文の載った資料を残しています! これこそが『呪い、呪われ、呪、呪い、あなたにピッタリの呪いを授けましょう』という名の本から、切り取られていた部分では無いでしょうか?!」


 自分の大発見に興奮するアレクに冷ややかな笑顔を向けながら、ニーナは心の中でまたガックリと肩を落としていた。


 呪いの呪文までもう見つかってしまった……


 自分の手で暴くことが出来なかった……


 研究者にとって答えを他人から貰うなど、これ程悲しいことはない。


 だがニーナだって6歳児だけどいい大人だ。


 頑張って探し出したアレクに「アレク、素晴らしいですわ」と褒めて使わす。


 そう、呪いはもうレオナルドの日記で大体分かっていた。


 だからこうなることは仕方がなかった。


 それにまだ呪いを重ね掛けした人物を探さなければならない。


 ニーナは自分で呪いを探せなかったことは残念だったが、そこだけに希望を持つことにした。



「ニ、ニーナ様……シェアード侯爵家がお取り潰しになった中、幼かった孫がシェアード侯爵の妻の実家である、ナンデス家に引き取られた様です……このナンデス家と言えば現宰相の家、ナンデス家を隅から隅まで炙り出せば……ヒッ、ヒイイイ!」


 ミューが自分の成果をニーナに得意げに披露したことで、ニーナは勿論ミューに最っ高の笑顔を返した。


 心の中で「お前ー、なーにやってんだー!」と思っても、ニーナは勿論ここでも大人の対応だ。


 だが、その笑顔がミューにとっては何よりも恐ろしかったことは言うまでもないだろう。


「フフフ……これで簡単に呪いが解けそうですわねー……これもレオナルド様と、アレク、そしてミューのお陰ね……ウフフフフ……二人共、有難う……」


 ニーナにお礼を言われながら微笑まれたアレクとミューの二人は、全く違う表情を浮かべながら頷いた。


 ニーナの役に立てた。


 アレクは素直にそう喜び、ミューは恐怖から顔を引きつらせていた。


 そう、研究好きに答えを渡してはいけない。


 どうやら頑張って情報を集めたレオナルド王子は、余計な事をしてしまったようだ……


 まあ彼もまさかこんな子孫がこの場に来るとは思ってもいなかっただろう。


 ニーナが特殊過ぎたため、有難迷惑扱いされたレオナルド王子なのだった。


 お可哀想に……

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