第57話王都の町へ

 ベンダー男爵家一行は歩いて王都の入口へと向かう。


 普通に考えれば、高位の貴族が歩いて入門するなどあり得ないことだ。


 けれどニーナが作り出した見目美しい衣装を着ているため、貧乏男爵家の者だとは誰にも見えない。


 どちらかと言うと、高貴な存在だというのをごまかすために、わざと歩いて入口にやって来た世間知らずなぼんぼん王子の集団……といえる。


 庶民に見えるようにと控え目な服を着て誤魔化してはいるが、残念なことに失敗している。


 まさにニーナの思惑通り門兵にはベンダー男爵家一行がそう映っていた。


 まずベンダー男爵兄妹は無駄に顔が良い。


 仕草はニーナ以外まだまだだが、そこは有り余る顔面力で十分に補えている。


 そしてアラン、それなりの装いをしていれば、長年鍛え上げられてきた王子としての仕草が勝手に顔を出す。


 とてもベンダー男爵家では平気に地べたに寝転んでいる様な、残念王子には見えない。


 そして無理ありまくりの騎士役ベルナール。


 緊張して眉間に皺が寄っているため、ものすっごく強そうな騎士に見えなくもない。


 そしてそんな集団の中落ち着いているファブリス。


 執事役だが闇の仕事柄そんな事は慣れっこだった。


 これからどうなるか、一番楽しんでいるのはファブリスかもしれない。


 まあそこはベンダー男爵兄妹のウキウキには敵わないだろうが……


 そうつまり、この中で緊張しているのはアランとベルナールだけだった。


「通行証をお願い致します」


 アランは緊張から門兵の言葉に頷くだけにとどめた。


 だが門兵はその姿を見て、自分たちとは口を利きたくないと思う程の高貴なお方なのだろうと察知した。


 そして無言のままアランが通行証を差し出す。


 そしてそのまま歩き出そうとしてアランは門兵に止められた。


「お、お待ちください……でん……ゴホンッ、旅の方、確認後、通行証はお戻し致します!」


 本気でそんな事を知らなかったアランは「なに?」と引きつった顔になったが、門兵にはそれが王子の怒りを買ったように思えてしまった。


 通行証を返すなど世間では常識。


 だが今目の前にいるのはそんな事も知らないほどの高貴なお方。


 通行証には商人だと記載されているが、どう見ても変装は失敗だ。


 何故ならまったく商人に見えていない。


 それに兄弟だという似ていない弟や妹たち。


 きっと側妃の子なのだろう……


 そう、どの子も王族だと分かる程美しい見た目をしている。


 それに王子の横にピッタリと立つ騎士は門兵たちをジロリと睨んでくる。


 そして状況をただ眺めている執事は、ただの平々凡々な執事には見えない。


 その目には主を必ず守るという、冷酷な何かが見て取れた。


 門兵二人はぶるぶると震えながら通行証にサインをし、この恐ろしい集団を無事に通した。


 アランが「良かった……」とホッとして呟いた言葉は、門兵たちには「お前達命が無事で良かったな……」と聞こえていた。


 弟殿下の真似をしろと注文したニーナでさえ、アランの演技には苦笑いを浮かべていた。


 そう、やり過ぎでは無いかと……


 門兵たちの怯えようを見てニーナはそう思っていた。




 そして街中に入り、ニーナがアランを褒めたたえる。


「アラン、素晴らしい演技でした。あれなら冷酷な王子そのものでしたわ。貴方の弟殿下はあんな感じなのかしら?」


 フフフ……と可愛く微笑むニーナに、アランは気の抜けた笑みを返した。


「いえ、もういっぱいいっぱいで、息をするのも、演技をするのも忘れておりました……アレは演技ではなく、なるべく喋らないようにとしただけです……」

「あらあら、まあまあ、そうでしたの……でも……その……立派でしたわ……」


 ニーナの言葉は本心からだった。


 演技でなくとも、アランは立派に役割を果たしてくれた。


 門兵からこの事はきっと上へと伝わる事だろう。


 そうすればニーナ達が大きな売り買いをしても怪しまれることは無い。


 何故ならアランが王子かも知れないからだ。


 商人を装った王子。


 お馬鹿王子が大きな買い物をしても驚くものはいない事だろう。


 これで今日は存分に買い物ができる。


 いやため込んでいた物を売りに出せる。


 ニーナの笑みは守銭奴そのものだった。




「ねえ、ねえ、ニーナ、先ずはどこに行くのー?」


 屋台のお肉を見ながら涎を垂らさんばかりのシェリーがそんな事を言ってきた。


 質問はニーナに向けているが、視線は屋台へと向いている。


 朝ご飯をしっかり食べてきてはいるが、成長期のシェリーはもうお腹が空いたようだ。


 そんな姿を可愛いなと思いながらニーナは答えた。


「お姉様、先ずは魔獣を売りに参りますわ。屋台のお肉はそれからですわね」

「えっ、ニーナ、あのお肉食べられるのか?」


 シェリーではなくディオンが口元を袖で拭いながら聞いてきた。


 イケメンの少年も食欲には勝てないらしい。


 ベンダー男爵家で普段からエクトルの美味しい料理を食べているが、屋台のお肉は別腹のようだ。


 そんな生き生きとしている兄にニーナは笑顔で頷いた。


「ええ、お兄様、森で取れた魔獣を売りましたら、お肉を沢山買いましょうね。色々な屋台を回って、味比べをしても良いかもしれませんわ」


 ニーナの言葉にシェリーとディオンは手を取り合い喜ぶ。


 可愛らしい姿の二人は街行くひとたちの注目の的だ。


 肉の話をしてはいるが、内容が分からない街の人には初めてのお出掛けにはしゃいでいる兄妹にしか見えない。


 皆目じりを下げながらシェリーとディオンを見ていた。


「それにお兄様とアランの剣も新しく購入しなければなりませんものね」

「えっ、剣? 今日、剣買うの?」

「ニーナ様、私もですか?」


 驚く二人にニーナは笑顔で頷いた。


 それを見たディオンとアランの喜びようは、それはそれは凄い物だった。


 こうしてベンダー男爵家御一行は無事に王都の街へと入ったのだが、ニーナの今日この日の行動で、後日街は大騒ぎになるのだった。

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