吸血鬼の花嫁③

 エレベーターで下に降りた私達は、ソファーで缶コーヒーを飲みながらくつろいでいる津島先輩を見つけて駆け寄る。



「すみません、お待たせしました」


 私達に気付くと、津島先輩はその可愛らしい顔を柔らかく崩した。


「良いって、そんなに待ってないし。大体女の子の支度は時間がかかるもんだろ? 寧ろ待ち合わせ時間早過ぎたかなって思ってた所だよ」


 なんて紳士的な事を言って立ち上がった彼に、菅野さんほどではなくても少し年上の魅力みたいなものを感じた。


 見た目は可愛くても、やっぱり年上なんだなと思った。



「いえ、その……ランドリー室を見に行ったら同じ階の先輩と会って、色々説明して貰ってたらちょっと時間が過ぎちゃって」


 私が津島先輩に関心を寄せていると、愛良がそう説明した。


 すると津島先輩は軽く目を見開いて驚いた様な表情をすると、笑顔に戻って「へぇー? それって誰か分かる?」と聞き返してくる。



「えっと、弓月先輩です。高等部三年の弓月 美花先輩」


「げっ⁉」


 愛良が答えると、津島先輩は嫌そうに顔を歪める。


 何かまずかったんだろうか?



「げっ!って……どうかしたんですか?」


 津島先輩の反応に愛良も何か良くなかったのかと心配顔になって聞き返す。


 すると「いや、うーん……」と唸った彼は困り笑顔で答えた。



「俺が単純に弓月が苦手なだけ。愛良ちゃん達からすればむしろ味方だから問題はねぇかな?」


 味方という言い方がちょっと気になったけれど、問題が無いのなら良いのかな?


「それより行こうか。皆もう待ってると思うし」



 皆?

 田神先生だけじゃ無いの?



 そんな疑問を覚えながらも津島先輩について行く。


 すると男子寮寄りにある“会議室1”と書かれた部屋に案内された。



 津島先輩はノックをすると返事も聞かずにドアを開ける。


「お待たせ、二人連れて来たぜ」



 津島先輩に続き部屋に入ると、中には田神先生とこの三日間護衛をしてくれていた他の四人がいた。


 イケメン、可愛い系、美形。


 そんな言葉が浮かぶ様な綺麗所男子揃い踏みの室内に少し気後れしてしまう。



 これに愛良が入れば美少女と美形男子と見応えがありそうだ。


 でも逆に私だけ場違いな感じ。



 それが更に気後れの原因だった。



 とはいえ入らないわけにはいかない。

 色々と説明して貰わないと。



「こっちもさっき揃ったばかりだから大丈夫。さ、二人も座ってくれ」


 数日ぶりに見た田神先生は爽やかに笑って席を勧めてくれた。


 相変わらず好感の持てる雰囲気だ。



 勧められるままに椅子に座ると、ローテーブルを挟んで私と愛良を囲む様に皆も椅子に座る。



 おぉぅ……なんか、圧巻。



 グルリと見回し目が合うと、皆微笑み返してくれる。


 零士だけはあからさまに不機嫌な顔になったけど。



 何よ!

 私だってあんたと目なんか合いたく無いわよ!



 気を取り直して、私は田神先生を見ることにした。


 私達の前にお茶を出してくれた田神先生は、お礼の言葉を受け取ると愛良の正面に座る。


「さてと、まずは部屋はどうだったかな? 生活に必要なものは一通り揃えたつもりだけれど、足りない物はなかったかい?」



 いえ、むしろ至れり尽くせりで良いのかな、とか思ってます。



 そんなことを考えていた私は乾いた笑いが出て来そうだった。


 だから代わりに愛良が答える。



「今の所足りない物は無いです。むしろこんなに用意してもらって良いのかなって……」


 申し訳無さからか、最後の声が消えていく。



 そんな愛良に田神先生は「気にしないで欲しい」と言った。


「無理に急ぎで来てもらったんだ。これくらいは当然のことだよ。娯楽用品や嗜好品以外なら何でも用意するから言ってくれ」


「……何でも?」


「そう、何でも」



 そう言い切る田神先生に私は不安になって、具体例を挙げてみることにした。


「私達が使ってる化粧水とか、洗顔石けんとかも買って貰えるって事ですか?」


「勿論。使っている商品名を教えてくれれば用意するよ?」



 まさかね、と思いながら口にしたのに返って来たのは問題ないという言葉。


 他にも筆記用具やボロくなったタオルやシーツは? と聞くとそれも良いとのことだった。



「ゲームとかの遊ぶ物や、お菓子類などの嗜好品以外は全て用意するよ」


 最期はそう締めくくられ、この話は終わってしまった。



 まさかそこまで準備してくれるなんて……。

 やり過ぎじゃ無いの?


 とも思ったけれど、助かるのも事実で……。



 私と愛良は一度顔を見合わせ、共に田神先生にお礼だけを伝えた。


「色々と、ありがとうございます」

「お言葉に甘えさせて貰います」


 断るのも逆に悪いかもしれないし、ここは甘えさせてもらおう。


「あとは、この周辺施設の事は悠斗に聞いたかな? そのうち案内もするから楽しみにしていてくれ。寮のことは基本的に上原さんに聞けば何とかなるから」


 ニッコリ笑顔で他の施設の事など纏めて話した田神先生は、一息ついてから私達を一人ずつ見た。



「で、ここからが本題だ。君達が一番知りたくて、一番大事なことを教えないとならない」


 顔は微笑んでいるけれど、雰囲気をガラリと変え真面目な話をするのだと伝わってくる。


 軽く居住まいを正した私達はどんな話でもドンと来い! という気分で田神先生を見た。



「そうだな、とりあえず直球で行こう。……この城山学園は、吸血鬼とハンターの為の学園なんだ」


「……はい?」


 思わず聞き返し、コテリと首を傾げる。



 聞き間違い?

 いや、確かに吸血鬼とハンターって言葉が聞こえた。


 じゃあ冗談を言われたの?

 真面目な話をするって雰囲気出しておきながら?



「えっと……冗談ですか?」


 一応聞いてみる。


「まさか、本当の事だよ」


「……」


 もはや何とコメントしたらいいのか頭を悩ませていると、愛良が神妙な顔で口を開いた。


「つまり、零士先輩や石井先輩も吸血鬼かハンターだって事ですか?」



 まさかこんな突拍子もない話を本気にするつもりなのかと驚いているうちに、田神先生と愛良の話しは進んでいく。



「愛良さんはこいつらの人間離れした所を見たんだね」

 そう納得の表情を浮かべると彼は続けた。


「そう、零士も和也も。ここにいる男全員吸血鬼なんだ」


 開いた口がふさがらない。


 ここにいる全員吸血鬼と来たか。



「全員ってことは、田神先生も……?」


 遠慮がちに聞く愛良に「そうだよ」と頷く田神先生。


 私は更に口をパッカーンと開けてしまった。

 そのまま金魚の様にパクパクと動かしてみるけれど声は何も出てこない。



 ちょっと待て、頭の中を整理しよう。

 零士がバカを見るような目で私を見ているけれど無視して整理しよう。



 確かに彼らが人間じゃないかもしれないという事は愛良も言っていたし、初めて零士に会った日を思い出しても人間離れしているかもしれないと予測していた。

 でもまさか本当に人間じゃないなんて……。


 だってそうでしょう⁉


 人間離れしているって言っても、せめて超能力が使えるだとかちょっとした特殊能力があるとかだと思っていた。


 そう、幽霊が見える人だっているんだから、そんな感じで!



 なのに直球で出てきた答えが吸血鬼。

 本当に人間じゃないとか……。


 信じられない。


 と言いたいところだけれど……愛良は信じてるみたいだし、ここにいるみんなが冗談を言っている様な雰囲気が全くない。


 信じられるかどうか以前に、信じられないと口にすることが出来そうにない。



 だから代わりに、本当に吸血鬼なのかどうか確かめる質問をしてみる。


「でも、吸血鬼って日光に弱いとか言いますよね? でもみんなは普通に昼間も活動してるじゃないですか」


 他にもニンニクや十字架に弱いとか、吸血された人間も吸血鬼になってしまうというのが吸血鬼伝説の鉄板だったはずだ。


 そこのところの説明が欲しい。



「ああ、確かに伝説としてはそうなっているね」


 その疑問はもっともか、と説明する体勢になってくれる田神先生。


「まず簡潔に言うとその伝説はデタラメだ。伝説で語られている吸血鬼は死者が蘇るというものから来ているが、本来の吸血鬼は全く別物なんだ」


 伝説の吸血鬼はまだ医療が発達していない時代に、死者が蘇ったと勘違いしたことから来ている話なのだと。


 そして田神先生達のような本来の吸血鬼は、どちらかというと人間の変異体のようなものなんだそうだ。


「合っているところがあるとすれば、血を飲まなきゃならないというところと、身体能力が高いことくらいだな」


「あ、やっぱり血は吸うんですね?」


 まあ、“吸血”鬼というくらいだからそこは変わりないんだろうなとは思ったけれど……。



「一応言っておくが、吸血されただけで人間が吸血鬼になったりもしない。それに、昔はともかく今は吸われる側の同意がない場合の吸血は違法吸血行為となっている」


「違法吸血行為……」


「そうだ。ハンター協会に取り締まられているから、通常は何も知らない人間が吸血されるという事はない」


「ハンター協会……って、ハンターってつまり吸血鬼を狩る人達ってことですよね?」


「ああ、百数十年前までは実際に敵対していたな」


 首肯しゅこうする田神先生に、私は「今はどうなんですか?」と質問を重ねる。



「今はまあ、色々あって和解した形だ。いくつかルールが決められて、違反した吸血鬼をハンターが取り締まる。その代わりに、ハンター達は吸血鬼のサポートをしたり献血で血の提供をしたりと共生しているんだ」


「へぇ……」


 もはやそんな相槌しか打てない。


 理解の範疇を超えているし、何よりまだ本当に彼らが吸血鬼なのかを信じたわけじゃなかったから……。



 信じきれていない私に田神先生は苦笑気味に笑う。


「まあ信じられない気持ちも分かるが、今は説明を続けさせてもらおう」


「あ、はい」


 疑問は他にもあるんだ。

 とりあえず話を最後まで聞いてから判断しても良いだろうと思った。



「……この城山学園を知っている普通の人間は、ここはエリートの通う学園だと思っているみたいだけれど実際は違う。入学したいと受けても落とされるのは、単純に吸血鬼でもハンターでもないからなんだ」


 その説明には納得した。

 どんな優秀な人でも落とされるっていうのはそういう理由か、と。


 でもそれならそれで別の疑問が浮かんでくる。


「でも……あたしもお姉ちゃんも吸血鬼じゃないし、ハンターってのでもないと思うんですけど……」


 私も思った疑問を愛良が言ってくれた。


 吸血鬼でもハンターでもない。

 それは紛れもない事実。お母さんもお父さんも人間だし、普通の社会人だ。



 それに関しては田神先生も頷いてくれる。


「ああ、その通りだ。君たちは紛れもなく人間だよ。そしてハンターでもない」


 じゃあどうして城山学園に転入なんて話になったのか。

 どうして? と聞く前に、田神先生が続ける。


「ただし、我々吸血鬼にとってはとても特別な人間なんだ」

「え?」

「君たちは……いや、愛良さんは吸血鬼の花嫁なんだよ」

「……え?」


 もはや愛良も「え?」としか返すことが出来なくなった。



 いやだってそうでしょう?

 吸血鬼の“花嫁”って。何で嫁とかの話になる訳?



「厳密に言うと、愛良さんの血が特別なんだ。君の血を吸血鬼が飲むと多大な力を得ることが出来る。そして子を成すと、純血種に準じるほどの特別な吸血鬼が生まれる。そういう血なんだ」

「……」

「……」


 もうどこから突っ込めばいいのか……。



 血が特別ってのは良く分からないけれど、そういう物なんだと思えば話は分かる。


 特別だから吸血鬼が飲むと力が得られるってのもまあ何となく話だけは分かった。


 子供を産めばその子が特別な吸血鬼になるってのも血が関係しているからまだ分かる。



 分からないのは――。



「純血種って何ですか?」


 私の質問に、愛良の方を見て話していた田神先生がこちらを向く。

 その仕草が流し目の様で一瞬ドキリとした。



「純血種っていうのは、長い時を生きる原初げんしょの吸血鬼のことだよ。分かりやすく言うと、吸血鬼の歴史で初めの頃に出て来る種族ってところかな?」


「……はあ……」



 説明されてもやっぱりよく分からなかった。


 原初の吸血鬼というものがどう凄いのかも分からない。


 だから、その特別な吸血鬼が生まれるとか言うところもどう特別なのかサッパリだ。



 これは突き詰めて聞いても理解出来なさそう。

 スルーするべきかな。



 そう判断した私は別の質問をした。



「とりあえず、愛良の血が特別なんだってことは分かりました。でもそれとこの学園に転入するのとどう関係があるんですか?」


 一番大事なのはそこだ。

 こんなに急いで転入する必要があったんだろうか。



「一番の理由は吸血鬼の花嫁は吸血鬼に狙われるから、という事かな? 昨日や今日がそうだったように、愛良さんを攫って血を吸ったり子供を産ませようとしている吸血鬼は沢山いる」


 サラリと口にした言葉だったけれど、それはかなり卑劣なことじゃないんだろうか?


 だって、好き好んで血を吸われたいなんて思わないし、子供を産ませようとって……無理矢理そういうことをするってことでしょう?



 冗談じゃない!

 愛良をそんな目に遭わせるなんて絶対駄目!



 横に視線を向けると、愛良も同じように理解したんだろう。膝の上で拳を握り、少し青ざめているように見える。



 もしかすると、昨日や今日襲ってきた相手に何か言われたりされたりしたんじゃないだろうか。

 大丈夫何て言っていたけれど、それが真実とは限らない。


 私を安心させようとついた嘘かもしれないし。



 私は硬く握られたその手に自分の手を乗せる。


 無責任に大丈夫だよなんて言えないけれど、少しでも安心出来れば良いと思って。



 私の気持ちが通じたのか、少し拳を握る力が緩んだ気がした。



「愛良が吸血鬼に狙われるって言うなら、吸血鬼が沢山いるこの学園も危険だってことなんじゃないんですか?」


 軽く深呼吸をしてから慎重に質問する。



 今まで守ってくれていたんだから愛良が嫌がる様な真似はしないとは思うけれど、今さっき自分たちも吸血鬼だと宣言したのは田神先生だ。

 彼らも愛良をどうこうしようと思っている可能性はある。



 私の警戒も伝わったんだろう。


 田神先生は安心させるためか騙すためか、優しく微笑んで口を開いた。



「確かに学園内でも危険はある。でも閉ざされた場所だから守る側にとっては目が届きやすいし、何よりここにはハンターもいるからね」


 吸血鬼だけなら危ないかも知れないが、それを取り締まるハンターもいるから守りは多いだろうとのことだ。



 そこまで聞いて、さっきランドリー室で弓月先輩が言っていたことが理解出来た。


 V生には気を付けて。


 V生って、多分ヴァンパイア……吸血鬼の生徒ってことだ。

 そりゃ気を付けてって忠告するよね。



 弓月先輩はHのピンブローチを付けていたからハンターの卵って事か……。


 まだ何も知らない私達に忠告するくらいだ。

 守ってくれようとしているんだろう。



 顔も知らない人達を信用する気にはなれないけれど、少なくとも弓月先輩は良い人だと思った。


 田神先生の言っていることは嘘ではないんだろう。



 ……でも、田神先生達は?



 この学園に転入するよう話を持ってきた田神先生。そしてこの三日間護衛をしてくれた目の前の五人。


 彼らはハンターではなく吸血鬼だ。


 愛良を守る側ではなく、狙っている側の人達。



 そんな人達が何の見返りもなく愛良を守ってくれるの?

 彼らの思惑は?



「……」


 質問の仕方によっては敵になってしまうんじゃないかという不安があって、言葉が出てこない。


 無言で警戒心だけを募らせてしまう。



 そんな私達に、田神先生は警戒心を解くような優しい笑みを向けた。


「そんなに警戒しなくても、私達は君達を守る側だよ。今までのようにね」



 その言葉と微笑みに安堵の息をつこうとする前に、爆弾発言が投下される。


「だって、愛良さんにはこの五人の中の一人と結婚してもらうからね」

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