【No.1224】

石燕 鴎

天興6年5月28日(木)―序章―

Called in a book

 午後5時。もうすぐ定時だ。今日はかあっとルービーでも飲んで、撮りためたドラマを見てから風呂に入ろう。そんなことを考えながら俺は書庫に向かっている。


 ちょうど2日前、火曜日に一冊の「本」が隣町の図書館から廻ってきた。つゆ草色の装丁のその「本」は【No.1224】という。この「本」は、人を喰うらしい。「本」と我々が呼称している精神接続可能情報記録媒体が出現したのは、およそ70年前であったというが、【No.1224】がこの世に現れたのは30年ほど前である、と記録カードには書いてあったな。この30年間でおおよそ200人の潜本業の人間ダイバーが【No.1224】に精神接続ダイブして、行方不明になっているって館長が言ってた……気がする。潜本業ダイバーの資格保持者は現在15000人ほどだからなあ。それなりの人数が【No.1224】に喰われている計算だ。まぁ、今日はちょっと覗くだけだし、大丈夫だよな。俺がもし万が一、余白に呑まれてもあいつら・・・・がいるからきっと大丈夫だ。


 司書の女の子たちが重いってよく言う扉。この図書館も存外に古いし、書庫はすごくかびくさい。図書館の過ごした時間の匂いを感じながら俺は「本」の入った引き出しを開ける。行儀よく並んだ中性紙で作られている封筒の群のなかから目当ての本かのじょを探し出す。俺は封筒に書かれた記録を目でおう。

 【No.1224】、ページ数498頁、ジャンルは……恋愛青春小説。恋愛ものがなんで人を喰うんだか。セイシュンというものは10代から20代にかけて過ごす爽やかで甘酸っぱい感情を覚える時間であると俺は「本」から教わった。現実はそんなものなんてなかったけどね。まあ、セイシュンにかけて考えても仕方ないからなあ。脱線しちゃいけない。あらすじ……あらすじは……書いていないか。調査報告書も読んでみないとなあ。といっても、調査報告書はほぼ生き残った人の体験談だけど。これを読んでからじゃないと「本」の道筋ルートから外れてあぶないことになる。道筋ルートから外れればこの世に帰ってこれる可能性は歴戦の潜本士ダイバーたちでも……いや、よそう。マイナスの面を考えるのはよかねえからな。

 ……でも、読みてえなあ。ほんのちょっとだけ。3ページだけでもいい。この「本」が俺に語りかけている気がする。おいでおいでって。精神接続しなければ、大丈夫か。


 定時まであと5分。俺は少し【No.1224】かのじょに目を通そうと、ページを開いた。

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