第5話 結
「先生、助けて」
武は生まれて初めて望んで職員室にとびこんだ。
いつもはスーツ姿の大人が眉間にしわ寄せ怒号と加齢臭湧きだたせる職員室も今はかすかなワックスのにおいと、一人明日のテストのためキーボードをたたく音しか聞こえない。
「きどんっ」
武のクラスの担任をしている木戸義一先生。通称、きどん。いつもローテンションで教室に入るとどよーんとした雰囲気になるからそういうあだ名をつけられたお世辞にも人気のあるとは言えない先生だが、今の武にとってはどんな先生よりも頼りになる大人である。
「木戸先生、大変なんだ、変な奴が、目玉が、追いかけてきてるんだ」
耳元で必死に叫ぶ担任の生徒の声に木戸は
「カタッカタッカタッ」
キーボードをたたくことをやめなかった。
「おい、聞いてるのかよ、キドン。今はテストどころじゃないんだって、キドンっ」
キーボードをたたく音が止まることはない。
「た~け~し~く~ん。どこかな~、ここかな~」
ガランッ
「ひっ」
近くで扉の開く音がした。
「おい、キドンっ、キドンっ。俺の話を聞いてくれよ、キドンっ」
「う~ん、いないな~。お~い。だいじょ~ぶだよ。きみのともだちがぜったいきみをみつけてあげるからね~」
ガラン、ガラン、ガラン
徐々に大きくなるドアの開閉音。そしてついに
ガランッ
「っ」
職員室となりにある教室のドアが開かれた
「き、きどぉん」
ガガガガっ
きしむような音をあげて開かれていく職員室のドア。その先は暗闇で何も見えないが武の脳裏にはあの巨大な目玉が浮かんだ。赤く充血した目が武を射抜き、あの黒い手が武を暗闇の中へ引きずりこんでいく。
「あっ、あっ」
全身を暗闇の中へ引きずり込まれる感覚に立ち尽くす武。その肩についに手が置かれた。
「みいいいいいつけたぁ」
「う、うわあああああああああああ」
「え、え、え、え」
「な、なにごとですか」
突然の武の叫びに木戸はキーボードから手を放し、武の肩に手を置いた張本人は
「ごごごごごめん、ちょっとおどかすつもりだったんだ。まさかそんなにおどろくとは思わなくてぇ」
「へっ…………流川」
ちょっと涙目になっていた。
その後、夜遅くまで校舎に残っていた武と流川は木戸先生にこってり怒られ、二人一緒に帰ることになった。
「一体何だったんだよ、あいつは」
「あいつっ、て」
「いや、別に」
あれが流川の言っていたぼっちなのかそれとも名前が同じなだけで全く別のボッチなのか、結局あの謎の男の正体は最後までわからなかった。
それでも武はもう二度とあの男に会うことはないと確信していた。
「…………お前さ、魔法少女キラキラルン☆ルンって知ってるよ」
「きらきら、るんるんっ」
どうして篠原にすら言っていないことを今はまだ大して親しくない流川に突然暴露してしまったのか、武自身よくわからなかった。それでもなんとなく武はそうしたい、流川と何か一つ自分の好きなものを共有したいと思ったのだ。
「知ってる。僕いつも録画してみてるんだ」
「リアルタイムじゃ見ないのか」
「うん、僕の家、学校から結構遠くて」
「そうか、じゃあこんど一緒にうちで見ようぜ」
何気なく、を装った本気の誘いに流川はしばらくあっけにとられた。しばらくむず痒い時間が流れ、そして
「………………うんっ」
流川は満面の笑みで武の手を握った。
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