第18話 賞金稼ぎ その6


 アーリン達は順調に賞金を稼いでいた。

七体のゴブリン、一匹のヒュージワスプに続いて、ヘビーワームも四体ほど討ち取っている。

金額としては1万2000クラウンほどだから微々たるものではあるが、危なげなく仕事はできている。

どうやら俺の心配は老婆心ろうばしんだったようだ。


 午前中の仕事を終えたアーリン達は火を焚いて昼食にしていた。

俺の買ってきたソーセージを焚き火で焼いて食べるようだ。

脂が焚き火に落ちて、周囲に香ばしい香りをまき散らしている。


「う~ん、いい匂い。いっただきまーす!」


 ニナが大きな口を開けてソーセージを頬張った。


「美味しい! クラウスさんに感謝だね。アーリンだけじゃなくて私達にまでおすそ分けだなんて、さすがは年上彼氏だわ」

「ちょっと、油断しないでね。あえて匂いの強いものを焼いているのは、魔物をおびき出すためでもあるんだから」

「わかってるって。アーリンも早く食べてみなよ。すごく美味しいから」


 アーリンはニナを注意しながらも、一口食べて幸せそうな顔をしている。


 一方、俺はといえば昼食のことをすっかり失念していた。

朝市でアホみたいに大量の食材を買ったのに、空腹に悩まされるとは我ながらバカバカしい。

アーリン達が楽しそうに食事をしているのを見ながら、俺は魔法で作り出した水を飲んで飢えをしのいだ。


 だが、そのおかげで俺の嗅覚はさらに鋭敏になっていたようだ。

俺は焚き火に近づくドブ溜めのような悪臭をかなり早い段階で嗅ぎ取っていた。

この臭いはおそらく――。


 彼女たちから離れて森の中を進むと、予想通り1体の魔物を発見した。

そいつは4メートル近い巨体でずるずると歩き、ときどき顔を空中に上げてフゴフゴと匂いを嗅いでいた。

おそらくソーセージの匂いの出所を探っているのだろう。

手には丸太のように太いこん棒を持った裸体の二足歩行種。

まさしくトロルだった。


 そういえば何日か前に、東の森でトロルに襲われた患者を治療したな。

ひょっとしたらこいつに襲われたのかもしれない。

だとしたらあの患者の傷がひどかったのもうなずける。

目の前のトロルは筋骨隆々きんこつりゅうりゅうで、かなり力がありそうだ。

一見動きは鈍そうにも見えるけど、戦闘になれば驚異的な突進力を見せるのがトロルである。


 トロルはよだれを垂らしながらアーリン達の方向へと歩いていく。

彼女たちはソーセージの匂いで魔物をおびき寄せようとしたのだが、予想外の大物がかかってしまったようだ。

こいつはベテラン賞金稼ぎでも逃げ出す強力な魔物だが、大丈夫なのだろうか? 

いちおう手を打っておくとしよう……。


 俺は懐から鉄製の注射器というものを取り出した。

これは俺が考案した医療器具で、薬品を皮下に直接注入することができる道具だ。

まだ実験段階なのだが、ゆくゆくは魔導改造を行う際に麻酔薬をこれで注入しようと考えていた。


 実用にはもう少し針を細くしないとダメなのだが、その腕を持つ鍛冶職人は町にいない。

いずれ王都へでもいったら腕のいいドワーフでも探そうと思っている。

今あるのは針が太すぎるのだが、トロル相手ならこれでも役に立つだろう。


 俺は小瓶に入った麻酔薬を注射器で吸い上げる。

毒でも打ち込んだ方がことは早いのだけど、狩るのはアーリンにやってもらわなければ意味がない。

注射器を構えて、気配を消しながらトロルの背後へと忍び寄る。

ワーウルフは陰に隠れるのが得意だ。

月影ならさらに万全だが、昼間の森でも気配は消せる。

音もなく忍び寄り、トロルの首に針を打ち込んで、即座にその場を離れた。


ズシン、ズシン、ズシン


 足音を立てながらトロルは歩き続ける。


「んが?」


 二拍ほど遅れて、トロルは違和感を覚えたように首へ手をやった。

きっと痛覚が鈍すぎて、針の痛みをほとんど感じなかったのだな。

俺に麻酔を打たれたことなど、蚊に刺されたくらいの感覚なのだろう。


 問題は麻酔が効くかどうかだが、いまのところトロルはいたって普通に見える。

人間を昏倒こんとうさせる分量くらいじゃ足りなかったか? 

だけど、倒れてしまうくらい打つというのも考え物だ。

ここでトロルが気を失ってしまった場合、アーリン達が見つけられないということも考えられるのだ。


 麻酔薬をもう一本だけ打とうかと考えていると、目の前のトロルが右によろけた。

たたらを踏みながら、何とか転ばずにとどまっている。


「んがああ?」


 鈍いこいつも異変に気付いたようで、ガシガシと自分の頭を揉んで正気を保とうとしていた。

そして、また歩き出すのだが、今度は左へふらふら、右へふらふらと酔っ払いのように千鳥足になっている。

 よしよし、いい感じに薬が効いてきたな。

こちらの目論見通りだ。

あと500メートルも歩けばアーリン達のいるところへたどり着くはずだから、それまで頑張れ。


 トロルは何とか持ちこたえ、ソーセージの匂いを頼りに歩き、ついに罠のところまでやってきた。

しかも、うまい具合に括り罠に足を突っ込んでいる。

輪になったワイヤーに足を突っ込んだ瞬間にばねの力でワイヤーが締まってトロルの足を捕まえた。

本当は逆さづりにするしかけなのだが、トロルの体が重すぎてそこまでには至ってない。

だが、トロルは大きくバランスを崩して地面に倒れこんだ。


「トロル!!」


 ニナが小さな叫び声をあげる。


「早く攻撃を!」


 アーリンの指示に、三人は弓矢で一斉攻撃するが、固い皮膚をわずかに傷つけるばかりだ。


「ヒュージワスプの毒を使いましょう!」


 アーリンが先ほど回収したばかりの毒に矢じりを浸し、他の二人もそれに倣った。だが、トロルはすでに態勢を起こし、飛来する矢をこん棒で撃ち落とす。


「無理だわ、撤退しよう!」


 ワイヤーの根元を今にも引きちぎりそうなトロルをみてメルトアが叫ぶ。


「まだよ! よく見て、あのトロルはどこかおかしい。さっきからフラフラしているもの。もう一押しよ!」


 さすがはアーリン、よく見ている。


「もう一度、左右に展開して同時に矢を射かけるわよ」

「わかった」


 三人は毒矢を使って、三方からの同時攻撃を仕掛ける。

正面のアーリン、右のメルトアの矢は防がれてしまったが、左から放たれたニナの矢がトロルの肩を捕えた。

矢は肩口を浅く傷つけただけだが、時間と共にトロルは痛みに顔をしかめる。

ヒュージワスプの毒が効いているのだ。

ヒュージワスプの神経毒は即効性がある。


「私が囮になるから攻撃を続けて! メルトアは後ろに回り込んで!」


 アーリンはトロルの意識を自分に向けさせようと正面から接近する。

俺としては気が気でないが、今はアーリンを信じて見守ることにした。


 トロルはアーリンを目下の敵として巨大なこん棒を振るい、アーリンは防御と回避に専念する。

そして、他の二人は矢を射続ける。

合計24本の矢がトロルを傷つけたとき、トロルが大きく呻いた。

それは苦痛を呪う怨嗟えんさのさけびだった。


「うがああああああっ!」


 叫びながらトロルが片膝をつくと、周囲に地響きが起こった。

口臭がひどく、少し離れた場所にいる俺のところまで臭ってくるほどだ。

こん棒を杖代わりにしてなんとか倒れないでいるが、もはや体力は残っていないだろう。

あとはとどめを刺すだけなのだが、チーム・パルサーの矢も尽きてしまったようだ。

残っているのはアーリンが持つ一本だけだ。


「任せて」


 アーリンは最後の矢を毒に浸しなおす。

黄色い毒液をしたたらせながら、矢がゆっくりとつがえられた。

そして、その態勢のままアーリンは風魔法を展開する。

動けなくなったトロルに必殺の一撃を浴びせるのだろう。


 ひゅーひゅーと風が集まりアーリンの服がたなびく。

そして無音の発声とともに打ち出された矢は激しい追い風を受けてトロルの眉間へと突き刺さった。


「があああああっ!!!!」


 たまらずに大地へもんどりうつトロルはしばらく苦しみにもがいていたが、やがて痙攣けいれんしながら息を引き取った。


 三人の女の子たちは弓を捨て、剣を抜いた。


「死んでるのかな?」

「気を抜かないで、ニナ」


 アーリンが切っ先でトロルをつつくが、もうピクリとも動かない。


「とどめを刺すわ」


 アーリンの剣がトロルの首を切り、大量の血が大地に染み込んでいく。それと同時にアーリンはへなへなと地上にお尻をつき、メルトアが勝利の叫びをあげた。


「20万クラウン、討ち取ったり! 20万、20万よっ! 信じられる!?」


 ニナも大喜びだ。


「これで今月の家賃が払えるわ。しかも貯金まで! いやったぁ!」


 三人はトロルという強敵を倒して大喜びしている。


「油断をしないで、周囲を警戒して。こんなときこそ気を引き締めなきゃ」


 ようやく起き上がったアーリンが二人を注意したが、その顔には喜びがあふれていた。


「矢も撃ち尽くしちゃったし、今日はここまでにしない?」


 ニナの提案に、アーリンもメルトアも同意する。


「そうね、魔結晶と討伐の証を取ったら帰還しましょう。ニナとメルトアは周囲を警戒しながら矢を回収して」

「了解! 街へ帰って換金したら、買い物にでも行こうよ」

「いいね、私は彼氏のために精のつくものを買ってあげようかな。大王スッポンの肉とか!」

「うわあ、メルトアってば、めっちゃやる気じゃん。今夜は寝かさないつもり?」


 大王スッポンは精力剤として珍重される食材だな。


「あれは普通にスープにしても美味しいんだよ。アーリンとニナにも特別レシピを教えてあげる。彼氏が変身しちゃうよ」

「もう、バカなことばっかり言ってないで、早く回収してよ」


 三人は嬉しそうに撤収準備にかかっている。

弾むような三人の姿は、陰から見守る俺の気持ちまで浮き立たせてくれた。


 こうしてみると、俺の助けなんてなくても彼女たちはトロルを討伐できていたかもしれない。

手を貸すなんていうのは余計なことだったかな? 

次回からはもっと落ち着いて見守った方がアーリンのためになると反省した。

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