第13話 賞金稼ぎ その1


 アーリンの復帰は三日後に決まった。

それまではやることもないので、俺は惰性だせいのように今日も診療所へ向かう。

細胞移植を伴う治療はするけど、あからさまな能力アップを狙った魔導改造はやめることにしている。

もちろん性的な対価を受け取ることもしない。

自分でも驚くほどアーリンに操を立てている。

彼女とはキスはおろか、手を繋いだこともないというのにだ。


 午前に一件、午後に二件ほど急患があった。

どちらも負傷した賞金稼ぎの治療だ。

ゴブリンの肉片を移植した治療にとどめる。

もちろん料金はきっちりともらった。

女と付き合ったからと言って、ボランティアを始める理由にはならない。


 夕方になり、そろそろ診療所を閉めようというときになって、さらにもう一人の患者が運ばれてきた。

本日も商売繁盛しょうばいはんじょうである。


「ドレイク先生、頼んます!」


 常連の賞金稼ぎであるチーム・ベベルが慣れた手つきで、患者を寝台に寝かせた。


「傷は胸のところだけか?」

「はい。東の森でトロルに遭遇しちまって、こん棒がかすっちまいました」


 トロルのこん棒は丸太ほどの重量があるので、かすった程度でも重症になるのだ。

患者の胸はひどい擦過傷さっかしょうを負っていて、どうやら鎖骨も折れているようだった。


「運が良かったな。あと1センチ傷が深かったら助からなかったぞ」

「もう、必死でしたよ」

「トロルはどうした?」

「ありゃあ、俺達には無理だ。悔しいけど逃げ出してきたんです」


 大型のトロルともなると、なまなかな賞金稼ぎでは討ち取れない。

よほど実力があるか、罠に誘い込まなければ無理だろう。


 冷凍ストックされたゴブリンの肉と骨を使い、さっそく移植手術をした。

負傷してからの時間が短かったことと、俺の腕が良かったせいで、患者は命を取り留めている。


「もういいだろう。三日後に経過を見せに来い。……あ~、その日はいないから、他の改造医か治癒師に診てもらえ」

「え? いないってどういうことですか?」


 アーリンが心配だから陰ながら見守りに行くとは言えない。


野暮用やぼようだ」

「先生に診てもらいたいですよ。治癒師は法外な値段を取るし、魔導改造の術後経過なんて診てくれません」

「だったら五日後に来い。あと料金は8万クラウンだ」

「5万じゃないんですか?」

「鎖骨が折れていたから、その分だよ」


 賞金稼ぎはしぶしぶといった感じで銀貨を懐から取り出す。


「ところで、そっちの男も負傷しているんじゃないのか? かなり具合が悪そうだが」


 俺は隅の方で油汗を流している男に目を止めた。

痩せて背の高い男だが、オドオドとした表情をしている。

武器は身に着けておらず、樫の棒を持っているだけだ。

たしか賞金稼ぎたちにウスノロとバカにされる荷物持ちだったはずだ。


「こいつは俺たちのメンバーじゃねえ、ただのポーターですよ。手当をしてもらうんなら、治療費は自分で出しな。それからお前は今日限りでクビだ。まともに歩けないポーターなんて足手まといだからな」


 賞金稼ぎたちはポーターを置いて出ていってしまった。

ウスノロと呼ばれていた男も、俺に一礼して出ていこうとする。


「待て」

「な、な、な、なんですか?」


 オドオドとした態度が人をイライラさせる奴だ。

だが、目の前でチームをクビになった男に、つい昔の自分を重ねてしまった。

使えなくなったら切り捨てるのが奴らの常道だ。

仕方がないとはいえ、切り捨てられる方はたまったもんじゃない。


「傷を見せてみろ」

「お、俺、か、か、金を持ってない」

「いいから見せろ。アンタ、名前は?」

「ウレタロ……」


 ウレタロだからウスノロか? 

安易なあだ名をつけられたな……。

俺はウレタロを診察台に座らせた。


「だいぶ腫れているな。どうした?」

「ト、トロルに襲われて逃げ出すときに、足をくじいて……俺、左目がよく見えない……」


 足首に巻いてあるのは服の袖だ。

左腕の袖なしシャツを着ているところを見ると、自分で引きちぎって巻いたのだろう。

目を見ると白く濁っていた。


「ペリル軟膏すら塗ってもらってないのか」

「お、俺、役立たずだから」

「とりあえず冷やすのが効果的だぞ。水魔法か氷冷魔法はできるか?」


 ウレタロは力なく首を横に振る。


「魔法はほとんど使えないから……」


 なるほど、魔法が使えればポーターではなく賞金稼ぎになっているだろう。

腕っ節も弱く、特殊な能力がないとなると、あまり稼げないポーターになるしかない。

攻撃魔法が得意な人間は全体の25%くらいだ。


 魔法でゆっくりと患部を冷やしてやり、添え木で固定した。


「痛みが引くまで杖をつくんだぞ。寝る前にこの軟膏を塗れ」

「俺、金が……」

「今日は特別サービスでただにしてやる。だが、他の人間にこのことは絶対に言うなよ」


 ただで治療をしたなんてことが広まればろくなことにならないだろう。

ウレタロはウンウンと何度も頷いて了解の意を示した。

この分なら他言はしないか……。


「それから、とうぶん仕事は休めよ。二度と歩けなくなるからな」

「でも……」


 ポーターは食い詰め者が多い。

給金が低いので食うや食わずの生活なのだ。

仕事に出なければこいつは飯を食うことすらできなくなる。

その場合は足の回復は遅れるだろうし、回復してもまともに働けるとは思えない。


 俺はウレタロを見て頭を掻きむしる。

余計なことに首を突っ込んだせいで、厄介なことになった。

他人の人生に関わるなんてことはするべきじゃなかったんだ。

だが、このまま放りだすのも、やはり気が引けた。

何をやっているんだろうな、俺……。


俺はウレタロに銀貨を一枚渡した。


「とりあえずそれで食いつなげ。一週間くらいなら何とかなるだろう」

「な、え、どうして?」

「ただでやるわけじゃないぞ。足が治ったらポーターの仕事を頼むから、料金の先渡しだ」

「は、はい! 必ず先生のお役に立ちます! あ、ありがとうございます」


 どうせ賞金稼ぎに戻ればポーターは必要になるのだ。

そう考えれば、くだらない偽善も自己正当化できる気がする。

ウレタロの住所を聞いて、後日連絡すると伝えて送り出した。

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