第54話


「お父様……どういうことか、説明していただけますか?」


剣聖ララフは、目の前の少年を父と呼んだ。

それはこの少年、アルのとんでもない剣技を目にしたからだ。


「う……もう言い逃れはできないね。ララフ、大きくなったね。会えてうれしいよ……って、う!」


アルが声を上げたのも無理はない。

ララフによって、これ以上ないくらいきつく抱きしめられたからだ。

しかも、本来アルが享受できるはずの、ララフの豊満な胸は、今は堅いプレートに覆われている。

そのため、アルは鉄の塊に押しつぶされる。


「く、くるしいよ……」


「す、すみません……でも、やっと会えました。私が幼いころに、なくなってしまって以来……会いとうございました!」


ララフはまるで子供のように涙する。

無理もない。彼女にとって、記憶の中の父などほぼ無に等しく、伝説上で語られるエルフォ・エルドエルの雄姿だけが想像するすべてだったのだ。

数十年を超えた再会に、ララフもアルも感動する。


だがそれを喜んでばかりもいられない。


「アル・バーナモントくん。今すぐ職員室に来なさい」


教師が寄ってきて、アルにそう告げたのだ。

理由はもちろん――。





場所は移動して、職員室――。

もちろん剣聖ララフも事情聴取のため同行した。


「グリシャ・グリモエルを殺害した罪、どれほどかわかっているのだろうね?」


グリシャ・グリモエル――理事長の孫にして、この学校の生徒。

先ほど、邪剣マグダウェルに魂を喰われ、アルによって切り伏せられた次第だ。


「お言葉ですが、彼はもう助かりませんでしたよ? 邪剣マグダウェルに喰われては、手の施しようがない。それに、あのままの彼を放っておけと? あのままでは、確実に犠牲者がでましたよ?」


アルは反論する。

しかし、彼ら教師に理屈は通じない。


「そういうことではないのだ。君は理事長の孫を殺した。わかるね?」


「はい……」


アルは仕方なく、反論をあきらめる。

しかし、ララフがそこに抗議を申し立てた。


「ちょっと、それっておかしくありませんか?」


「剣聖殿、学内のことに口を出されては困るのですよ……」


「私もこの学校の出資者ですけど……?」


「そうは言われましても……相手はあの理事長ですからねぇ……」


話し合いは膠着状態に陥り、処分は後日言い渡されることとなった。


「こんなのおかしいわ……! ねえお父様……」


「まあ、そんなこと言っても仕方ないよ……。とにかく、生徒のみんなを守れてよかった」


「まあ、そうですね……」





「アル君、君の処分が決まったよ。君は退学だ。それと、理事長は君の顔も見たくないそうだ。わかったら、さっさと学園を去ってくれるかな?」


「そんな……!? お父様……じゃなかった、アル君もなにか言い返さないの!?」


ララフだけがそう騒ぐも、アルは黙ったままだ。


「なにを勘違いされているのです? 剣聖ララフ殿、あなたも同様ですよ?」


されど教師は、冷淡な声で告げる。


「は?」


「理事長はあなたも同罪と判断されたのです。さっさと立ち去ってください。あなたの出資はもういりません。今後一切、学校としては剣聖とのやりとりを拒絶します」


「そんな勝手な……」


どんな言い分も通らず、アルとララフは仕方なく、学校を後にした。


「こんなことって……」


「まあ、仕方ないよ。なるようになるさ」





この話は、すぐに町中、いや、国中に広まった。

小さき英雄アル・バーナモントと、剣聖ララフ・エルドエルが理事長から追放を言い渡されたこと……。

その原因が、理事長の孫の暴走によること……。


それは、王の耳にまでとどろいた――。


「なんという酷い事件だ……! 許せない……!」


王はその重い腰を持ち上げ、学校へと向かった。





「この学校は、生徒を邪剣から救った英雄を、退学処分にするのか……?」


「あ、あなたは……!? 王!?」


理事長のもとへ現れたのは、他でもないこの国の王だった。


「す、すみません……そんなつもりは……」


「いい訳はいい! 今すぐアル君と剣聖様を連れ戻せ! そしてお前は理事長をクビだ!」


「ひ、ひぃ!」


こうして、王の一声で、理不尽は覆され、アルは復学を許されたのだった。





「なんだかわからないけど、よかったよ」


「ほんとよ、一時はどうなるかと思ったわ……」


アルとミュレットは、小声で雑談をしていた。

生徒たちはみな、集会用の講堂に集められている。


「でも、理事長はクビみたいだね……」


「おかしな話ね。でも、次の理事長はいったい、誰になるのかしら……」


「そうだね……」


集会が始まると、それまで騒がしかった生徒たちも、みな壇上に注目する。

それだけ、新しい理事長について、興味津々なのだ。


「えーでは、新しい理事長を紹介します」


――ゴクリ。


会場が一瞬、静まり返る。


「あ、あれは……!? まさか……!?」


そう、壇上に現れたのは――。



「私が新しい理事長の、ララフ・エルドエルだ。よろしくたのむ」



ララフは、壇上から、講堂内にいるアルに、ウインクで合図を送るのだった。


「とんでもないことになっちゃったな……やれやれ……」


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