第20話 工房にて


 アルとミュレットはカイドに連れられ、街一番の工房に来ていた。


 カイドは旅の商人であるので、決まった工房を持たない。その代わりにあらゆる街の職人に顔が利く。物資の優先権や情報の売り買いで、彼はそれに値するだけの信用を得ていたのだ。


 頑固で昔気質な工房の親父たちも、カイドの顔をみるとみな手を休めて歓迎する。


「ここは俺の取引先の工房の中でも、一番モノが揃ってるんだ。ここなら作れねえものはないぜ。まあ払いにもよるが……」


 そう言ってカイドはアルを見やる。


 アルは今の今までお金のことを失念していた。とてもいますぐオーダーメイドの杖を作るのに必要な費用は支払えない。


 だがカイドが注目したのはアル本人ではなくアルの腰にさしてある剣聖のレプリカだった。


 剣聖エルフォの剣――エルマキドゥクス。そのレプリカ。


 それにアルの持っている一品はレプリカの中でもかなり精巧な作りのものだ。貴重な品をやりとりしている商人にとっては、見逃せない品だった。


「あ、これですか? これならいいですよ?」


 アルはそれに気づくやいなやエルマキドゥクスをカイドへと手渡した。


「いいのか? これは君にとって大切な品なんじゃないのか? 君は小さくとも剣士なんだろう? それに、こんなに精巧なエルマキドゥクスのレプリカとなれば相当に貴重なはずだが……」


 ミュレットも、


「そうよ! アルは剣士なんだから、これはこれからも必要だわ」


 と驚いている。


 しかしアルはそんなことは気にも留めない。


「いや、僕が極めたいと思っているのは剣ではなく魔法なので……。杖さえあればもうこれは要らないかな……。もともと僕の物ってわけでもないし……」


 そう、アルにとっては魔法こそが興味の対象なのだ。すでに極めた剣の道にはもはや未練はない。


「まあ、君がそういうなら……」


 アルがあまりにあっさり剣を手放したので、カイドも驚きつつ受け取る。


「その剣だけで足りますかね……?」


「ああ、十分だよ。これほどの物は俺でもなかなか目にしたことがない……。おつりがくるくらいさ」


「よかった……」


「それじゃあ、細かい設計について詰めていこうか。こっちへ座ってゆっくり話そうじゃないか」


 カイドは工房奥の机に座るよう促した。


 アルとカイドがあれこれアイデアを出し合うあいだ、ミュレットはそれを退屈そうに眺めている。


「まず、魔力のない人間でも使えるように……だったね?」


 カイドが改めて問いかける。


「はい、隠したままだといろいろと弊害があるかもしれないのでお話しします。僕は実際、魔力が全くといってないんですよ。あ、このことはここだけの話にしておいてくださいね」


 アルはミュレットと繋いでいた手を放す。


 するとアルを覆っていた魔力はなりを潜め、彼の身体は大気に無防備に晒される。


「これは驚いた……! まさかとは思っていたけど……まさか、本当に君自身がそうだとはね……」


 ミュレットが心配そうに二人の様子をうかがう。まさかカイドがアルを迫害するとは思わなかったが、それでも彼女にとって気がかりなことに違いなかった。


「カイドさん、僕を気持ち悪いとおもいますか……?」


 アルもあきらめ半分、ダメもとで、悲しそうな目でカイドに問う。


「まさか! そんなはずはないよ……。少し驚いただけだ。俺には君をどうこうしようなんて気はないから安心してくれ。それに、商人ってやつは支払いさえ確かなら、絶対に裏切ったりしない人種だ。俺以外の同業者にも話しても大丈夫だとは思うぜ。ここじゃ誰もそんなことで迫害したりしない……」


 貴族などは面子などの問題でそういったことを過剰に気にするきらいがあるが、商人たちにとってはそんなこととるに足りないことのようだった。


 あっけなく受け入れられて、アルは若干拍子抜けした。


「それはよかったです……。僕が生まれ育ったところでは、まず間違いなく迫害されてましたから……」


「まあ土地によってそのへんはさまざまかもな……」


 打ち明け話も済んだところで、話し合いは杖の設計談議に戻る。


「とにかく、魔力をどこか外部に保存して使えないかなと思うんです……」


「ふむふむ……なかなか面白い考えだね」


「魔力はミュレットに定期的に補充してもらう感じで……」


 アルはちらっとミュレットを見やる。


 ミュレットは先ほどまでとは打って変わって目を輝かせて嬉しそうに同意する。またアルの力になることができて、ミュレットは満たされる。


「なるほど、それじゃあ魔力を保存するために大きめの水晶を用意して、杖に取り付けよう」


 魔力を保存しておけるような特殊な水晶となると、かなり高価なものとなるが、それでもアルの支払った対価で十分足りるそうだ。


「でも、魔力は外部に用意するとしても……アル君はおそらく魔法を組み立てることができない……」


 そのことはアルも承知していた。


 魔力が身体に宿っていないということは、それを操る器官も存在しないということになる。


 彼が自分の力で魔法を行使することは、そもそもがどだい不可能なことなのだった。


 人間に赤外線を目視しろというようなものだ。あるいはドラゴンでもないただのトカゲに、火薬だけを与え、火を吹いてみせろというようなものか。


「ええ、ですから、魔法の術式自体も外部に用意しようと思いまして……」


「ほう……」


 カイドも初めての試みに興味深そうに話を聞いている。


 魔力を外部に用意するという発想自体は、これまでにもないものではなかった。アルほど極端ではないにしろ、生まれつき魔力量が人より少ない者もいるわけだし……、そういう人のための補助としてなら、水晶を駆使した杖というのは珍しくはない。


 だがまともな魔術師であれば杖の性能は、その魔法の威力を高めるのに特化したものになるし、前述のような杖はあまり一般的ではないのだ。


 まして術式自体を外部に用意するなんていう発想はアル以外に思いつきもしなかった。なにせ他の人間からすればそのようなことはまったく必要がないのだから。


「つまり……僕が魔法を行使するのではなくて、杖に魔法を発動させるんです」


「……」


 あまりに飛躍した発想にカイドは言葉が出ない。おそらくその感覚はこういうものだろう。例えば数世紀先の未来からやってきた人間に、いきなり最先端の技術について説明されても、パッとイメージが湧かないのと同じだ。仕組みの前提からして違うのだ。


 要領を得ないという表情のカイドに、アルは必死に説明する。


「いいですか……、まずこれは僕の祖父の蔵書にあったことなんですけど……」


 と前置いて、


「太古の昔では、魔法を使うのに逐一魔法陣なるものを描いていたそうなんです」


「ああ、それは知っている。学校でも習うしな……」


「あ、そうなんですか……」


 アルは学校でそのようなことを学んだことはなかった。今世についてはずっと家にいたわけだし、前世にかんしても剣のことばかりで魔法にはとんと疎かった。


「まあとにかく、今の人はみんなそれを無意識に、感覚でやっているんですよ。今一般に使われている言語に、魔法陣と大体同じような意味が含まれてますからね……。現代人からすれば、考え、イメージすることがそのまま魔法として結果につながるんです」


「じゃあ、私たちは昔の人より魔法が得意ってこと……?」


 ミュレットがそう言いながらなんなく指先に火を灯してみせる。


 現代人にとってはこのくらい、造作もないことなのだ。だれも魔法陣の描き方すら知らない。まさに失われた太古の技術と言えるだろう。そしてそれはときに、未来の技術にも勝る。


「そうなるね……」


「じゃあ魔法陣なんて意味ないんじゃないの……?」


「それがそうでもないんだ……。いいかい? 魔法陣の利点というのは、そこに魔力が流れさえすれば・・・・・・・・・・・・・勝手に発動する・・・・・・・ことにあるんだ」


「へぇ……つまり……」


「そう、つまり先に魔法陣を描いておいて、後から発動させたりすることができるんだよ。まるで罠や仕掛けのようにね」


 アルの驚くべき提案に、カイドはしばらく考え込んだあと、


「確かに、魔法陣を使えれば杖自体に魔法を発動させる効果を持たせることができるかもしれないな……」


 すでに彼の頭の中では数々の構想が練られていることだろう。職人の血が騒ぐというやつだ。


「だがしかし、よくそんなことを知っていたな……まだこんなに小さいのに」


 カイドはアルの小さな頭をくしゃくしゃ撫でた。


「祖父が物好きな人だったみたいで……実家にたくさんそういったマニアックな本があったんですよ。僕は前から魔法に興味はありましたから、いつか機会があればと思っていろいろ調べたり考えたりしていたんです。カイドさんに出会えて本当によかった……。一生実現できないかもしれないとまで思ってましたから……」


「まあまだ作れると決まった訳ではないがな……」


 カイドは照れくさそうに笑う。


 そう、まだ問題は他にもあるのだ。


「予算のほうは例の剣で事足りるが、問題はその魔法陣だ。いまどき、そんなけったいなものを扱える人物なんていやしないぞ? 高名な魔法使いでも理解できるかどうか……。それこそ大学の考古学者とかじゃないとわからないんじゃないか……?」


 カイドの言う通り、それはもはや失われた技術だった。


「それは大丈夫です。簡単な魔法陣なら祖父の本にも少しの記述はあったので……」


 そう言ってアルはなにか書くものを要求した。


 そして受け取るやいなやなにやら図形を描き始めた。


「これは火を表す文字……」


 二重の円形に描かれた魔法陣の土台の中に、三角の図形を配置する。


「そしてこれは放出を表す記述……」


 次にさきほどの三角の反対側に矢印のようなマークを描く。


 そういった調子である一定の法則に従って淡々と記述をこなすアル。それを周りが食い入るように見守る。いつしか工房にいた複数人の職人がテーブルを取り囲んでいた。


 そして古文書や博物館でだれもが一度は目にしたことのあるようないかにもな魔法陣が完成した。


「おおお……なんだか見たことあるような気がする……」


「書いてあることはよくわからないけど、確かに本物の魔法陣が描けているに違いないな……」


 みな魔法陣についての詳しい知識などはなかったが、それがデタラメではなく間違いなくホンモノであることは一目瞭然だった。それほどアルの記憶していた本の知識は正確だった。


「実はこれはごく簡単な法則に従って導けるものなんです……。数学と一緒で……まあ簡単といってもいろいろコツはありますが……。とにかく、魔法陣とは失われた技術なんかじゃなくて、ちょっとした工夫で復活させられるものなんです!」


 アルはみんなに自慢げに魔法陣が描かれた紙を見せびらかした。


 カイドはしばらく考えたのち、


「まあ待て、それじゃあその魔法陣が本当に実行できるのか試してみようじゃないか……」


 と言ってアルとミュレットを工房から引っ張り出した。

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