第8話 涙
村人たちとアルは、倒した盗賊たちを縛り上げていた。
盗賊たちは木に巻き付けられて、逃げられないようになっている。
「くっそぉ……俺たちがこんなガキ一人にやられるなんて……」
「それにしてもアイツ……遅いですね……」
「お、来たぞ……!」
盗賊たちの会話で、アルも視線をそちらへ移す。
森の暗闇の中から、熊のような大男がのっしのっしと歩いてくるではないか。
大男は、縛られた仲間を見るなり、
「がっはっは、オマエタチ、無様にやられちまったのか……?オレがあっちでヤってる間に……?」
とあざ笑う。
熊男の手には、女性の生首――おそらく村の住人と思われる――が握られていた。
それを目にして、アルの怒りがふつふつと湧いてくる。それと同時に申し訳なさに襲われる。助けに来るのが遅かった……。もちろんこの村のことなど、森を彷徨っていたアルには知る由もないので、アルになんの責任もないのだが、それでも後ろめたい気持ちを持たざるを得なかった。
「そんな……ロアンティーヌ……ひどい……!」
村人たちも泣いたり、怒りの言葉を口にしたりと、それぞれに反応をみせた。
「この娘、ロアンティーヌってーのか……あんまり暴れるもんだから名前を聞く前に、殺しちまったよ……反応がねぇーってのはつまんねーもんだけど、なかなかいい締りだったぜ……」
熊男が煽るように言った。
(とんだゲス野郎が登場したな……)
「……で、俺の仲間たちをこんな目にあわせたのは、どこのどいつかな……?さっきはそんな腕の立つ奴はいなかったようだが……いったいどこから現れた……?」
熊男は村人たちに目線をやって、舐めるように物色した。
「アディ、そいつだ……!そのいちばんちいせえガキんちょだ……!」
「なんだぁ……?お前ら、こんなガキにやられちまったってゆーのかよ!なっさけねぇなぁ……!がっはっは」
熊男――アディは、アルを見つけるやいなや、見下したふうに笑った。
「そいつはただのガキじゃねぇ!剣を振るスピードが、恐ろしく速いんだ!」
「そうかいそうかい。まあ俺には関係ないがねぇ……俺はそこに縛られている下っ端たちとは違って、魔力を自在に剣に込めることができる――魔剣士さ。あいつらとおなじようにいくとは思っちゃいけねぇぜ?
お嬢ちゃんと呼ばれ、アルはカチンときた。
(なぁにが魔剣士だ……教育を受けた剣士であれば、魔力を剣に込めるなんてあたりまえにやってることだっつーの、この田舎モンが……)
「じゃあその自慢の剣を見せてもらおうか……!」
アルは地面を力強く蹴って、アディの懐めがけて一直線に斬り込んだ。
「おおっと……そんな見え見えの攻撃、通用しないぜ?
アルの攻撃は、なんとアディの剣に弾かれてしまった。
(やはりな……さっきまでの敵は、剣に魔力を込めるということをしなかったが……こいつは確かに苦労しそうだ……)
魔力を持たないアルの攻撃では、いくら強く剣を振ろうが、魔力障壁を纏った剣に弾かれてしまう。
「次はオレの番だ……魔剣士の一撃に耐えられるかな……?」
アディがその巨体から、強烈な一振りを繰り出す。
その剣には魔力がなみなみ注がれ、通常の剣ではありえない威力となっている。
「……だが……」
アルはそれを避けるでもなく、聖剣エルマキドゥクスで受け止めた。
「なにぃ……!?」
アルのまさかの行動に、アディも敵ながら驚きを隠せない。
魔力を纏った剣を、そうでない剣で受け止めるなど正気の沙汰ではなかった。そんなことをしては、すぐに刀身が折れてしまう。
だがそうはならず。
アルはエルマキドゥクスを相手の剣に沿わせて、そのまま横に薙ぎ払った。
するとどうだろう、アディの刀身に帯びていた魔力が、それに合わせて空中へ霧散した。
「……な!?ガキぃ!!!きさま今俺の剣に何をしたァ!?」
「いや……剣についてた魔力を祓っただけだけど……?というかこのくらいの受け流し技術、学校で習うと思うんだけどなぁ……?習わなかった?あ、そっかぁ盗賊だもんね……?習うわけないよねぇ……?盗賊ってのは学がなくていけねぇや……」
アルはさっきのお返しとばかりに、嫌みたっぷりに挑発した。
「ぐぬぬ……」
ぐうの音もでないアディは、唸るしかなかった。アディのような盗賊に、学校で剣術を習った過去など、あろうはずもなかった。せいぜい盗賊の親分に指導してもらったとか、村の達人に師事したとか、その程度のことだろう。
「オレの剣を見切ったところで、いい気になるなよ!まだ終わりじゃねえぜ!」
アディの怒りの剣が、アルを襲う。
今度はアルはそれを受け止めずに、アディの後ろに回り込んだ。それもとんでもなく速いスピードで。
「なに……!?いつのまに!?」
そしてアディの肩めがけてエルマキドゥクスを思いっきり振り下ろした。
「ぐぅうううううああああああああああああ!!!!」
アディの腕が地に落ち、悲鳴を上げる。
「だから……ちょっと魔力をコントロールできるからって、それに頼りすぎなんだよなぁ……。剣士名乗るんだったらそんな熊みたいな身体してちゃダメでしょ……もっと痩せないと」
アルは呆れて言った。
アディは転げまわり、悔しみの涙を流した。そして考える。なぜ自分はこのような子供に負けたのか……。アルのことをよくよく、充血した目で観察する。凝視する。
そしてあることに気づいた。
「……お、おい!ガキ!そのガキ!体に魔力が一切流れてねぇ!」
魔力をコントロールできるのは、一部の訓練を積んだ者だけだが、その他の多くの人間の身体にも、平等に、必ず、微量であっても魔力が流れているものだ。
もし、魔力が流れていない者がいるとすれば、それは死人か、はたまた亡霊か。とにかく人間でないことは確かだ。
「ま、まさか……そんなはずはねぇ……よな?」
木に縛られた盗賊たちも、驚きの声をもらした。
「え……?まさか、今頃気づいたんですかぁ……?」
驚いたのはアルも同じだった。そんなこと、とうに見破られていると思っていたからだ。
適度に魔法を学んだ者ならば、相手の身体をちょっと集中してみれば、その魔力量のだいたいくらいは分かるものだ。
そして戦いの始めには、必ず相手の魔力量を確認しておくのも定石だ。
長らく剣聖として高度な戦いばかりをしていたアルは、一般の人民が、それほど魔法に精通していないことなど、失念していた。
(まぁそうか……学がないんだから当然、魔力量もわかんないか……)
「あ、悪魔だ……殺せぇ……そいつは人間じゃねぇ……そのガキは悪魔だ……!!」
「そ、そうだ!殺せ殺せ!そうじゃないと、村人!お前たちまで喰われちまうぞ!」
アディに続いて、盗賊たちが次々に騒ぎ立てる。そしてアルに奇異の目を向けてくる。
(はぁ……またか……やっぱりどこへ行ってもこの扱いは変わらないんだな……)
気まずくなったアルは、村人の方を振り替えらずに、
「……う、そ、それじゃあ盗賊たちも倒したんで、僕はこのへんで……」
と言って再び森に帰ろうとした。
そのとき、後ろから声がした。
「待たれよ……」
おそるおそるアルが振り向くと、村の長と思われる老人が、杖をついて立っていた。
「そなたは村の恩人じゃ……なにもせんまま帰したとあっては、末代までの恥じゃ」
「……え、でも……僕が気持ち悪くないんですか……?」
こんな反応は、アルにとって初めてだった。
「なにをおっしゃる。この村にはそもそも魔力を扱えるものなどおりゃあせんよ。だからそんなこと、誰も気にしない……。さぁ、村をあげておもてなしをするから、こっちへおいで」
村長の温かい言葉に、アルは涙を流した。
それは、アルにとって初めての、うれし涙だった。
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