第6話 ゴブリンを斬る!


 一方のアルはというと、カイべルヘルト家の屋敷を出て、北へ直進していた。


 つまり、男が仲間に教えた「西」という方角は、嘘だったのである。


 これは勝者へのある種のリスペクトか、はたまた師匠の師匠であるという縁を重要視してのものか……それはわからないが、とにかくあの使用人の男はアルに支援したのだ。


 カイべルヘルト家の北には屋敷の裏手すぐに高くそびえ立つ崖があり、その上には深い森林地帯が広がっていた。


 アルはその深い森が、追われる者としては絶好の隠れ家になると考えたのだ。


(とにかく行く当てもないし……これからどうしたものかな……なにはなくとも、とりあえず食料調達だな……)


 こういう森にはたくさんの動物が住んでいるはずだから、狩りさえできれば食料には困らないはずだ。だがそれ以上に、危険も多かった。


 まず、動物といっても、おとなしく狩られてくれるようなものばかりではない。彼らとて、生きるために必死に抵抗してくるはずだ。


 それになにより、最も危険なのが、魔獣や魔物といった、通常の動物類とは一線を画す存在だ。


 彼らは体内に、通常の動物よりも多くの魔力を有するので、子供の力ではなす術もない。


 だが通常の子供と違うのは、アルも同じだ。アルには剣聖としての知識、技術、記憶、経験が備わっているのだから。


「……っ!」


 迷いなく進んでいたアルの足が急に止まった。


「ゴブリンだ……!」


 アルの遥か前方に、ゴブリンの集団が見えた。森林の中を、一直線に隊列を成して行進している。


 ゴブリン一体の戦闘力は、ちょうど九歳の子供に等しい。だがそれが刃物を持って本気で襲い掛かってくるのだから普通の大人でも恐怖する。さらにそれが集団となれば、村一つ簡単に壊滅させうるほどの脅威となる。


 もちろん人間もそれに対抗する手段は持ち合わせているのだが……。


 とにかくゴブリンは相応に危険な存在なのだ。


「どうするかな……」


 いかにアルといえども、ゴブリン一小隊をまるまる相手にするのはごめんだった。それに、今は逃亡の身、いつカイべルヘルト家の使用人が追いかけてくるかもわからない。


 なるべく目立ちたくないというのが本音だった。


「そうだ……!」


 アルの頭に一つのアイデアが浮かぶ。そしてそれを実行するための姿勢に移った。


 ゴブリンたちはまだアルに気づいていないので、とりあえず近くの茂みに身を隠して観察する。


 緑色の少年たちがひとりまたひとりとアルの目の前を通り過ぎていく。


(……いち……に……さん……し)


 それを数えているうちに、やがて最後のゴブリンが通り過ぎた。


(よし……全部で三十匹)


 最後のゴブリンの後ろに、アルもそのまましゃがんでついていく。不思議とゴブリンはそれに気づかない。


 魔物や魔獣は魔力を司る器官が発達しているので、他の動物に比べて、目や鼻ではなく魔触覚とよばれる器官で魔力を察知することで、世界をとらえている。


 体内に一切の魔力を持たないアルのことなど、彼らからすれば無機物も同然なのだ。


 森林にはごくわずかな道しか整備されていなかったが、ゴブリンたちのよく使うルートは、草が踏まれていくらか通りやすくなっていた。


 ある程度歩いていると、アルの目の前のゴブリンの頭と、その前のゴブリンの頭とが、ちょうど重なった。そしてその前の、そのまた前のゴブリンの頭も重なった。


 つまり、完全な直線になって歩いていたのだ。これは森林の中ではめったにないことだ。


 だがアルはこの時を待っていた。


(……よし!いまだ!)


 アルは腰にさしてあった愛剣、エルマキドゥクスをさやから抜くと、目の前のゴブリンの首に直角に切り込んだ。


「ギギ……!?」


 死角からの突然の攻撃に、最後尾のゴブリンは驚いて声を漏らした。が、その時にはもうアルの次の攻撃が始まっていた。


 一直線にならんだゴブリンの頭を、次々と切り落としていく。


 ゴブリンの隊列の横を走って、走って、通り過ぎざまに首を斬る。


「ギギ……!?」


「ギ……!?」


「ギギィ……!?」


「ギギャアギャア……!?」


 後ろから悲鳴があがり、それを聞いて振り向いたときには、そのゴブリンの首も地に落ちているのだ。


 アルの一太刀は一瞬にしてゴブリン三十匹の息の根をとめた。


「……ふぅ……さすがに腕が重いな……」


 首を落とすにはかなりの力がいる。剣聖の剣さばきをもってしても、それは同じことだ。ましてアルは剣に魔力を込めて威力を増幅させることができないのだから、すべて自分の腕力で補わなければいけない。


「これは筋トレでもして鍛えた方がいいな……」


 アルは自分の女の子みたいに細い腕をみて言った。

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