第68話

「シルメちゃんとヒューイちゃんは、相変わらず元気だね」


 ゲリアは窓から外を見て、呆れていた。


外では、シルメとヒューイが朝の稽古をしていた。その声を聞きながら、ユーファはため息をついた。


「俺も早く治して、練習に参加しないとだな」


 眠ってばっかりだと鈍ってしかたがない、とユーファはいう。そんなユーファに、ゲリアは笑った。


「少しゆっくり休んだら?ユーファちゃんが無理したら、またシルメちゃんたちが心配するよ」


 ゲリアの言葉に、ユーファは言葉に詰まった。


「……あいつらは、俺に甘すぎるんだ。これぐらい平気なのに」


 ユーファはそう強がるが、火傷の痛みはまだあるらしい。休息は、なにより彼女に必要なことだった。


「ユーファちゃん、何度も言うけど強がらないで」


 ゲリアの言葉に、ユーファは唇を尖らせる。


「分かってるって。シルメにも言われたし、大人しく養生するよ。……ところで、ゲリアはこれからどうするんだ?」


 ユーファは、自分の面倒を見ていたゲリアに尋ねた。


今、ゲリアがいることは正直ありがたい。シルメたちが忙しいとき、ゲリアがユーファの面倒を見てくれるからだ。ゲリアは元宮仕えなだけあって、甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。ユーファにとって、それはとてもありがたがった。


ゲリアは、少し考える。


「……もう少し、ユーファちゃんたちと一緒にいようかな。王都から、もっと離れたいし。それでもいい?」


 ゲリアが尋ねると、ユーファは頷いた。


 その顔は、笑顔だった。


ユーファは、普段は男を装っているせいなのか悪人のような何かを企む顔をすることが多い。だが、今の笑顔はそのような表情ではなく、優しさにあふれた顔だった。


そのような表情になると、ユーファの身にまとっている雰囲気が女性的な雰囲気になったような気がした。だが、ユーファ本人がそれに気が付いていつもの笑顔に戻す。あっという間に、悪人が企むような笑顔になった。


「うん、いいぜ」


 その答えに、ゲリアは安心した。


「森を一人では抜けられないから助かったよ」


 ユーファは、再び外へと視線を向けた。


そこでは、相変わらずシルメとヒューイが朝の訓練にいそしんでいた。どうやらユアも混ざっているようなのだが、二人の拮抗する剣さばきに間に入れないでいた。


「お前もシルメたちに、剣や槍の扱い方を習ったらどうだ?」


 ユーファは、外を指さす。


 だが、ゲリアは首を振った。


「俺には無理だよ」


 ゲリアは元々文官だ。武器を握ったことはなく、戦ったこともない。体力自慢のシルメたちと一緒に訓練はできなかった。


「ユーファさん」


 部屋にブーアンが、入ってきた。ユーファに飲ませる薬を持ってきたブーアンは、それを彼女に渡した。丸い黒々とした薬は、ブーアンが調合したものである。ユーファは、その丸薬を飲み込む。


「……苦いな。まぁ、効くんだから仕方がないんだけど」


 ユーファは、一緒に渡された水を飲んだ。


 それを見届けたブーアンは、深く頭を下げた。その様子を見て、ユーファとゲリアは眼を丸くした。


「どうしたんだよ」


 最初に口を開いたのは、ユーファだった。

 

 彼女はなにかを察したらしく、ゲリアの服の裾を掴む。ゲリアはそれに気が付いて、高鳴る自分の心臓を押さえつけた。


もしも、なにかあったらゲリアがユーファを守らなければならない。ここで逃げたら、ヒューイに殺される。

「……孫を人質に取られてしまいました」


 ブーアンの言葉に、ユーファは息を飲んだ。


「人質って……いったい誰にだ」


 ユーファは、ブーアンに尋ねた。


 ブーアンは、顔を伏せたまま答える。その手は、震えていた。


「リアという女にです……」


 その名には、聞き覚えがあった。


 ユーファは、ゲリアを見た。リアは、彼を王都で襲った女である。そんな女が、どうしてブーアンの孫をさらったのか。


ユーファには、答えが見えていた。


きっと、リアはブーアンの孫を人質にしてユーファを操る気なのであろう。


「俺に来いっていうのか?」


 ユーファは、ブーアンに尋ねた。


 ブーアンは、無言でうなずく。


 ゲリアは、窓から外を見た。


窓の外にいるシルメたちは、この話に気が付いている様子はない。ゲリアは気が付いてくれればいい、と思った。そうすれば彼らがこの場に乱入して、力づくでもユーファを守ってくれるだろう。


「ゲリア。俺の本を取ってくれ」


 ユーファは、ゲリアに命じた。


ゲリアはベットの近くに置かれていた本を取って、ユーファにわたす。そして、ゲリアはそっとユーファにささやく。


「シルメちゃんやヒューイちゃんを呼んでくる?」


 あの二人ならば、ユーファのことを一番に守ってくれる。


 だが、ユーファは首を横に振る。


「いや、ダメだ」


 その声には、断固たる意志があった。


 その言葉に、ゲリアは驚いた。


「あいつらを呼んで来たら、リアの命令に従えなくなる。そうなったら、ブーアンの孫の安全が確保できなくなる」


 たしかに、そうである。


 だが、ユーファの命が脅かされる可能性もある。自分の命をかけてまでも、他人を守る必要があるのかとゲリアは思った。


「でも……」


 ゲリアは戸惑った。


 シルメたちを呼べば、ユーファの安全は確保できるかもしれない。だが、それによってブーアンの孫がどうなるかは分からない。


ただ分かることは、シルメたちは何よりもユーファの安全を優先するだろう。しかし、ユーファはきっとそれを許さない。最初から、彼女はそうだった。


自分の身の安全よりも、ゲリアを助けることを優先した。見ず知らずに人々を助けるために、無鉄砲に竜に挑んだ。そんな彼女が、ブーアンの孫を見捨てるはずがない。


「大丈夫だ、ゲリア」


 ユーファは、自分の前に立っていたゲリアに退くように指示した。


ゲリアは不安げにしながらも、ユーファの指示に従った。戦う手段のないゲリアには、そうするしかなかったのだ。


「ブーアン。リアは、俺にどうしろって言っていたんだ」


 ユーファは、ブーアンに穏やかに話しかけた。


 ブーアンは、まるでユーファのなかに女神を見たかのような顔をしていた。


「……あなたに一緒に王都に来てほしいと」


 ユーファは、ゲリアを見た。


 不安げな表情をしていた。


「ゲリア。シルメたちには、黙っていてくれ。あと、ごめんな」


 ユーファは、そう言った。


「風の力をここに示せ」


 その言葉が響いた途端に、強風がゲリアを襲った。


ゲリアはその風によって、壁に叩きつけられた。ゲリアは、気を失った。これで自分がいなくなったことでゲリアが責められることはないだろう、とユーファは思った。


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