第十四話 サイコロステーキ

 今日の俺は無敵だ。


 なぜなら、うちに肉があるからだ。それも牛肉。サイコロステーキ。


 先日また両親が帰ってきたとき、色々と買い置きしておいてくれたのだ。その中にそれを見つけたときはひっくり返りそうになった。こんな肉、久しく食ってねえぞ。


 今日は金曜日。明日は課外もない。帰りにニンニク買って帰ろう。国産のものは値は張るが香りがいい。チューブのニンニクで焼くにはそれはもったいない。ご飯は炊いている。みそ汁もちゃんと作ろう。


 結構量があったからいろんな味で楽しめそうだ。醤油、ワサビ、ニンニク、塩……あ、焼き肉のたれ、あったかな。


「あれー、春都。なんかご機嫌じゃね?」


 昼休み。図書館で暇をつぶしていた俺に、咲良がカウンター越しに話しかけてきた。


「別に」


「いやいや。なんかテンション高めじゃん」


 こいつは本当に妙なところで鋭い。無邪気に笑うその顔がうるさくてかなわん。


「何、なんかうまいもんでも手に入った?」


「……何で飯だと思ったんだ」


「だってお前がテンション上がるタイミングっつったら、飯ぐらいだろうよ」


 非常に不本意だが、実際間違ってはいないので何も言い返せない。


「アニメもだろう」


「お、朝比奈。いたのか」


「教室はうるさくてな」


 最近思うが、こいつらと話していると少し首が疲れる。今は咲良が座っているからまだいいが、この二人の間に立つと無性に複雑な気持ちになる。


「これ、貸出頼む」


「はいよー。お前、七組だったよな」


 貸し出しはバーコードをスキャンして行う。各生徒と先生たちにはそれぞれバーコードがあって、それは図書館でファイリングされている。図書委員と司書しか使えないパソコンで貸出業務や貸し出し情報を管理するのはちょっと楽しい。


「飯食うのが好きなのか、一条」


「まあ、そうだな」


「こいつ、毎日弁当自作なんだぜ」


 咲良がなぜか得意げに言いながら朝比奈に本を渡す。すると朝比奈は少し驚いたようにこちらを見た。表情のないやつだと思っていたが、話せば結構面白いやつだ。


「そうなのか」


「あー、うん。つっても自炊を始めたのは高一からだし、失敗もしょっちゅうだけどな」


「とか言って、うまいんだぜ。こいつの飯」


「咲良」


 余計なことを言うな、と言外に含ませたつもりだったのだが、咲良は一向に構う様子はない。


「俺、おにぎり弁当作ってもらったことあるんだけど、超うまかった」


「おい」


「へえ、それは気になるな」


 興味津々という朝比奈の視線に、俺はお手上げするしかない。


「ただ米を握っただけだ。あまり期待されても困る」


「あ、そうだ!」


 唐突に咲良が声を上げるものだからびっくりする。他の図書館利用者がこちらを向くので、俺と朝比奈は咲良に静かにするようジェスチャーをした。


 咲良は苦笑したものの、話すことをやめるつもりはないようだった。ただし、声は小さくなったので、気持ち三人とも近寄った。


「文化祭の日、俺たちどうせ一緒だしさ。飯も一緒に食いたいわけよ」


「まあ、効率いいよな」


「でさ、そん時にさ、春都の弁当が食べたいわけよ」


「あ?」


 いかん、今度は俺の声がでかかった。思わず口を押えるが、咲良の言うことにはひとこと言わせてもらわなければならない。


「どういうことだ」


「お前の飯うまくてさー。また食べたいんだけど、何もないのに頼めないじゃんか」


「だから文化祭の時にどさくさに紛れて頼もうってか」


 咲良はいっちょ前にウインクをして親指を立てた。


「いや、でもそれは一条が大変なんじゃないか」


 朝比奈は少し戸惑ったようにこちらを向いた。


「お前、いいやつだな」


「えー、でも漆原先生も食べてみたいって言ってたしさあ、いいじゃんかー」


 こいつはどうしてここまで無遠慮な奴なんだ。


「そうだな、いい考えだ」


「うっわ、びっくりしたあ」


 咲良の頭に肘をおいて話に入ってきたのは漆原先生だった。俺たちの話を聞いていたのだろうか、にこにこ笑って俺の方を向いていた。


「こういう時ぐらいしか、君の弁当にありつけんだろう」


「ええ~?」


 見れば朝比奈も少しそわそわしている。表情こそ変わっていないがなんとなく雰囲気がそうだ。興味津々といった様子でこちらを見ている。あとの二人は言わずもがな、それはもう期待に満ち溢れた視線を向けている。


 これはもう、腹をくくるしかないな。


「分かった、分かりましたよ。作りゃいいんでしょう」


 俺がそう言うと、咲良は「っしゃ!」とガッツポーズをし、先生は満足げに笑う。


 まったく、のんきなものだ。


「ただじゃないからな」


 せめてもの抗議に俺は告げる。図書館だから小声だが、本当は大声で言いたいぐらいだ。


 まあ、先生が忘れていなけりゃ、俺が見たことも食べたこともないようなお菓子を準備してくれるだろうし。


 盛大に期待して待っていてやろう。




 そんなわけで文化祭の日は四人分の弁当を作らなければならなくなった。幸いにも文化祭準備の日は、実行委員会など以外は午前中で下校になるので午後からおかずづくりには取り組める。大変そうだが、ちょっとワクワクしているのも事実だ。


 さあ、今日はいったんそのことは忘れて、豪華な夕食タイムだ。身ぎれいにして調理開始である。


 買ってきたニンニクはひとかけ使う。あとはばらして冷蔵庫に入れておき、使う分は薄くスライスする。オリーブオイルをひいたフライパンにそれをくぐらせて、焦げてしまう前に皿に上げておく。


 ニンニクの香りをまとった油に、今日の主役、肉を投入する。ジュワーッといい音があがり、ニンニクと肉の香りが立って腹がますます減ってくる。味付けは後で色々変えたいので、塩コショウのみで焼いていく。レアとか、ミディアムレアとかいろいろあるけど、俺は固くならないくらいでしっかり焼いたのが好きだ。ウェルダン、だったか。


 肉だけ、というのもあんまりなのでカットレタスも一応買ってきている。それはもうすでに皿に出した。肉は焼きたてが一番だから、調理から食べるまではできるだけ間を開けたくない。だから、みそ汁も作った。具材は豆腐とわかめだ。


 よし、焼きあがったぞ。


「いただきます」


 まずはそのまま一つ。豚とも鶏とも違う肉汁がジュワッとあふれ出す。肉の味そのまんまという風味が、俺今牛肉食ってるなーと実感させる。


 三食皿にはわさび醤油とニンニク、塩、焼き肉のたれがスタンバイしている。こういうのはわさび醤油からと決めているので、肉に醤油をつけ、わさびを少量のせて食べる。ツンと鼻を刺す辛さと醤油の風味が肉によく合う。さっぱりして食べられるのでとてもいい。


 塩は肉の風味をさらに増す。


 そして焼き肉のたれ。これはとてもご飯に会う。たれにくぐらせた肉を白米の上にのせ、一緒にかきこむ。うん、うまい。こんな肉を焼き肉のたれで食べていいのかとも思うが、おいしいのでいいのだ。


「は~、幸せ……」


 一通り食べたところで、またわさび醤油に戻る。たれの方がご飯が進むのは確かだが、やっぱりここに戻ってきてしまう。


 レタスには軽く塩を振ってごま油。ちょっと肉の脂が気になってきたなーってところで食べるとちょうどいい。みそ汁も一口すすると少し気持ちが落ち着く。そしてまた肉を楽しめる。


 肉の数が減っていくにつれてちょっと寂しいが、あたたかいものは温かいうちに食べるのが一番だ。最後はたれをつけて食べることにする。


 うまかった。大満足だ。


 これでしばらくは頑張れそうだな。




「ごちそうさまでした」


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