第八話 もんじゃ焼き
朝目覚めると、ジュワ―ッという音が聞こえてきた。何の音だろう。
水の音? いや、違う。これは何かを焼いている音だ。それにしても腹の上のうめずが重いし暑い。
「んんー……?」
ずりずりと上体を起こし、時計を確認する。午前七時。そろそろ起きようかな。
「おはよう、春都」
「おはよう」
部屋を出ると、居間のソファに父さんが座っていて、台所には母さんが立っていた。あの音の正体は母さんの調理音だったのか。
「……おはよう」
久しく見ていなかった光景を寝起きの頭が理解するのには大分時間がかかった。
「ゆっくりしててよかったのに」
「いいのいいの。目が覚めちゃったから。ほら、顔洗っておいで。もうすぐご飯できるよ」
母さんに促されて洗面所へ向かう。心なしか今日、鏡に映った顔の目つきはいつもより攻撃的じゃなかったように思う。
朝ごはんはハムエッグ、キャベツのみそ汁、ご飯だった。ハムエッグのハムは俺だけ三枚で、父さんと母さんは二枚ずつだった。
「ハムエッグ。久しぶり……いただきます」
キャベツのみそ汁は独特の風味があって昔は苦手だった。でも今はときどき無性に食べたくなる。しんなりしたキャベツは甘みがあっておいしい。
卵は半熟だ。端の方がカリッとしたハムでくるんで食べるのがいい。一時期は黄身だけを切り取ってご飯にのせて食べてたな。でもやっぱり、ハムエッグはハムと卵を一緒に食べるのが一番おいしいと思う。
黙々と食べていたら、ふと視線を感じて顔を上げた。父さんと母さんがじっとこっちを見ている。
「……なに?」
俺が聞くと、二人ともなぜか微笑んだ。なんだなんだ。
「相変わらずおいしそうに食べるねえ」
「ほんとに。作り甲斐がある」
俺はやっぱり飯のことになると顔に出やすいのだろうか。ちょっと決まり悪くなって、ご飯をかきこんだ。
昼食は水餃子にした。残っていた餃子を湯がいて、ポン酢とねぎで食べる。焼き餃子よりもさっぱりとしているが、ボリュームがあるので腹にたまる。ラー油をかけてもうまい。
食後はテレビがついている居間でうめずに寄りかかって本を読む。いつも平日の昼間に放送されているバラエティ番組なので、聞こえてくる音声はなんだか新鮮だ。
「春都、今いい?」
「何、父さん」
「今回のお土産、渡してなかったなあと思って、これ」
父さんから渡されたのは、なんかちょっと高そうな長方形の箱だった。父さんは眉を下げて笑いながらソファに座った。
「箱に傷があるからって、知り合いの店からもらったんだ。中を見たら春都が気に入りそうだなと思ってね」
そっとふたを開けると、そこにはペンが横たわっていた。金のキャップに、ベージュとブラウン、そして赤の差し色が入ったチェック柄。持ち手の部分は黒だ。
「シャーペンなんだけど、どうかな」
「はーっ、かっけえ~」
俺は思わずそれを掲げた。
「こういうの欲しかったんだ。ありがとう」
「気に入ったようでよかったよ」
すると今度は母さんがやってきた。
「あ、私もあるよ、お土産~」
母さんから渡されたのは小さな封筒みたいなものだった。中に何か、かたいものが入っているようだ。光に透かすと、幾何学模様みたいなものが見える。色もついているようだ。
「中見てみて」
封筒の中には銀色の薄い板のようなものに、青く短いリボンが付いたものがあった。よく見ればその板には透かし彫りが施されていて、様々な色の薄いガラスがはめ込まれていた。その模様は、どうやらイルカらしかった。
「しおり?」
「正解。きれいでしょ。海辺に行ったときにね、見つけたの」
「うん、すごくきれい」
早速今読んでいる本に使わせてもらおう。父さんも母さんも、帰ってくるときはいつもお土産を持ってきてくれる。食べ物が主だが、時々、こうやって文房具をくれるんだ。
「ありがとう」
さあ、というわけで、お礼も兼ねた晩飯は俺が担当する。
初めてもんじゃ焼きを作ったときは、その小麦粉の少なさにびっくりしたもんだ。粉ものに分類される料理の一つだから、かなり使うのだろうと思っていた。ほとんど水分、というかほとんどキャベツだ。
今日もお世話になる、フードプロセッサー。なんで早く使わなかったのだろうかと思うほど最近は活躍してもらっている。キャベツを大量に刻む。とても楽だ。
ボウルに水、顆粒の和風だし、昆布茶、ウスターソース、コショウ、そして小麦粉を入れて混ぜる。キャベツを入れて混ぜると固まった小麦粉がうまいことほぐれてくれる。そうそう、コーンも忘れちゃいけない。
最後にあのラーメンのスナック菓子とバキバキに細かく砕いたイカ天をのせて準備完了だ。
「ホットプレートあったまったー?」
「ばっちりだぞ」
うちでのもんじゃ焼きの作り方は、正直言って厳密じゃない。一応土手だか堤防だが分からんが、それっぽいものを作るが、中に汁を注げばすぐに決壊する。それでもうまいこと作れるので良しとしている。なんか誰かに怒られそうだけど。
「真ん中の方、もういいんじゃない?」
ふつふつと、だしとソースの香りが立ち上ってくる。青のりをまんべんなくかけて完成だ。
「いただきます」
ヘラなんてものはないので、スプーンで食べる。やけどしないように少し冷まして、でもあったかいまま食べたいのでゆっくりと口に入れる。
青のりの香りに次いで、ソースの風味。ふやけたイカ天が香ばしい。麺も若干カリッとしていていいアクセントになっている。しかもそれから味が染み出してうまみが増している。キャベツもザクザクとみずみずしい。シャキッとした歯ごたえのコーンがソースとはまた違った甘さでおいしい。餅とかを入れてもおいしいが、それはまた今度。
「あ、この辺おこげみたいになってる」
と、母さんは器用にそのおこげをはがしていく。だしの風味が際立つせんべいみたいになるので、これも、もんじゃ焼きをしたときの楽しみの一つだ。
「あう、熱い」
どうやら冷ましたりなかったらしいもんじゃを口に入れた父さんは、麦茶でそれを追っかけた。そういえば二人とも、飲み物が酒ではないことに気づく。
「ん、そういや明日だっけ? 仕事」
「ああ、でも昼過ぎに出るから、朝はいるよ」
「そっか」
「春都も明日から学校でしょ」
その言葉に俺はしぶしぶ頷く。確かに暇を持て余してはいたが、学校には行きたくない。勉強が嫌とかではなく、こう、家にいて自由気ままに飯食ってのんびりしていたい。
「お互い頑張ろうなあ」
「そうだね」
ああ、そうだ。せっかくだし、あのシャーペンとしおりを持っていこう。そうすれば少しは気分がよくなりそうだ。
「ごちそうさまでした」
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