あうう

 

 みーれどっれ、み、み、みー! れ、れ、れー、みーそっそ! みーれどっれ、み、み、みっ! れ、れ、みーれど!


 投げキッスを見た瞬間、ショックが大きすぎて脳内にメリーさんの羊が流れた。


 あはは、何これ楽し〜〜〜〜……はあああ。


 現実逃避をやめると、絶望が押し寄せてきた。


 終わった。私の初恋。投げキッスなんかされたら、告白の成功は約束されたようなもんじゃん。


 ああ、泣きたい。


 日和が告白するって聞いた時も、私は余裕を保っていられた。


 その理由は二つあり、一つ目は、何かの間違えじゃないか、と思ったから。


 だって余りにも早すぎるでしょ。


 昨日私に向けてくれた感情は本物だったと思う。私なんかには、本当もったいない想いだった。


 だから、翌日に夏に告白するなんて間違えだ、そう思うのも自然なことだろう。告白とか、さすがに嘘じゃね、今日もかっこいい、とつい日和に目を奪われてしまうのも自然なことだろう。


 でも、投げキッスを見た今。日和は、夏の気を引くためのあて馬として私を利用したのだ、という疑念が湧いている。


 そうだとしら、あはは、私らしいわ……はあ、泣きそう。意中の相手に、当て馬に利用されるなんて、こんな辛いことがあるだろうか。


 これ以上考えると、本気で泣いちゃいそうなので、二つ目の理由を振り返る。


 私は、日和の告白が失敗に終わることを、ちょっとだけ期待していたのだ。


 相手は、告白を断り続けている、あの夏。いくら素敵な日和であっても、失敗する可能性はある、と踏んでいた。


 でも、いちゃつく姿を見て、もうその可能性はないことを確信した。


 告白は必ず成功する。


 告白するのを知ってて、投げキッスをするなんてあり得ない。振るつもりでそうしたのなら、悪女も悪女。もう笑えてしまうくらいの悪女だ。


 当然、夏は悪女ではない。私は夏とも仲が良くて、そうでないことを知っている。


 だから今日の放課後、日和が告白したら私の恋は終わってしまう。


 いやいやいや。今更何を言っているんだ。今朝、諦めたばかりじゃないか。


 でもさ……無視できないよ。こんな気持ち。


 好きな人の隣に別の人がいるなんて、辛いよ、苦しいよ。そこには私がいていたいよ。


 これからデートを重ねるんだろう。くだらないことに笑って、ちょっとしたことにドキドキして。


 春には桜、浴衣で花火、私服で紅葉、ちらつく雪のクリスマスデート。一面広がるネモフィラのように爽やかで、夕日を仰ぐ秋桜のように儚くも美しい。そんな時間を過ごすだろう。


 二人が見る世界は何色だろうか。水色やパステルピンク、黄色にオレンジ。何にせよ、焦がれてしまうほど色鮮やかな世界が広がっているに違いない。


 切ない。私が日和とそんな生活を送りたい。


 ……だけど。やっぱり、そこに私がいることに違和感がある。


 私なんか、という気持ちが大きすぎて、ただ黙って見てることしかできない。


 欲しいなら手を伸ばせよ。タイムリミットは放課後。それまでに引き止めるしかない。


 そんなことは嫌と言うほどわかっている。


 でも、諦めてばかりの私が、今更諦めないなんてこと、できるわけがない。


 それに諦めないことは停滞すること。前に進む方法は諦めることだけだ。


 たいそれたことで悩むなんて、自己中心的な感情で悩むなんて私らしくない。


 私だったらどうする? 日和が万一、私なんかを気にしないように、がんばれ! 上手くいくことを願ってる! と伝えるだろう。そこに裏表がないように、少しだけいじってみて、笑顔で終われるようにして。


 そうだよ、それが私だよ。それに、私も応援することで諦められる。


「今日はここまで」


 先生がチョークを置いて、教室から出る。クラスがざわめきはじめると共に、チャイムが鳴った。


 私は立ち上がって日和の元へ向かう。


「凪さん?」


 この色男。私から乗り換えて夏なんていい身分だぁ。って冗談、応援してるから頑張ってね!!


 と、耳打ちするつもりだった。


「……」


「な、凪さん?」


 あうう、どうして言葉が出てこないの!?

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