凪さん視点
あ↓は↑ あ→ 足取りおっも。
私、小野凪は体を頑張って動かしていた。
右手と右足が一緒に出る。そんなぎこちない歩き方のせいか、今日は見られている感覚が強い。
周りには登校中の学生らが、校門から校舎へ向かっている姿がある。その数は少なくなくて、すっごく恥ずかしい。
自然な歩き方をしよう、そう思えば思うほど不器用な歩き方になる。
あーもう、柄じゃない! 告白されたことが気になって変になるなんて、私らしくない!
はあ、
しかも、意識し始めたタイミングが一緒なんて、どこの少女漫画なのさ。
昨年の文化祭。文芸部の友達に頼まれて読んだ部誌。そこに書かれていた小説に私は夢中になった。
自分は凡人だけれど、ひたむきに努力をして、陸上選手になるという夢を追いかける主人公。彼女は、先輩たちのいびりに耐え、才能の差にうちひしがれながらも、障害を乗り越えて大会の決勝まで進む。しかし、その前日、怪我をしてしまい、今後走れない、と医者に宣告されてしまう。今までの努力が無に帰した彼女は、泣くでもなく、悲しみにうちひしがれるのでもなく、爽やかな笑みを浮かべた。これが小説の内容で、巧みな心理描写と美しい情景描写で綴られていた。
私はこの小説を読んだ時、勝手にも自分を重ね合わせた。昔は得意なこともあったし、色んなことを真剣に取り組み、努力し、苦しんできた。
そんな苦しみの果てにあったのは、自分より出来る人は沢山いるという事実。それを知って、諦めないでいられるほど、私は強くなく、色んなことを、自分のことさえ諦めてきた。
そういう自分を毛嫌いしていた。でも、この小説を読んで私は考えを改め直した。
諦めたからこそ、前に進める。彼女が爽やかな笑みを浮かべたのは、固執していた夢を失うことで、無数の選択肢を、自由を得たから。だったら諦めてばかりの私は前に進めていることになる。そう自分が肯定されたような気になって、救われたのだ。
ああ、柄にもない。何、私みたいなもんが大層な思いを抱いてるんだろう。
そう思うと、自然に歩けるようになった。
だけど、顔は熱い。これから日和の顔を見ると思うと、熱が下がらない。
ばかばかばかばか! そんだけ好きなら、告白を受け取っておけばよかったじゃん!
そう思ったが、すぐに自分を諫める。
ダメダメ。私みたいな子が彼氏なんて、そんな高望みしちゃダメだ。さらに、あんな素敵な小説を書くような人の彼女? 荷が重すぎて無理無理!
はあ、とため息をつく。だけど、こんな自分はもう嫌いじゃない。
小説が教えてくれたんだ。諦めることで前に進めているって。
で、でもさぁ、ま、また告白してくれたりなんてしたら……そのぅ、やぶさかではないといいますか。そこまで私のことが好きなら付き合わないと逆に悪いって言うか!!!!
ってあああああ。何考えてんだよ私!!
諦めることで前に進めてるんだ! 未練がましい、鬱陶しい女に成り下がる気か!!
髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き毟って、大きく深呼吸する。周りの視線は痛いが、もうそれどころじゃない。
落ち着け私。すぅーはーすぅー。
新鮮な空気が肺に満ち、段々と落ち着いてきた。
うん、私に彼氏なんて想像できない。日和みたいな素敵な人間は、それこそ夏みたいな圧倒的美少女が相応しい。
二人は仲良いし、私を諦めた日和は、案外すぐ夏と付き合うかもしれない。
ほんとそれこそ、諦めたからこそ前に進めてる、だ。私みたいな凡百の女子を諦め、特別な女の子と付き合うことができるんだから。
胸がちくりと、いや、刃で刺されたような痛みが走るが、無理やり気にしないことにした。
「ねえ、凪聞いた?」
教室に入ると、友達の陽ちゃんが駆け寄ってきた。陽ちゃん越しに見る教室は異質で、返事することができなかった。ざわついていて、日和の周りに人だかりができている。
「ねえ、凪聞いてる!?」
意識を陽ちゃんに戻す。
「ああ、ごめんごめん。で、何? 何かあった感じ?」
「日和がさ、夏に告白するんだって!!」
「すぐとは思ったけど、早すぎない!?」
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