「わたしなんて、地味だしぱっとしないしさぁ。他の子にしときな〜」と言われたので、他の子に告白するふりをしたら、必死に止めてきた
ひつじ
「わたしなんて、地味だしぱっとしないしさぁ。他の子にしときな〜」
夕焼け空が広がる放課後の屋上。綿をちぎったような雲には、橙色の諧調ができている。
凪さんは、爽やかで少し冷たい風に揺れる髪を、片手で抑える。もう一方の手では、照れ臭そうに人差し指でこめかみを掻いていた。
「あ、あはは。照れるって言うか、何て言うか」
こそばゆそうな凪さんの顔は真っ赤に染まっている。それを夕焼けの所為にするには無理があって、照れからくる赤面だとわかる。
「凪さん、好きです。僕と付き合ってください」
「ああああ〜。やめて、やめて、聞いたから! 一度聞いたからわかってるから!」
凪さんは手をわちゃわちゃさせたあと、顔を手で仰いだ。
「うぅ〜恥ずい、もうちょっと待って」
そう言われたので、大人しく僕は待つ。自分がてんやわんやな状態なのに、ちゃんと『待って』と言ってくれる気遣いを感じる。それを普通にしてくれる凪さんを見て、自分の想いを再確認する。
やっぱり僕は凪さんのことが好きだ。
「ねぇ、何で私のことが好きになったか聞いていい?」
凪さんはちらっと上目遣いでそう言った後、すぐに大きく手を振った。
「いやいやいや、やだったら、全然いいんだけどさ! 私、可愛くないし、それにちいちゃいしさ! 見てこの髪! 染めたはいいものの黒と変わらない茶色だし……って何が言いたいんだかわかんないよね!? えと、その、あれじゃん、私って良くも悪くも普通ってこと!」
「僕は凪さんが、ちっちゃいだと可愛くないだとか思わないし、普通だなんて尚更思わないよ」
歯が浮くような言葉だったけれど、躊躇いなく僕は言った。
告白した時点で恥はかきすてている。それに、言ったことは全て本心だ。
凪さんは、誰とでも分け隔てなく接していて、色んなグループの子と仲が良い。加えて、誰と遊んでいても凪さんの周りはいつも明るい。そんな凪さんの性格が悪いわけ、心が狭いわけがなく、絶対に小さくない。
それに、凪さんは可愛い。僕と凪さんのクラスに圧倒的な美少女がいる。その子のせいで周囲は霞んで見えているだけで、美少女というのに差し支えないくらい可愛い。
ダークブラウンの艶やかな髪は指を通したくなるほど綺麗。長いまつ毛のアーモンドアイで見つめられたら、自然に顔が赤くなってしまう。薄いピンクのリップを塗った厚くも薄くもない唇は、目に入るたびに心臓がどきりとしてしまう。
有名イラストレーターが描く茶髪ロングの女子高生は、皆、凪さんをモデルにしているんじゃなかろうか、そう思うくらいに、凪さんは魅力的な女の子だ。
そして何より、僕には凪さんを、普通じゃない、と思う理由があった。
「僕が凪さんを好きになった理由だよね」
「うぅ。は、はい。でも、ちょっと待って」
凪さんは、さっき僕が言った歯の浮くような言葉に悶絶していた。蹲み込んだ凪さんは、片手で口を抑えて声を殺し、もう片手では、ストップ、というように僕の前にパーを開いている。
しばらくの間、そんな状態が続いていたが、凪さんは立ち上がって「よしこい」と言った。
「凪さんは覚えてるかわからないけど、昨年の文化祭。文芸部の僕が出した小説にさ、感想をくれたよね?」
僕がそう言うと凪さんは目を丸くした。
「え、なんで、知って……あれ、匿名だったはずだよね」
文芸部の出し物は、部室前の廊下の長机の上に、どうぞ取っていってください、と積み上げられた部誌。そしてその横に置いた、感想の紙とそれを入れる箱。感想は匿名で入れることができて、凪さんの言う通り、誰が入れたかわからないようになっていた。
でも、僕は知っている。
「たまたま凪さんが入れるところを見たんだ。次の日には沢山の感想が入ってたけど、その日は一枚だけしか感想が入ってなかったんだ」
「ああ、そりゃわかるわ。ってか、私の感想読んだんだ……って恥ずいなぁ」
「うん、読んだ。それにそれが、僕が凪さんを意識しはじめた理由だよ」
「えーと、どして? もしかして私以外の感想がなかったみたいな?」
僕は首を振る。
「感想はありがたいことに沢山もらったよ。嬉しい感想も一杯あった」
「じゃあなんで私の感想で? 私そんな特別いい感想なんて書いてない、ってか書こうと思っても書けないし」
「そんなことないよ。僕にとってその感想は特別だった。凪さんがくれた感想は今でも覚えてる。『今まで夢を諦めなかった主人公が諦めた瞬間に、世界が広がり輝き出して見えたラスト。私は、諦めるっていうことは、前に進むということなのかもしれない、そう思った』」
「ちょ、やめて! 照れるから! 何私みたいなもんが一丁前に、みたいなさ!」
「実際、一丁前だと思う。それは僕が書きたかったテーマでさ、正しく読み取ってくれたことが凄く嬉しかった。この人は、僕の書いた世界をちゃんと見てくれてる、そう感じたんだ」
凪さんは目を見開いた。
「私も……素敵な物語だなって思って、書いた人は……柄にもなく感想を……」
小声で呟くような凪さんの言葉は断片的にしか聞きとれなかった。
凪さんは考え込むようにしばらく俯き、そして顔をあげた。綺麗な瞳は真剣で、口は何かを言おうと開けている。だが言葉は出てこない。
少しして凪さんは乾いた笑い声をだした。
「あはは……。告白ありがとう、でもごめん」
ペコリと頭を下げた凪さんを見て、僕は振られたことを理解した。
息が詰まり、胸が苦しい。気分が一気に落ち込んで、今にも倒れそうになる。
だけど、それを表に出せば、凪さんを困らせるとわかっていたので、僕は精一杯取り繕う。
「そっか。ごめんね。変なこと言って」
凪さんは「いやいやいやいや!!」と慌てた。
「全然! 本当に嬉しかったから!」
そのあと凪さんは、自嘲の笑みを浮かべて
「でもさ、わたしなんて、地味だしぱっとしないしさぁ。他の子にしときな〜」
と言った。
そんな凪さんの態度に胸を貫かれるような思いをする。
けれど、僕は振られたんだ。これ以上、何を言っても、何をしても、迷惑になるだけだ。
その後、僕は、時間を取ってくれてありがとう、と告げ、失意に沈みながら帰路についた。
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